第4話 二学期・2
それからの日々は、文化祭の準備で忙しくしつつ、同時に絵梨奈がひたすら瑞樹を牽制するという日常が繰り広げられていた。順司も、あれから瑞樹からの接触はないものの、かなり警戒していた。
「お嬢様、とんでもない情報をお持ちしました」
再び校庭の片隅で絵梨奈とメイドが話していた。
メイドは絵梨奈に耳打ちをすると、驚いたように目を見開き、すぐにメイドに指示を出した。
それに相槌を打つと、メイドは再びその場を後にした。
「……とんでもないことになったわね。絶対追い詰めてやるわ」
絵梨奈はそう吐き捨てると、何事もなかったように教室へと戻って行った。
準備ももう終盤だ。早ければ、明日にでもリハーサルが始まるだろう。その前に、絶対に追い詰めなければ。
「じゃあ、今日はリハーサルするよ!」
その言葉と共に、全員が立ち位置やら小道具の確認やらでわらわらと動き始める。
絵梨奈は、魔法使いの役のため、舞台に立ってしまったら実砂を助けに行けない。そのため、メイドを近くに侍らせていた。
「よくって?今日、あの女は動くはずよ。必ず現行犯で捕まえて。実砂を守るのよ」
「はい、お嬢様。お任せください」
「……合上さん」
「わっ!ビックリした……柴野さんか。なに?」
「これ、小道具」
そう言って、王子役の実砂にいろいろと渡していく。その中に一つ予想外の物があり、実砂は首を傾げた。
「え?短剣?何で?」
シンデレラのお話には不要な物に驚くが、問われた瑞樹は口角を上げた。
「だって、王子ならいざって時に戦える方がいいかなって」
「そうは言っても、シンデレラだから舞踏会のシーンなんだし、いらないでしょ。本格的すぎるでしょ。しかも、重くない?」
何となく持ち上げた実砂の言葉を聞いて、瑞樹は笑みを浮かべたまま近付き、実砂が握っている短剣の柄に手をかけた。
「ええ、そうね。だってコレ、本物だもの」
「え?」という実砂の声と同時に瑞樹は剣を抜くが、それよりも早く実砂と瑞樹の間に影が入った。
「庶民!無事ですか?ついに本性を現しましたね、悪女!」
そう叫んでメイドは瑞樹の腕を捻り、短剣を落とし、取り押さえた。
同時にこの騒ぎを聞きつけ、クラスメイトたちが集まって来る。状況を見て、ざわざわと騒ぐが、駆け付けた絵梨奈が叫んだ。
「よくやったわ!さあ、柴野瑞樹。白状なさい!あなた、安藤くんを狙って、邪魔な実砂を亡き者にしようとしたわね!」
「どこにそんな証拠があるのよ!」
瑞樹の怒鳴り声に、絵梨奈は楽しそうに笑った。
「あら?あるわよ?山川の力を舐めないでちょうだい」
「お嬢様に言われて、あなたの動向は全て把握させていただきました。全て証拠として押さえているので、このまま警察に提出します」
メイドが写真を数枚見せるが、その言い分だと他にもいろいろ残っているのだろう。瑞樹は口を震わせた後、力なく項垂れた。
「連れて行きなさい!」という絵梨奈の声と共に、メイドに連行されて行く。
「ちょっ、ちょっと絵梨奈!どういうこと!?」
刃物を向けられたとは言え、驚いている間に全て終わってしまった実砂は、意味がわからないとばかりに絵梨奈に声をかけた。
「……この前、あの女が安藤くんにちょっかいかけてるのを見たのよ」
「え!?」
実砂は驚きの声を上げてから順司を見るが、彼も気まずそうな顔で頷いた。
「やっぱり、山川さん見てたんだ。なんか、すごい近い距離感でぐいぐい来られて……でも、俺は実砂一筋だから、言い方悪いけど……その、気持ち悪くて」
「元々、転校して来た当初から少し引っかかる部分があったのだけど、それを見たらとても怪しくて。そもそも、私の大事な実砂から安藤くんを奪おうなんて罪でしょう。だから、山川の力を使って総出であいつのことを探ったのよ」
さらりと家の力を使ったことを言う絵梨奈に、実砂は若干引いたが、一先ずは黙って続きを聞くことにした。
「その結果、柴野瑞樹は転校してくる前から、実砂と安藤くんのことを狙ってたみたいなのよ」
「は?だって、彼女とは知り合いじゃないけど?」
「そうなのよね。どこかわからないけど……でも、二人がデートしてるところでも見かけたんじゃないのかしら?その時に安藤くんに一目惚れして、隣にいた実砂に激しい嫉妬をした。だから、わざわざ転校してきた」
絵梨奈の言葉に、開いた口が塞がらないが、順司は少し考えてから口を開いた。
「……それで、実砂自身を殺そうとしたってこと?」
「本当は実砂を傷つけるじゃなくて、実砂に傷つけられる、だったと思うの」
「え!?どういうこと?」
実砂の言葉に、絵梨奈はシナリオ担当だったクラスメイトから台本を借りた。
「じつは、柴野瑞樹が直談判してシナリオが少し書き換えられたのよ」
「え!?そんな話知らないけど!?」
「そうね。奇跡だと思うのだけれど、幸か不幸か実砂にうっかり伝え忘れていたのよ」
そう言ってそのページを実砂の前に出した。
「ここを見て。王子はガラスの靴を落としたシンデレラを探す指示を出した後、勇ましく短剣を抜き振り翳しながら舞台袖に捌けるの。問題はその後、王子役である実砂はこのまま短剣を小道具担当の柴野瑞樹に渡す、という手筈になってるんだけど……この時、抜いた短剣を渡すことになるわ。つまり……」
「そうか……位置が悪ければ柴野さんを傷つけることになる」
「ええ。ほんとは、それが目的だったんじゃないかしら。あなたに傷つけられたって騒げばいいだけだもの。実砂を加害者に仕立て上げて、自分は被害者を演じればいいだけなのだから」
それを聞いて、実砂と順司はすっと顔を青くした。
「でも、この変更点を奇跡と言うべきか、うっかり伝え忘れてた。結果、実砂が小道具がおかしいとツッコんだことで、彼女は追いこまれたのね。なら、次にやることは直接的にあなたを害すことだった。まあ、直接的すぎるけど……嫌な予感がしてたから、メイドに柴野瑞樹を見張らせていたのよ」
「なんで、山川さんはあんな大人しそうな子がおかしいって思ったわけ?」
順司の問いかけに、絵梨奈は口角を上げた。
「あの子、来た当初からあんな大人しそうな顔をして、静かにしていたけど、たまに酷く妬んだ表情を浮かべていたのよ。それで気になって調べたんだけど……面白いくらいに前の学校の情報が集まったわ。あの女、前の学校でも大人しそうに見えて、次から次へと気になった男にちょっかいかけていたし、その恋敵になるような女がいたら陰湿な虐めをしていたのよ。まあ、ここまで情報が集まったらもうその先は大体予想がつくじゃない」
絵梨奈はそう言って微笑むと、ぐっと拳を握った。
「私の大事な実砂と、安藤くんの仲を切り裂こうとするなんて大罪よ!徹底的に締め上げるわ!」
物騒なことを言う絵梨奈だが、それ以上に物騒なことに巻き込まれていた訳で、実砂は頭を抱えることしかできなかった。
数日後のHRで、柴野瑞樹の件が警察沙汰にまでなったことを知り、実砂が絵梨奈を見やると、彼女は勝ち誇った笑みを浮かべていた。
「なんか、二学期はいろいろあったわね」
随分寒くなり、絵梨奈は白い息を吐きながらぼやいた。
その言葉を聞きながら、実砂はぼんやりと文化祭の騒動を思い出した。
「ありすぎじゃない?一学期の時もいろいろあったけど」
「あら?何かあったかしら?」
「絵梨奈が来たことだよ!」
「ああ、そうね。自分のことだから忘れてたわ。ところで実砂、年末年始は何かご予定があるかしら?」
「年末年始?特にないな。あ、順司と初詣行こうって約束したぐらい」
実砂の返答に、絵梨奈はぱあっと顔を輝かせた。
「まあっ!私も実砂を初詣に誘いたかったのだけど、安藤くんと行くんじゃ止めておくわ。ええ、是非二人で縁結びして来て!」
「え、なんでそうなるの。というか、初詣じゃなくなっちゃうけど、別日に一緒に行く?」
「え?私とも行ってくれるの?」
絵梨奈は実砂の手をぎゅっと握った。
「え、うん。構わないけど。ただ、二人でだよ。順司もいないし、メイドさんもなし。それでもいい?」
「ええ、もちろん!では、また連絡をするわ!よいお年を!」
そう言って絵梨奈はすごい勢いで去って行った。
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