第5話 三学期・1

 そして、年が明け、三学期が始まった。

「はーい。あけましておめでとうございます。今年も勉学に励むように。と、ここで早速ですが、最早始業式の恒例になっている転校生の紹介があります」

 その担任の言葉に、クラス中に衝撃が走った。

「え!?また!?」「うちのクラスばっか転校生多くない!?」「もう事件はごめんだー!」と、そこら中から聞こえるのを、「静かにー」の一言で黙らせると、一人の少年が入って来た。

「土木(つちぎ)さとるです。よろしくお願いします」

 爽やかな笑みを浮かべながら言う彼に、クラスの女子たちからわっと声が上がる。


 放課後、女子たちがさとるの周りに群がるのを横目で見ながら、絵梨奈は実砂の元へと駆け寄った。

「みんな、ああいう男がいいのね」

「顔いいし、優しそうだもんね」

「あら?実砂もああいう男がいいの?」

 その言葉に、実砂ははっと鼻で笑った。

「冗談やめてよ。私は順司だけで十分。順司、帰ろー!」

「う、うん!」

 実砂に呼ばれた順司は慌ててカバンを取ると走った。

 その様子をさとるが見ているのも知らずに。


「まあ、ほんとにモテるのね」

 絵梨奈は溜め息を吐きながら言い放った。

 土木さとる、爽やかな笑顔と、明るい性格、そこに運動神経抜群、というモテる要素が入っているのだから、クラスの女子からは圧倒的人気を誇っていた。

「それでいて、誰かを贔屓するでもなく、万遍なく、それはもう男女問わずで優しくするのだから、モテて当然よね。何をしたいのかしら、あの男」

 若干悪意があるような絵梨奈の言葉に、実砂は苦笑いを零した。絵梨奈は、瑞樹の件もあって転校生を信用しなくなっていた。

「あ!合上さん!」

 そんな中、さとるに呼び止められた実砂はぎょっとして立ち止まるが、隣にいた絵梨奈がキッと睨みながら「何かしら?」と答えた。

 その棘のある言い方に、驚いた表情をしたが、さとるはすぐに笑顔を作る。

「あ、驚かせてごめんね。次、視聴覚室って聞いたんだけど、場所わからないから、一緒に着いて行っていいかな、って言おうと思って」

「着いて来るだけなら着いてくればいいじゃない」

 そう言い捨てる絵梨奈を宥めつつ、実砂はやっと口を開いた。

「絵梨奈がごめん。視聴覚室、滅多に使わないから、場所知らないでしょ?一緒に行こうか。順司、行くよ!」

 それを聞いて、順司はそのまま実砂の隣に駆け寄る。その様子を見ていたさとるが口を開いた。

「ほんと、二人って仲良いんだね。クラスのみんなが口揃えて仲良しって言ってるの、よくわかるよ」

 そう、笑みを浮かべながら言うさとるに、絵梨奈はちらりと視線を送った。

「それを言ったらあなたこそ、とんでもなくモテてるわよね。好青年すぎると思うのだけど、それは演じているのかしら?」

「ちょっと!絵梨奈!」

 あまりにも失礼な物言いに、思わず実砂は止めたが、言われたさとるは一瞬目を開いた後、お腹を抱えて笑い始めた。

「はははっ!そんな訳ないでしょ。そんなに演技上手かったら、俳優にでもなってるよ」

 そう笑う彼をじろじろ見た絵梨奈は、ふんっとそっぽを向いた。

「確かにそうね。その顔で演技力もあれば、タレント事務所が放っておかないでしょうね。まあ、そのつもりがあるなら、紹介でもしてあげるわ」

 そう上から目線で言い放つと足早に行く絵梨奈の背中を見つつ、実砂はさとるに声をかけた。

「ごめんね、土木くん。ちょっといろいろあって、絵梨奈捻くれてて」

「気にしなくて大丈夫だよ。山川さんってお嬢様なんでしょう?なかなか慣れなくて大変だろうし。あと、俺のことはさとるって呼び捨てでいいよ」

 そう言いながらウインクをするさとるに、実砂は思わずぎょっとした。

「え、あ、いや、やめておく」

 鳥肌を立たせつつ、実砂はやんわり断ると、「そこ、右手に曲がったら視聴覚室だから!」と早口で言い、順司の腕を掴んで走り去った。

「あーあ、なかなか合上さんは落ちないなぁ」

 そうぼやく、さとるの声が廊下に響いた。


「ほんと、いけ好かないわ」

 絵梨奈の悪態を、苦笑いで返す順司。

 普段なら、それを止める実砂がこの場にいないということもあるのだが。その実砂を目で追い、順司はぐっと口を噤んだ。絵梨奈も同じ方を見ながら、眉間に皺を寄せている。

「安藤くんは我慢しすぎじゃないかしら?よくあの状態で文句の一つも出ないわね」

「モヤモヤはするよ。ただ、実砂はあの性格だから周りから好かれやすいのは理解してるよ」

「だから仕方ないって言いたいのかしら?私なら、あらゆる手を使ってでも阻止するのだけど」

 絵梨奈の言葉に、順司は「うーん、過激派」とツッコんだが、自分も彼女みたいな行動派なら、と羨ましく思ってしまったのも事実だ。

 二人の視線の先では、実砂がさとるに話し掛けられ、それに答える姿が映る。

 少しでも実砂が嫌がる雰囲気や、困った様子を見せれば、力ずくでも止めるつもりではいるが、今のところその素振りすらなく、順司も絵梨奈ももどかしい気持ちを抱えていた。

 一方、そんな二人の疑う視線を視界の端に捉えていたさとるは、内心楽しそうにほくそ笑んだ。目の前では、自分の話にちゃんと答えてくれる実砂がおり、彼女はそんな彼らの想いに全く気付いていなかった。

「合上さん、ノートありがとう」

「それは構わないけど……頻度高くない?そんなに勉強苦手なわけ?」

「うーん、もちろん好きではないけど……合上さん優しいから、つい甘えちゃうんだ」

 茶目っ気たっぷりに言うさとるに、実砂は眉を寄せた。同時に、クラスの女子がわっと集まって来た。

「ちょっと実砂。順司くんいるのに、さとるくんまで狙ってるの?」

「そんな訳ないでしょ。ノート貸してって言うから貸してただけ」

 女子に囲まれながら答える実砂を見ながら、さとるが口を開いた。

「俺も、実砂ちゃんって呼んでいい?」

「はあ?お断り!」

 ツーンとそっぽを向く実砂に、「残念だなー」と呟くものの、楽しそうに笑うさとる。他の女子たちは「実砂モテすぎー」と不満を述べていたが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る