第3話 目覚め

 まるでスロー再生のように世界が動いている。


 転ぶ白鳥さん、迫りくるバス、自分の隣を走るパトカー、己をつかむロボットアーム、舞う土煙。


──このままじゃ白鳥さんが…


 頭の中で何かが切れるような音がした気がした。


「うおおおおっ!」


 アオイが腕を広げると、彼を掴んでいたロボットアームがひしゃげて砕け散った。アオイはそのまま車道へと着地しバスの方へと走っていく。


──助けなきゃ!


 転んだ白鳥さんの前を通り過ぎ、バスに向かって一直線にアオイが駆けていく。アオイは両手をバスに向けて伸ばし、バスを正面から受け止める。


 彼の手にすさまじい衝撃が走り、足が踏ん張りを利かせようとして車道にヒビが入る。アオイの服の袖が衝撃に耐えきれずに破けるが、彼は無我夢中で腕を前へ突き出す。


 衝撃はそう簡単には収まらず、トラックを覆うカバーを突き破って彼の腕は車体の中へとめり込む。押し負けまいとアオイが歯を食いしばり、手を思い切り伸ばした。


「っ!!!」


 アオイが渾身の力を込めたことで、バスは急激に速度を落とし、遂には動きを止めた。


「白鳥さん!ケガは!?大丈夫!?」


 アオイは車に突き刺さった両手を、まるで泥沼から引き抜くかのように思い切り引き抜いて後ろを振り向いた。彼が手を車体から引き抜くと同時に車のカバーの破片がぼろぼろとこぼれ出てくる。


「彼女は大丈夫だよ、安心して」


 振り向いたアオイの視界に移ったのは、倒れた白鳥さんを「よっこいしょ」と背負う警官の青年の姿だった。


「ただ、今はショックで気絶しちゃったみたいだ…、よっぽど怖かったんだろうね」


 そう口にする警官の姿にアオイは見覚えがあった。そうだ、この人は今朝会っている──


「今朝の腹痛お巡りさん!?」


「おっ?覚えてくれてた?あのときはお世話になったね」


 警官は苦笑いしつつアオイへと近づき、手を伸ばす。


「茜アオイ君……君はやっぱり…」


 警官がそう呟いた時、動きを止めたバスの扉が開く音がした。警官の青年は白鳥さんを担ぎつつも、片手で腰の拳銃に手を添えて音のした方向に注意を向けた。


 バスの中からゆっくりと人型の何かが降りてくるのが見える。


「…車掌さん……のロボット?」


 アオイが降りてきた人影を見てそう言った。


 バスの中から、紺色のスーツと着用し、つば付きの帽子を被った車掌風の人影が現れた。だが、襟元から伸びる首は金属のような銀色の肌をしていて、そこから白い強化プラスチック製の顔が見える。


(あの格好は俺が毎日乗っているスクールバスの運転手の制服だ、あれをなんでロボットが着てるんだ?俺は人間の運転手しか見たことがないぞ)


 アオイにとって街中で労働をするロボットの姿を見ることはごく普通のことだった。おまけに、今彼の目の前に出てきたロボットも、街中で作業をするロボットとそっくり同じものだった。


 だからこそ、不気味だった。普段は人のために黙々と働く姿を見せるロボットが、今こうして自分たちを襲ったバスの中から出てきたのだ。


『発見』


 ロボットはアオイの方を向くなりそう発した。


「は?」


 アオイはロボットの告げた言葉の意味はまったくわからなかった。しかし、ロボットはそんなことはおかまいなしにと、アオイの方を向いたまま彼らの方に歩き始めた。


「下がって!アオイ君!」


 警官の声にふと我に返ったアオイは、近づくロボットに向かって疑問を投げかける。


「ちょっと待て!お前……バスに乗って俺たちを轢こうとしたり!一体お前はなんなんだよ!」


『答えル必要はありマセん、さあ、ワタシと来てくださイ』


 ロボットは徐々にアオイの方へと距離を詰めていく。冗談じゃない、こんな訳の分からないロボットに連れていかれるなんてごめんだ。


 アオイが覚悟を決めて体の前に腕を出し、ファイティングポーズを取った時だった。アオイの背後から銃声が3発ほど聞こえた。


 銃弾は1発はロボットの額部分に、もう1発は口、もう1発は胸に命中した。銃弾が撃ち込まれた衝撃でロボットはのけぞるようにして体勢を崩し、そのまま仰向けに倒れた。


 ロボットは銃弾を受けた個所から橙色の火花を散らし、わずかに指を動かしたが、力尽きたかのように動かなくなってしまった。


「お巡りさん、いくらなんでもやりすぎじゃ…」


 アオイは先ほどトラックを受け止めた際に摩耗で削れてしまった靴など気にせず、警官の元へと駆け寄った。


 警官の男性は銃を下ろして大きく息を吐くと、アオイの方を真っすぐに見た。


「いや、これでいいんだ。どっちにしろ人に危害を加えたロボットは廃棄される…、それに抵抗しなかったら君に危害が加わっていたかもしれない」


「俺に?」


 彼はなにか言いたげな表情をしていたが、そこをぐっとこらえ、胸元に着けた無線機のスイッチを押して会話を始めた。


「こちら海鳥交番の谷口、バスが事故を起こしました……、はい……、はい、承知しました」


 十秒ほど無線で連絡を取った後、彼は無線を胸元に戻し、ちらっと白鳥さんの方を見てアオイに告げた。


「茜アオイ君、申し訳ないけど俺と来てほしい。」


 アオイはすぐには返事をしなかった。警官の何かを隠しているような様子といい、なにかひっかかることがあったからだ。


 そんな少年の様子を察したのか、警官は少し申し訳なさそうにして口を開いた。


「君が俺のことを信用できないこともわかるよ、でもこれは君の安全のためでもあるんだ、それにこの女の子だって安全なとこへ運んであげなきゃいけない。お願いだ、お巡りさんの言うことを聞いてほしい」


 そう言って彼は頭を下げた。アオイはそんな警官の姿を見て、少しの間考えた。


「わかった!お巡りさん、でも、連れてってくれたらちゃんと説明してほしい、さっきのロボットのこととか……いろいろさ!」


「ありがとう、アオイ君」


 警官のその言葉を聞いた時だった、急に目の前の景色がぼやけて視界が白っぽくなってきた、まるで長いトンネルの後を抜けた後に、急に明るい所へ出てきたかのようだ。


(あれ?なんか体が…)


 アオイは自身の平衡感覚がおかしくなっていくのがわかった。


 少年の記憶はそこで途切れた。

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