第9話

 ___「この治療法で、笑幸しょうこう伝染病患者を救ってみせる!!」___

 そう力強く宣言したものの、現状は変わらずにいた。院長の態度は厳しく、医者たちの目は冷たい。

 みきちゃんの治療だけは、院長の反対を「患者を見捨てるんですか!?」の一言でなんとか押し切った。

 だが、笑幸しょうこう伝染病患者に余命を宣告し、過ぎる毎日。


 秋も終盤に差し掛かり、空気が冷えだした頃。

「次の方、どうぞ」

「あの、娘の顔が片方だけおかしいんですよ」

「えっ?」

 その第一声に驚いて目を向けると、そこには異様な光景が広がっていた。

「こ、これは…本当に笑幸しょうこう伝染病?」

「…はい、恐らく」

 かいも目を疑っている。

 目の前に座る少女は、顔の右側だけピクピクと口角を上げていた。まるで、笑幸しょうこう伝染病の症状が顔の半分しか発症していないような不気味な様子だ。

「あの、娘さんはいつ頃からこのような症状が見られるようになりましたか?」

「ちょ、うど…1週間…前、です。」

 驚くことに、私の質問に口を開いたのは、患者の少女だった。

「話すことができるの?」

 少女はこくりと頷いた。意思の疎通そつうも取れる。…しかし、発症が1週間前ということは……。

「本来ならば、娘さんは伝染病によって亡くなっています」

 患者も、その母親も驚愕の表情をあらわにする。それはそうだろう。だって、死んでいるはずの彼女は普通に座っているのだから。

 それからいつものように笑幸しょうこう伝染病の説明をした。

「本当に笑幸しょうこう伝染病なのかを調べさせて頂けませんか」

「は、はい」

 患者の母親は信じられないというような自信の無い声で返事をした後、

「娘を、娘の顔を元に戻してくださいっ」

 と、真剣な眼差しを向けた。


 ___「最初から駄目だと言われた方がよかったのよ!!…息子は、息子はっ」___


 取り乱し暴れ、泣き崩れる姿が蘇る。胸が苦しくなって、また同じことになるのではないかという不安が押し寄せた。言葉に詰まる私の横で、

「はい、最善を尽くします」

 と、力のこもかいの声が聞こえた。途端、下手に入っていた力がすっと抜け、私は患者に向き直った。

「よろしくお願いします」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る