第2話:プレミア級の3人組

 ナナが通うのは都内の大学。その名も"赤保あかほ大学"。新緑が芽吹く春のキャンパスは、今日もおしゃれでキラキラとした学生たちで賑わっていた。そんな構内の時計は15時を過ぎようとしていた。


「ナナー!おつー! 微妙な時間だけど、学食行っちゃわない?」


「うちもすでに空腹がやばくて〜死にそ〜。つか、最近食欲がとまらんよ〜。ランチもちゃんと食べたのに、あれはどこへいったのやら〜。」


 講義が終わると同時にいつものようにナナに声をかけてきたのは、彩乃あやの麻呂まろだった。たくさんの友人がいるナナだが、特別仲がいいのはこの2人だ。


 というのも、大学付属の高校時代からいつも3人一緒だった彼女たち。キビキビとして何事もハッキリさせたい、彩乃。の〜んびりとした性格であらゆる場も和ませてしまう、麻呂。


 正反対そうな組み合わせは意外と相性がよく、女子高生というすったもんだの青春時代から常に同じ時を過ごしてきた仲というわけだ。


 ナナと同様にこの2人も容姿端麗ようしたんれい。タイプは違えど、2人ともかなりのレベルだ。


 彩乃は黒髪ロングをポニーテールにしていることが多く、細身のスタイルを活かすスタイリッシュな格好を好んでいた。一体、何人の男子が彼女のポニーテールを目で追ったのかは把握が困難である。


 一方の麻呂は、黄色っぽい明るい茶髪のふんわりボブ。背は2人より少し小さく、のんびりとした性格もあいまって、小動物系女子が好きな男子の票を一斉に集めていた。


 ゆえに、ナナを加えて3人で集まろうもんなら、周りの人たちは3人に声をかけたい気持ちとかけがたい気持ちの二律背反にりつはいはんに悩まざるを得えなかった。


 本日も悩んだ末に仲間のノリに背中を押され"声をかける"という選択をした勇敢な青年が、ナナたちの座る食堂の席に近づいた。そこそこおしゃれにも気を遣っている悪くない青年である。むしろ、爽やかでチャレンジ精神もあるいい男だ。


「あの、、今度ちょっと飲み会的なのを企画してるんすけど、よかったらどうっすか? ちょっとだけでも全然いいですし、とりま連絡先だけでも…。どうっすか?」


 と、ナナにスマホを向けた。


「おぉ〜っ! 飲み会っ!? めっちゃ楽しそうじゃんっ! いいなぁ〜!!」


 ナナから予想以上に明るくかつ良い返事が返ってきたことで、レフばんを当てたかのように青年の顔がパッと明るくなるも、


「あぁーでもごめんっ! 夜は結構撮影とかバイトとかが詰まっちゃてて、なかなか難しいんだっ…。ごめんねっ! 連絡先はさ、そのうち私たちが行けた時に交換しよっ!!」


 と続き、肩を落とすというところまでがお決まりのワンセットだ。


「そ、そうですよね…! 三ツ橋さんたち、忙しいですもんね…。すみません…。こっちはいつでも大歓迎なんで!」


 青年は仕方なさそうに頭をかきながら仲間のもとにいそいそと戻っていった。そんな青年の寂しい後ろ姿を横目に、撮影でもらった試供品だというナナが広げたコスメをいじりながら、彩乃が口を開く。


「飲み会、試しに行ってみたら? 撮影やバイトが忙しいのはまじなんだろうけど、さすがに少しくらいは時間あるんでしょ?」


「まぁ、行けないこともないんだけどさっ。なーんか、ワクワクしなくってさー。なんか、気持ちがついてこないんだよね…。」


「つーか、ナナ。元彼と別れてから、一切男っ気なくない!?」


「ナナさんよ〜。華の女子大生、のんびりしている暇はこれっぽっちもないのだよ〜。」


 いつの間にか買ってきたご飯を黙々と食らっていた麻呂も、ナナの恋愛話とあって乗っかってきた。


「ちょっ!そーゆう麻呂だって、全然彼氏できないじゃんっ!笑 麻呂こそ、飲み会に参加してきたらっ?」


「フフフ。私はいいのだよ〜。飲み会もパス〜。なぜなら、恋に焦りは禁物なのだから〜。」


 麻呂は謎のドヤ顔をナナに向けて、ニヤリと笑った。


「さっきと言ってること真逆なんですけどっー!?笑 でも、こーゆう麻呂みたいのが、ちゃっかり結婚は一番ノリだったりするんだよねっ!! こわいこわいっ!笑」


「それな!」コスメを真剣に選びながらも、これには彩乃も即同意のようだ。


「てかさ、毎回この話しちゃって悪いけどさ、ナナがフラれるってあり得なくない? あれから、ナナちょっと元気ない気もするしさー。もしも私が男で、ナナが彼女だったら、たとえ死んでも離したくないんだけど。」


「彩乃ーっ、なにそれ、ありがとうーっ! そう言ってくれるのは、彩乃だけだよーっ!笑」


 ナナはおちゃめな声を出しながら、甘えん坊のように彩乃に抱きつきすりすりした。食堂にいた人たちは、間違いなく彩乃になりたいと思っただろう。当の彩乃も「もぉー、ナナくっつくな!」と口ではそう言いながらも、ナナにこのようにされるのが大好きであった。


「にしてもさ! 結局、ナナの何が嫌だったんだろう。まじで謎! 下手したら、ナナよりうちの方がモヤモヤしてるかもしんない!」


「あはは…。ねーっ、なんだろう。音楽性の違いとかっ?」


「いやいや、バンドかって!笑」


「でも、リアルな話さ、わたしたちと歳が近い20代男性って、だいたい600万人とかいるんでしょ? "1/600万ろっぴゃくまんぶんのいち"かーって考えたらさ、なんか全然引ける気がしないっていうか、そもそもそんな運命みたいな人に出会えんのかなーっていう気になってきちゃって…。」


 声のトーンと肩を少し落としながら、ナナにしてはめずらしく小さなため息をついた。


「もぉー、ナナは昔から真面目すぎなんだって! ちゃんと好きになってから、誠意を持って付き合いたいのは分かるけど、そんなに難しく考えてたら、出会えるもんも出会えなくなっちゃうぞー!」


「そうねー、そーなんだけどさっ……!」


 ナナは頬杖ほおずえをついて、食堂から見える景色をぼんやりと眺めた。春風に揺られる緑の中を、学生たちが行き来しているとても平和な景色だった。


「あ、そうだ! このあと、久々に3人で買い物でも行かない? "おもさん"に繰り出しちゃう?みたいな?」


 ナナの元気を気にした彩乃は、2人に提案をしてみた。


「あぁー、ごめんっ!! めっちゃ行きたいんだけど、ちょっと今日は予定ありっ…!」


 ナナはパチンと顔の前で手を合わせた。たしかに、彩乃との麻呂とは最近出かけていなかったので、ナナは本当に2人と遊びたかったのだが、どうしても外せない用があるのも本当だった。


「まじかー。撮影系とか?」


「まぁ、そういう系! でもさ、近々いこうよ! わたしもいきたいしっ!」


 そう言うナナの笑顔を見ていると次第に彩乃も、"ナナにはナナのペースがあるから大丈夫かな"、という気持ちになった。


「オッケー! じゃあ、また次回ね。とりま、元気だしなよー!」


「彩乃、さんきゅっ! ゆーて、元気だからっ! じゃー、わたしそろそろ行くねっ!」


 ナナはバッグを肩にかけ、2人に手を振ると、1人先に大学を後にした。

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