第3話 二学期・1
そして、二学期の始業式の日。
「おはよう!実砂、安藤くん」
絵梨奈は見かけた二人に声をかけると、ふと思い出したように声のトーンを下げた。
「そうだ!お二人とも聞きまして?転校生が来るらしいわ」
「え!?また!?」
順司の声に、絵梨奈は静かに頷いた。
「ええ。良い方だといいわね。もし、何かあっても、お二人の仲は私が守りますわ!」
ぐっと手に拳を握る絵梨奈は、謎の気合いを入れると意気揚々と教室へと向かった。
「はーい。お久しぶりです。今日から学校だから、いつまでも休み気分でいないように。じゃあ、まずは転校生来たから紹介するぞー」
担任がそう言うと、今まで担任の隣で静かに立っていた少女が頭を下げた。
「柴野瑞樹さんだ。みんなも慣れるように協力してあげてくれー」
「柴野です。よろしくお願いします」
大人しそうな見た目と同様に、静かな声で挨拶をされ、一瞬クラスが静かになった。転校してきた時の絵梨奈の鮮烈さを覚えていたためで、何故かクラスメイトたちの方が挙動不審になっていた。
「意外と地味な女が来たわね」
お昼ご飯を突きながら言う絵梨奈に、「絵梨奈が言えたことじゃないでしょ」とツッコむ実砂だったが、耳に入ってないようで絵梨奈は話を続けた。
「あら、事実じゃない。大人しいというよりも、根暗よね。まだ誰とも話してないのよ?」
「緊張してるんじゃない?絵梨奈じゃあるまいし」
「そうかしら。その割には、かなり周りを視線で追ってるのよね」
絵梨奈の言葉に、「意外と周り見てるんだな」と思う実砂だったが、今まで隣で黙って聞いていた順司が口を開いた。
「でも、俺、柴野さんのこと苦手かも」
「順司は人見知りなだけじゃない?」
「そんなことないよ!ただ、なんというか……彼女からすごい視線を感じるんだ」
「まあ!やはり、安藤くんをじろじろ見ているということね。ちょっと気持ち悪いわ」
「もう!絵梨奈は少し言いすぎ。とりあえず、こっちから声かけなければいいわけだし、変な詮索しないこと。わかった?」
実砂の言葉に、二人揃って「はーい」と返事をした。
しかし、そんな約束も束の間、午後のHRで事件が起きた。
「再来月は文化祭があるけど、来週にはクラスの出し物の企画を提出になる。みんなで相談して決めるように」
担任の言葉に合わせて、「屋台やろー」とか「メイド喫茶しよー」とかいろんな声が上がるが、絵梨奈が勢いよく「はいはーい!」と手を挙げた。
「私、演劇をやってみたいわ!それで、実砂と安藤くんをカップル役にして、いっそ物語の中で結婚までさせるわ!」
「はあっ!?ちょっと!急に巻き込まないでくれる!?」
絵梨奈のトンデモ野望に思わず実砂はツッコんだが、「それはいい!」と何故かクラス中で盛り上がった。実砂の反対の声は届いてないし、順司は既に白目を剥いている。
「あら!いいじゃない!ねえ、先生。キスシーンはいいかしら?」
「あー、いや。文化祭は地域の人も来てくれるからな。それはなしで」
その返答に、悩んでいたクラスメイトたちだったが、すぐにアイデアが上げられた。
「あっ!じゃあ、シンデレラにしようぜ。ただ、普通のじゃつまらないから、男女逆転だな。シンデレラが安藤で、王子が合上で決まりな」
「ちょっと!勝手に決めないで!」
実砂の言葉も空しく、その後もクラスメイトたちにより出し物が確定してしまった。
それに対し、実砂は暴れる寸前で、クラスメイトたちが宥めるのを絵梨奈は楽しそうに笑った。
「…………つまらない」
そう聞こえ、ふと絵梨奈は振り向くが、そこにはただただ窓の外を眺めたままの瑞樹がいた。彼女はずっと外を見ており、絵梨奈の視線にも気付いていないようで、絵梨奈はそれに対して激しい違和感を覚えた。
「いやー!助けて実砂ー!」
順司は叫びながら実砂のところへ駆け寄るが、その前にクラスの男子たちに捕まって連行されて行った。
「安藤!まだ動くなって!衣装合わせ終わってないだろ!」
「だから嫌だって!なんでドレス!?」
「お前がシンデレラだからだ」
そんなやり取りを響かせながら、引き摺られて行く順司を、同じく死んだ目の実砂が手を振る。
「安藤くんの方もピッタリだったみたいね。合上さんの方もジャストサイズだし、何ならとっても良い出来!」
裁縫が得意で衣装を作ったクラスメイトの言葉に、「あー、うん、ありがと」とだけ返す。
「きゃー!実砂ってば、とっても似合ってるわ!私も本気で魔法かける準備をしないと!」
そう言っているのは絵梨奈で、魔法使いの衣装を着ていた。気合いが入ったのか、持っていた魔法の杖をぶんぶんと振り回す。
「安藤くんの様子も見て来るわ!」
そう言いながら様子を見に行った絵梨奈は、ふと足を止めた。
「あら?柴野さん?」
瑞樹の姿を見かけたからだ。彼女は、小道具担当になったはずで、今の時間は別室で小道具の用意をしているはずでは?と疑問を浮かべた。
別に後を追うつもりはなかったが、向かう方向が一緒だったようで、絵梨奈は瑞樹の後を追う形になってしまった。
そこへ、ドレスを着せられた順司が通りかかる。順司は絵梨奈に気付く前に、瑞樹に呼び止められたようだ。
「安藤くん!」
「え!?あ、柴野さん?」
ぎょっとしたように立ち止まる順司。それもそのはずで、転校して来てから一度も話したこともなければ、クラスメイトたちとも打ち解ける様子のない瑞樹が、笑みを浮かべて順司の元へ駆け寄ったのだから。
「なんか、大変そうだね。男女逆転で主人公とか」
「あ、うん。でも、こんな経験なかなかないし、ちゃんと全うはするよ」
「そう。安藤くんって、協調性があって、優しいんだ」
そう言ってそっと順司に近付き、腕を組もうとする瑞樹に、順司はひゅっと息を飲み、一歩後ずさった。その様子に瑞樹は目を丸くしたが、すぐに笑みを取り戻すとポケットから小袋を出すと順司に渡した。
「これ上げるね。私から頑張ってるねのご褒美」
「え!?い、いや、いらな……」
全て言い切る前の順司に、瑞樹は無理矢理押し付けるとそのまま走って行ってしまった。
一部始終を見ていた絵梨奈は、ぐっと奥歯を噛みしめ、手に持っていた台本をぐしゃりと握り潰した。
「あの女!!何してるのよ!!実砂と安藤くんの邪魔をするなんて、汚らわしい!!」
絵梨奈にとって、神聖視しているカップルの邪魔者の登場で、怒りは頂点に達したようだ。
そのまま順司の元へは行かず、トンボ返りした絵梨奈は突然、実砂に宣言をした。
「実砂!私は久々に最終兵器を使おうと思うのです!」
「は?最終兵器って何?」
突然意味不明なことを言われた実砂がぎょっとして答えるが、それを聞かずに絵梨奈は「絶対に実砂のこと守ってやるんだからー!!」と叫びながら廊下を爆走して行った。
何事かと実砂は呼び止めようとしたが、絵梨奈が教室を飛び出したのと同時に、順司が入って来た。
「おっと!……え、山川さんどうかしたの?」
「あ、順司……さっき、絵梨奈に会った?」
順司は問いに問いで返されたが、すぐに首を振った。
「そう。なんか、順司のところ行くって出てったはずなんだけど、すごい早さで帰って来た後、なんか最終兵器とか叫びながら出てったんだけど……」
「さ、最終兵器?」
心穏やかじゃない言葉に、思わず反芻したが、順司は瑞樹といるところでも見られたのかと顔を青くしてしまった。
その挙動不審な様子を見て、実砂は訝しげに見た。
「順司?なんか様子変じゃない?」
「ええっ!!?そ、そんなことないけど!?」
「えー、怪しい……」
実砂にじろじろ見られた順司は、「そんなに見つめないでー!」と赤面しながら教室を出て行ってしまった。
一方その頃、絵梨奈は校庭の端まで来ると叫んだ。
「メイドー!久々に学校に現れなさーい!」
「はい!ここに!」
しゅたっと忍者のように現れたメイドを見て、絵梨奈はにんまりと笑った。
「ちょっとお願いがあるの。あの柴野瑞樹って女の素性を明かしてきてちょうだい」
「かしこまりました」
そう言うと、さっと消えていくメイドを見送ってから、絵梨奈はぐっと拳を握った。
「見ていなさい!柴野瑞樹!絶対に本性を暴いてやるんだから!」
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