第6話 三学期・2
実砂と順司が帰宅の準備をしていると、絵梨奈がすっ飛んできた。
「実砂、話があるのだけれど、今日は空いてるかしら?」
「え?うん。どうかした?」
「良かった。では、うちでもいい?安藤くんも是非!」
それに驚いた順司は首を振った。
「いやいやいや!山川さんちとか緊張するから無理!」
「え?なぜ?」
自分が世間から見たらお金持ちだということを理解してない絵梨奈は、きょとんと二人を見るが、すぐに実砂が苦笑いをしながら答えた。
「だったら、駅前のカフェ行こう。一昨日から季節限定ケーキが出てるから、食べたいと思ってたし」
「あら!素敵ね!」
絵梨奈が喜びの声を上げ、実砂の腕を引くが、後ろから声をかけられぴたりと足を止めた。
「楽しそうだね。俺も着いて行っていい?」
さとるに呼び止められ、絵梨奈はキッと相手を睨んだ。
「まあっ!生憎だけど、私達三人でお喋りするのだから、あなたは邪魔だわ」
「うーん、でもさ、合上さんと安藤くんの間を邪魔してるのは、山川さんじゃないかな?」
若干、痛い所を突いてきたさとるに、絵梨奈はギリギリと奥歯を鳴らした。
「お黙りなさいな。私はあなたと違って二人の邪魔をしているのでなくて、応援をしているのよ!」
「えー。そんな風には見えないけどな。山川さんが行くなら、俺も行くー」
さとるの我が儘に、絵梨奈はキーッと怒り狂っていたが、実砂が助け舟を出した。
「ちょっとやめてよ。そもそも、絵梨奈が私に用があるって言ってるんだから、それは違うでしょ。三人になるのが嫌だったら、順司を外すべきじゃない」
正論を述べる実砂だが、順司は「え!?」と動揺した。一方のさとるも一瞬目を見開いたが、すぐに笑顔を浮かべた。
「そっか。じゃあ、安藤くんは俺と帰ろうか」
「え!?やだ!」
物凄い速さで断る順司だったが、その手を実砂が握った。
「まあ、順司は私と帰るから一緒に行くけどね。じゃ!」
そのまま絵梨奈の手も掴んだ実砂は、逃げるように下校した。
置いて行かれたさとるがぽつんと立っているが、ふと溜め息を零した。
「ほんと、なかなか落ちないなぁ」
「ほんっっっとにどういう神経をしているのよ、あの男!!」
一気にアイスティーを飲み干した絵梨奈は、ドンっとグラスをテーブルに置いた。
「ちょっと落ち着きなよ」と言う実砂の言葉も聞かず、絵梨奈は店員を呼ぶとアイスティーのおかわりを注文した。
「そもそも、実砂は気を付けるべきだわ!あの男、実砂を狙ってるんだから」
「そんなまさか……私が順司と付き合ってるの知ってるのに」
「そんなの関係ないわよ。あんなゴリ押しなのよ?だからこそ、強引男だって話よね!」
アイスティーのおかわりを受け取りながら、絵梨奈はぶつぶつと言ったが、実砂の隣で小さくなりながらも話を聞いていた順司が口を開いた。
「俺も、あいつのことは信用できないな」
「え?順司まで同じこと言うの?」
その言葉に順司は無言で頷き、困惑する実砂に対し、絵梨奈は続けた。
「だから言ったじゃない。あんなモテるんだから、他の子じゃダメなのかしら?……こうなったら、メイドを使う時が来たわね」
さすがのそれには、実砂と順司は飲んでいた飲み物を吹きそうになった。
「ちょ、ちょっとやめてよ」
瑞樹の時のことがあるだけに、止めようと必死な実砂を、絵梨奈はジトッと見る。
「じゃあ、実砂はもう少し気を付けてちょうだい」
「は、はい……」
「あとは、もう教室内で二人でイチャイチャしてれば諦めるんじゃないかしら?それでも声かけて来るなら確信犯よ」
「や、やだよ!」
実砂の返答に、絵梨奈は再びアイスティーを飲み干すと呟いた。
「なら、本当に気を付けなさいな。あの男、結構強引だもの。まあ、最悪メイドを差し向けるわ」
絵梨奈はそう言うと鞄を持って立ち上がった。実砂も頭を抱え、溜め息を吐きながら立ち上がった。
翌日、教室で絵梨奈は順司の背を押した。
「さあ、実砂とイチャついてきて」
「ええ!?ほんとにやるの?」
驚きのあまり叫んでしまった順司に、絵梨奈は「当たり前でしょう」と返して、窓際にいるさとるを見た。
「あの男が実砂にちょっかいをかける前にやるのよ!」
ぐいぐいと背中を押す絵梨奈に、順司は意を決し、机で筆記具を締まっていた実砂の前へと躍り出た。
「実砂!これ、あげる!」
そう言って、実砂の手をぎゅっと握り、お菓子を握らせた。
「チョコレート?」
「それ、実砂の好きなチョコの、新発売の味!」
「え、こんなの出てたんだ。知らなかった」
そう言って、口に頬張る実砂は、「わっ!美味しい!」と笑顔でもぐもぐしている。
それをにこにこと眺める順司は、実砂に見えないところで小さくガッツポーズをしていたが、全てを見ていた絵梨奈は「イチャイチャには程遠いけど、最高に推せる!」と内心ガッツポーズをしていた。
が、突然肩を叩かれた絵梨奈は思わず悲鳴を上げた。
「ひぃっ!!誰!?」
驚いて振り返った絵梨奈は、相手を見てぎょっとした。
「なななななっ!」
「そんな滑舌の練習みたいに言わないでよ」
「土木さとる。私に何か用かしら?」
さとるの顔を見た絵梨奈が、嫌そうに顔を歪ませながら問うた。
「そんなに邪険にしないでほしいんだけどな。あの二人が面白いことしてるのは、山川さんのせい?」
さとるが、仲良く話している実砂と順司を指差しながら聞くと、絵梨奈は楽しそうに鼻で笑った。
「あら?私のせいじゃなくて、あの二人はいつも仲が良いわよ」
「確かに仲良しだよね。俺の入る隙がないくらい」
「ええ、そうね。だから、あなたはさっさと諦めなさいな。あなたに寄って来る女なんて、そこら中にいるでしょう?」
絵梨奈の言葉に、さとるは少し考えてから絵梨奈に視線を合わせた。
「合上さん、全然俺のこと見てくれないのは認めるけど……だから燃えるっていうか」
「……あなた、性格ひん曲がってるって言われない?」
「えー?そんなことないと思うけど」
「あら、そう。とりあえず、あの二人には近づかないでちょうだい」
ギロリと睨む絵梨奈に、さとるは肩を竦めた。
「うーん、困ったな。そしたら、安藤くんと直接対決しようかな」
「はあ?なんですって?」
絵梨奈は思わずツッコんだが、その台詞を聞く前にさとるが実砂と順司の元へと足を向けた。
「安藤くん、そういう訳だから直接対決しようか」
「え!?なんの!?」
突然声を掛けられた順司が驚いて素っ頓狂な声を上げた。
「合上さんを賭けて、かな」
「え!?」
驚きのあまり、そこから言葉が出ない順司の隣で、実砂は訝しげな表情を浮かべてから口を開いた。
「待って。私、物じゃないんだけど。勝手にやめてくれる?」
「そ、そうだよ!実砂はダメ!」
実砂のツッコミに乗っかる形で、やっと否定した順司だったが、未だにオロオロしている。
そこに絵梨奈が走って来た。
「いい加減になさいな!」
「山川さんは黙ってて。これは、俺と安藤くんの戦いだから」
「あ……戦わなきゃいけなんだ」
遠くを見つめながら言う順司を横目で見た実砂は、ふと息を吐いた。それを目敏く見つけたさとるが嬉しそうに口角を上げる。
「安藤くんは俺と争うの嫌そうだけど、それって合上さんのことは諦めるってことでいいんだよね?」
その言葉に「え?」とぼやく順司だったが、返答する前に実砂が口を開いた。
「順司はそんなこと言ってないでしょ。そもそも私の意見は関係ないわけ?あと、順司は単に優しいだけ。優しすぎてヘタレなだけだけど……そういうところも私は好きだけど」
「っ!!実砂!!俺も好き!!」
実砂の告白に喜びすぎて抱きつく順司を、実砂は「はいはい」と受け止めている。
「あれ?俺の出る幕ない?」
「ふふっ、だから言ったじゃない」
絵梨奈は勝ち誇ったように言いつつ、二人のイチャイチャに内心ガッツポーズをしている。
「そうだね。じゃあ、今回は引こうかな。でも、二人に危機が訪れたら、颯爽と掻っ攫うつもりでいるね」
爽やかな笑顔を残して去って行くさとるの背中を見送りながら、やっと平穏が訪れそうなことを悟った順司がいた。
それから、さとるの実砂に対するちょっかいは正直減っていないが、実砂が呆れて塩対応することが増えた。
「あーもう!ほんっとうにいい加減にしてちょうだい!やっぱり、メイドを召喚するしか」
「落ち着いて、絵梨奈」
絵梨奈の苛立ちも変わらないが、なんだかんだで実砂、順司、絵梨奈の三人に絡むように、さとるもつるむことも増えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます