第4話 事故の後
目覚めるとベッドの上にいた。アオイは上体を起き上がらせて周囲を見渡したが、全く身に覚えのないところだった。
白いタイルの壁に、平べったいLEDの電気と右側には窓が見える。左側の壁沿いには本棚があり、その隣に木製のドアが見える。
窓からは夕暮れ時の山吹色の日光が差している。そういえば今は何時なんだろう。
付近には時計がなかったので、アオイは自身の携帯電話を取ろうとして、太もも付近のポケットへと手を伸ばした。
だが、そこにはポケットはなかった。今気づいたのだが、白っぽい薄い服に着替えている。よく入院した時に着るような服だった。おまけに両手には包帯がぐるぐる巻きにされていた。おそらくバスと衝突した際にけがをしていたのだろう。
「いつの間に着替えたんだ…?てか、ここはどこなんだよ…」
アオイがきょろきょろと周りを見渡した時だった。ドアノブが回り、人が現れた。
「お巡りさん!」
登校時とバスの事故現場に居合わせた警官がドアを開けて入ってきた。バス事件の時と同じように青いシャツの上に紺色のベストを羽織っており、胸元には無線機が付いているのが見えた。
「丁度よかった、目覚めたんだね」
「お巡りさん、ここはどこですか?」
アオイは焦った様子で質問を投げかける。
「ここは今朝、君が俺を運んでくれた交番だよ。覚えているかい?君はさっきバスに襲われた後に倒れたんだよ」
うっすらと記憶に残っている。バスと正面からぶつかって、バスからロボットが出てきて、それをお巡りさんが撃って……。そして急に体調が悪くなったんだ。
(……!そうだ!白鳥さんは!?)
「あの!俺と一緒に女の子がいましたよね?あの子は大丈夫でしたか?」
警官は少し驚いたような顔をした後に、優しい声色で答えた。
「ああ、彼女は大丈夫だよ。転んだ際に軽くケガをしたみたいでね、今は病院に行って手当をしてもらっているんだ」
「よかった…」
アオイはほっと胸をなでおろした。
「てっきり俺は、もっと別のことを聞かれるのかと思ったよ。君自身のことや、さっきの事故のこととかさ」
警官の男性は目を細めてアオイを見つつ、そう口にした。そういえば聞きたかったことがたくさんあったのだ。
「なんで突然バスが俺たちの方に突っ込んできたんですか?」
少年の第一の質問はこれだった。彼は過去に何か人に恨まれるようなことをした記憶などなかったからだ。もちろん些細な恨みを持つ者はいるかもしれないだろう。例えば、給食のおかわりを決めるためのじゃんけんで彼に敗れてしまった者など。
だが、人に殺意を抱かせるほどの行動をした記憶などこれっぽっちもない。そんな自分がなぜ狙われる羽目になったのか、そもそも、ただのバスの整備不良か何かで事故に巻き込まれただけだったのか、少年は目覚めたばかりの頭でそんなことを考えていた。
「それはね、アオイ君…あの事故は君を狙ったものだったからだよ」
警官の青年は少しためらったようだったが、一気に理由を述べた。
「…俺を?いったいなんで?」
そこまで口にしたところで、少年の記憶の中に先ほどの事故の様子が浮かび上がる。
バスから降りたロボットが自分の方を見て『見つけた』と発したときの記憶がよみがえってくる。
「あのとき…、確かにロボットは俺の方を見て『みつけた』って言っていましたよね?」
少年は自分の記憶が正しいか確認するかのように青年へたずねる。
「うん、あのロボットはおそらく君を発見、そして捕らえることを目的としていた…、そう僕は予想している」
わけがわからなかった。なんで俺が狙われなきゃいけないんだ。
「俺…、何もしてないですよ!悪いこととか!確かに野球してて窓ガラス割っちゃったこととかあるけど…」
アオイは、焦って自身の無実を証明するかのように話した。そして、そんな彼の様子を見て青年が淡々と答えた。
「そう、君は何も悪いことはしていないんだ」
「じゃあ一体なんで!?」
青年は大きく息を吹いてからゆっくりと答えた。
「君がある理由で人間として育てられた『アンドロイド』だからだ」
「ええ?」
思わず間抜けな声が出てしまった。俺がアンドロイド?だってご飯だって普通に食べるし、風呂も入るし睡眠だってとる、もちろんトイレにも行く。
「お巡りさん、俺は人間だよ!」
アオイは、困り眉になりつつも口角を上げてそう主張した。
「でも今朝の君は、成人男性をおんぶしたまま30分も走って交番まで行った…、普通小学生にそんなことはできないよ、今思えばあの時点で何か違和感はあったんだ」
警官の青年は自身に親指を向けて説明した。さらに続けざまに口を開く。
「極めつけに君はあの暴走バスを"素手で"止めて見せた」
アオイはまってましたと言わんばかりにそこで声を上げた。
「それだよ!お巡りさん!なんで俺はあんなことできたんだよ!?わけわかんないですよ!」
アオイは興奮気味で、敬語と砕けた口調の入り混じった質問をした。
「さっきも言った通りさ、きみが人間に限りなく近いロボット…。いわゆる『アンドロイド』だからできたんだよ」
アンドロイドとは、ロボットに人口知能を備え、命令なしで動くことを可能にしたロボットのことである。
「お巡りさん、さっきも言ったけど俺はご飯も食べるし、感動映画を見たら泣いたりもするよ!アンドロイドにそんなことできないって!」
あくまでアンドロイドは自分で物事を判断して行動を決めることのできるロボットのことであるはずだ。時には人間的な反応をすることもあるけど、それはあくまでも疑似的なものだ。
「すっごく性能の良い人工知能なら人の感情をわかるのかもしれないけど、俺はあくまでも人間だよ!背だって毎年伸びてる!」
「じゃあなんで君は暴走したバスを素手で止めることができたんだ?」
アオイはそう言われて言葉を詰まらせた。そんなことはこっちが知りたいと言いたげな表情になったが、何も言わずに押し黙ってしまった。
警官は黙って彼の顔を見ていたが、不意に彼の包帯で巻かれた手を指さした。
「その包帯をほどいてみてくれ」
アオイは一瞬躊躇したが、ひじの下あたりまで巻かれた包帯を端からゆっくりとほどいていった。まずは右手の包帯からだ。
左手に包帯の山が出来上がっていき、徐々に素肌があらわになっていく。アオイの予想していたとおり、右手はバスとぶつかった衝撃で擦り傷やかさぶたができていた。
肘から手首にかけては擦り傷が所々にあり、まるで転んですりむいてできた傷のようであった。
手首から先の包帯をほどいていくと、そこでアオイは包帯を巻く手を止めた。
「……これって……」
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