第7話

 その後、みきちゃんは自宅療養の期間に入った。病院にいるのではなく、自分の家で家族との時間を過ごすことが良いと判断したからだ。学校にはまだ行ける状態ではないが、買い物などのお出かけには一緒に行くように伝えてある。

 ___「みきちゃーん、きこえる?」

 リモートを使った検診で、画面越しにみきちゃんがこくりと頷いた。

「大丈夫そうです」

 隣に座るお母さんの声がきこえる。

「じゃあ今日も検診を始めるね」___

 みきちゃんは段々と意思の疎通そつうが出来るようになっていた。



「なんで駄目だめなんですかっ!!」

 会議室に怒声が響く。かいがなだめるように、私の腕をそっと掴む。

「うーん。だってさ、結果、残してないでしょ?」

 院長が顎をさすりながら言う。

「それはっ…、今 渡邊わたなべ みきさんで」

「これは一旦保留、解散」

 皆が続々と席を立つ。私とかいが必死に作った企画書が、机に置き去りにされていく。

 強く握り締めた拳で、企画書が崩れた。



「もうっ、何なのあのクソじじい!」

「クソじじいは言い過ぎですよ。……でもどうして『クローズアップトレーニング』が通らないんですかね」

「ほんとよ!!」

「あっ、患者さんですよ!」

 正直、患者を診るなど今の私には到底できなかったが、仕方がない。

「…どうぞ」


「あの、これって笑幸しょうこう伝染病ですよね」

 12才の少年の母親は、座って早々そう言った。

「はい。……どうしてその名前を?」

「えっと、調べてきたんです」

 鞄から取り出したスマートフォンの画面が差し出される。そこには、私もよく使う便利な検索アプリが映し出されていた。『幸せそうに笑う』『感情が無くなる』『余命1週間』などのワードの中に、『笑幸しょうこう伝染病』の文字がある。

 ここまで感染者が広がれば、ネットに情報を求めてそれを入手することは有り得るだろう。いくらマスコミを止めることが出来ても、ここまで発達した情報通信機器の情報を阻止することは出来ない。

「やっぱり、うちの息子は助からないんですか」

 俯く姿に胸が痛む。また同じことの繰り返しだ。余命を告げて、その後どうするかを選択させて別れを待つだけ。……いいや、そんなのもうりだ。

「結果を残せばいいんだ」

「えっ?」

「いいえ、方法はあります」

「本当ですか!」

「先生?!」

 かいが慌てた顔でこちらを見る。

「まだ確率は高くありません」

「それでも、やれることがあるのなら!」

「はい。…ですがこれは、息子さん次第なんです」

 今にも「何してんだ」と言い出しそうな顔をするかいを横目に、不安気なお母さんに向き直った。

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