第18話

 私は電車の振動に揺れていた。


 ___「じゃあさっそく、明日の朝8時に来てくれるかな」

「はい!」

「開院時間は9時だけど、院内の説明も兼ねて案内したいから、少し早いけどよろしくね」

「あ、でしたら今からでも」

 院長は、ゆっくりと首を横に振った。

「今日は色々なことがあったから疲れているだろう。家に帰って休んで下さい」

 その言葉が優しくて、涙がにじむ。

「ありがとうございます」

 私は深々と頭を下げた。___


 昨日は、本当に怒涛どとうの一日だった。クビになり、駅を降り過ごし、倒れている院長に出会って、働かせてもらえることになって……。

 ああ、かいは今どうしてるだろうか。誰かに私が解雇されたことを聞いて、驚いているかな。自分の口から伝えられなかった勇気の無さに、情けない気持ちがとめどなく溢れてくる。

 ボヤける視界を無理に拭って、席を立った。



「おはようございます」

「おはよう」

「体調は大丈夫ですか?」

「ありがとう、私は大丈夫です。花画はながさんの方こそ、大丈夫かい?」

「ご心配お掛けして、すみません。……突然色々なことが起こり過ぎて、ちょっと追いつけていない所はあるんですけど、こうして仕事を頂いた以上は精一杯努めさせて頂きますので」

 院長は少し困った眉になって、

「あまり気負いし過ぎないで下さいね」

 と優しく言った。

 またも院長の優しさに言葉が出ず、頭を下げた。

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