第8話 絶体絶命、奴が来た②

さあ覚悟はいいかサビター!これから奴を唸らせるスッウィーツを作るぞ!」


 ライラは俺をキッチンの中に連れ込んで作戦会議を開いていた。調理の為に使われる錬金釜は俺が前に見た時とは違い、釜の中に透明の水が貼ってあるだけだった。


「一応聞くけど、アイツがどんな奴かは知ってるよな?」

「うむ。ジョニー・ニーニルハインツ。ニーニルハインツギルドの団長にしてこの国最強の人間。奴が戦争や天災を幾度も治め、噂だとこの国で王様の次に偉いとも聞く。だがそれはお主と共にじゃろう?しかもお主達は友人同士だしのぉ」


 ライラはうんうんと首を縦に揺らし、何故か俺を引き合いに出した。だが肝心なのは俺も一緒に活躍したという事ではなく、ジョニーの地位だ。奴は元々ウィルヒル王国の名のある貴族の末裔であり、位の高い人間だ。そして俺はただのスラム出身の庶民。俺と奴が何故対等な関係になったのか、今となっては分からない。いつの間にかそうなっていた、としか言いようがない。いや、俺の話はよそう。虚しくなるだけだ。


「その辺は気にしなくていい。俺が言いたいのは、奴は分相応の食事を嗜んでいて、舌も結構肥えている。もし下手な物を出せばこの店は終わりだろうな」

「じゃが奴はお主のお友達じゃろう?手心は加えてくれるんじゃないのか?」


 ライラは違うのか?とでも言いたげな口調で疑問を口にする。俺は「いや」と言葉を添えて


「アイツ俺の前だけだと結構性格悪いんだよ。俺を困らせる為にわざとからかってきたりもするしな。ムカつく野郎だぜ、まったく」


 俺が舌打ちしながら言うとライラは「仲良さそうじゃの」と鼻で笑いながら言った。


「でもお主にとっては良い事なんじゃないのか?客は来なくなるしのう」

「いや、表向きの店でもある程度の収入は必要だ。ポーションだけで稼いでると絶対怪しまれる」


 ライラは俺の言葉を聞いて「まぁ確かにその通りじゃのう」と手で顎をさすりながら納得する。だが彼女の言う通り、このまま俺が奴に中途半端なゲテモノスイーツでもお出しすれば奴は正直に俺の店をこき下ろし、客足は遠のくだろう。それこそ俺が望んだ展開だったが……


「そんなことよりなぁ、俺はあの野郎が気に食わねぇ!もし『ふっ、貴様の退職金と貯金を使ってまで開いた店の商品がこの程度か』なんて奴に鼻で笑われたら、俺はムカつき過ぎて、怒り狂って死んじまう」


 俺はあの2枚目のイケメン面から出てくる嘲笑を含んだ笑い声を想像すると、無性に腹が立ってきた。奴には何がなんでも恥を晒してやりたい。いや、やる。


「お主先程はやる気なかったのに何急にやる気を出しておるんじゃ!?」


 突然の俺のやる気にライラは仰天し、眼を見開いて俺を見た。


「ほら、錬金術でなんか作るんだろ?さっさとやろうぜ」


 俺はキッチンの中央にある大きな釜を指差した。大きく黒く重厚感があり、長い間使われてきた事を思わせる傷や色落ちが味を出しているように見える。


 だがライラは「それなんだがな」と渋るように言う。


「お主の言った事を整理すると、奴は味にはうるさいんじゃろう?しかも随分と高級な物を食べてきてると来た。そんな贅沢舌の奴には一体何を食わせてやれば良いものか……」

「……なら、アイツの好物を出してやれば良い」


 俺は若干嫌々ながら呟くように言った。ライラは「んん?」と怪訝な表情で俺を見る。ジョニーの好きな物、それは……


「プディングだ。アイツはプディングが好きだ」

「ふむ、ならばここは大人好みの甘さを上手に包む苦めのカラメルにしておくか」

「いや、奴は甘めのカラメルが好きだ!あんな顔してかなりの甘党なんだよ」


 俺がジョニーの好みの味を教えるとライラは訝しげに俺を見る。眉と目を細めて口をとんがらせるという独特な表情だった。


「…お主、何故奴の好物を知っておるのだ?いくら長い付き合いとはいえ好物はまだしも、好みの味まで知ってるなんて、余程深い仲なのだな」

「う、うるせぇよただの腐れ縁だ。深い仲なんていう気持ち悪い表現はやめてくれ」


 鋭い針で刺すような言葉に俺は内心ドキリと焦り、動揺を見せる。すると俺のその姿を見て新しいネタを見つけたのかライラはニヤニヤしながら


「そ〜かそ〜か、今日はお主のお友達がせっかく来てくれたんじゃ。ならばあま〜いプディングを作ってやるとするかの〜」


 ニヤニヤしながらケラケラ笑うクソガキに俺は額に筋を浮かべるほどイラついたが俺は料理なんて作れない。ポーションも二流三流だ。今はコイツに頼るしかない。


「ああ、作るなら半端な物は作るなよ。完璧だ、完璧なプディングを作れ。もっともお前にそれができればの話だがな」

「お主、大層な口を聞くのう。ワシを誰と心得る。ワシこそはかのサイラルク最後の弟子、ライラで──」

「うるせぇ!とっとと作るぞ錬金女!」

「貴様ァ!言うに事欠いて錬金女じゃと!?錬金術士と言え!馬鹿者!」


 また口論が始まってしまった。お互い喧嘩腰でいるといつまで経っても問題が解決しない気がしたので俺は「悪い、言い過ぎた」と頭を下げた。こう言う状況の時は自分が悪くなくても謝る事で一時的に問題は解決するのだ。一時的にだが。


「いや、ワシも短気過ぎるのも原因の一つだ。水に流そう。さて、それじゃあ作るとするかの。サビター、今からワシが言う物を持ってきてくれ」


 ライラも同じく謝り、彼女はメモ用紙に素材の名前書き記し、以下の材料の名前が書かれた紙を渡した。


 ・怪鳥コケドリスの卵

 ・ガウのミルク

 ・ベラーシュガー

 ・魔法の粉


 ライラは足りない身長を補う為の木製の土台を錬金釜の前に置き、自身の身長以上の長さと大きさのかき混ぜ棒を持ちながら土台を登って胸を張ってこう言った。


「それらとこのッ!ワシッ!が揃えばこの世で最も頭を蕩けさせるプディングを作れるだろう!お主はソレが生まれる瞬間を目撃するのだ、光栄に思うが良い!」

「なぁ最後の魔法の粉ってヤツなんだけど」

「ヨシ!材料は揃ったな!ではワシの言う手順通りに入れてくれ!」

「いや、だから魔法の粉って」

「さぁ!まずは魔法の粉から入れるのだ!ワシの右腕のサビターよ!」


 俺は怪しげな小瓶に入った、怪しげな虹色に光り輝く怪しげな粉の事をライラに二度も聞いたがあの女は俺の言葉を二度も遮って質問を受け付けなかった。


 俺は彼女の言う通り水の入った錬金釜に魔法の粉とやらを入れる。魔法の粉は水に溶け、釜の中の黒い色を映す透明な水色からだんだんと変わり、虹色に変わった。ライラは指パッチンをすると、どんな仕組みか分からんが突然釜の下から火が点いた。


「これは錬金術を始めるにあたって必要不可欠な粉でのう、入れることによってこの釜の中に入れた素材達を別の物に作り変える準備が出来たと言うわけじゃ」

「へぇ、すげぇじゃん。それで?」

「聞きたいか!?ワシの武勇伝が聞きたいか!?」

「聞かねぇよ。さっさと作れ」


 俺が断りを入れるとライラは「聞けよ!」とかき混ぜ棒を俺の頭に叩きつける。意外と腕力はあるのか、直ぐにブンと振り回して俺の後頭部にあたり、俺は頭を抱えた。このクソガキ、と俺は言おうとしたが、こんなネジの外れたメスガキでも腕の立つ錬金術士、俺は渋々従い、言う通りに卵から入れ始めた。


「卵は割らずともいい。ワシがうま〜くやってやる」


 ライラは安心させるように俺に言ってきたが、前みたいに釜の中に液体の入った瓶ごと投げ入れたり、錬金術というのはこうも適当でいい物なのかと俺は疑念を抱き始めてきた。


「素材を釜の中にぶち込み、火力や混ぜ方に気をつけながら愛情を持って錬金術と向き合う、これがワシの師匠から習った錬金術の基本的なやり方なんじゃ」


 ライラはそんな俺の考えに気付いたのか、応えるように言った。小さい身体でゆっくりと腕だけでなく身体全体を使ってかき混ぜ棒を使う姿は側から見れば可愛らしいと言う人間もいるかもしれない。彼女は釜の中を見つめながら微笑み、さながらその表情は天使のような幼いながらも美しさのある顔をしていた。


 だが……


「ヒーッハッハッハッハッ!素材共よ!我が手によって異なる存在へと変化するがいいわ!」

「は?」


 突然魔女みたいな恐ろしい声で叫ぶように笑うライラに俺はギョッとしながら見た。先程までの天使のような慈悲深い微笑みはどこに行った。


「なんじゃお前、ワシの顔に何かついておるのか?」

「残念美人とはこのことか……」

「は?な、なんじゃワシを褒めても何もやらんぞ?」


 どう言う思考回路であれば今の俺の言葉が褒める事に繋がるのかまるで訳がわからんが、ライラは「よし」とひと段落ついた風にため息を吐く。もしや完成したのか、俺は恐る恐る釜の中を見る。ボコボコと泡立ち、何か良くない知らせを伝えてるかのような光景だ。そしてその知らせは現実となり、俺の顎にに何者かがアッパーを喰らわせた。


「ビアッ!?」

「わはははははは!なんじゃビアって!?ネイティブに発音する練習でもしてたんかのぉ〜〜〜〜ぷげら!?」


 俺が床に打ちのめされた所をライラがアホ面こいて笑っていたら奴自身も釜の中から攻撃を喰らい、地面に倒れ伏した。


「あ、あ……忘れていた。大量に複製を作る為、ワシが調合したモノフエールを入れたんじゃった……」

「て、てめぇ……見た目も頭もバカみてぇだな」


 俺はうつらうつらとしながらも釜を見上がる。ポンッと何かが飛び出てきた。俺の頭にソレが乗る。俺はソレを頭から掬い上げ、手に乗せる。プディングだ。プディングが飛んで俺の頭に乗っかった。


「ギャ、ギャフハフハ!頭の上にプ、プディングが乗っておる!次はヘディングでもして釜の中に戻してみたらどうじゃ!?」


 ライラのアホも頭にプディングを乗せてバカ笑いしている滑稽な姿を嘲笑ってやろうと思ったが、思った以上にプディングは増え続け、床に落ちたり天井にくっついたりしている。ジョニーに食わせる分を確保しておかないと。というより先程の愛情を持って云々は一体どこに行ったのか。食べ物で遊ぶなど言語道断だろうが。


「オイ、アホう使い!プディングを捕まえろ!つかなんでこいつらは飛んで跳ねてんだ!?おかげで身体中プディングだらけだ!甘い匂いが鼻から離れねぇ!」

「鼻から離れない……?こんな時にダジャレを言うほど暇があるならプディングを捕まえろ!台無しになる前にストックを確保しておきたい!」


 だから俺がそう言っているのに、と言おうとしたが今はソレどころではなく、キッチンの中は暴走するプディングが溢れ出して阿鼻叫喚と化していた。


「ギャア!目!目にプディングが入った!痛ぇ!」

「水だ水で目を洗うんじゃ!それよりも早くプディングを捕まえろ!少なくともジョニーにやる分だけは絶対に確保するんじゃぞ!」


 俺は立ち上がろうとして床に散らばったプディングに足を掬われて転んだ。まずい。本当に部屋がプディングまみれになっている。しかも釜の中からプディングはとことん止まらないと言った感じでブクブクと溢れ出ている。


「サビター!ここはワシがなんとかする!お主はそのプディングをジョニーの元に届けるんじゃ!」


 俺がどうするか決めあぐねているとライラはいつの間にか一皿だけプディングを綺麗に乗せる事に成功し、スプーンも付いていた。


「お前はどうすんだ!?」

「ふっ……ワシはこの困ったちゃん達をシメておくわい。お主は、早く行け」


 ライラは覚悟を決め俺をキッチンの外へと押し出した。俺はそんなライラを放っておけず、戻ろうとしたが、


「ワシのとっておきのプディングを、奴に食べさせてやってくれ…」


 そう言ってライラはキッチンに繋がる扉を閉めた。俺は皿を持ったまま呆然とした。そんな、アイツはまだガキなんだぞ!?俺を助ける為に犠牲になんかなりやがって……!


「クソッ!あのガキ、カッコつけてんじゃねぇよ……!」


 俺は失意に打ちひしがれながらも、アイツが託したプディングを見る。少し揺らせばブルンブルンと揺れて弾力とハリがありそうな見た目をし、金色ともプラチナ色とも思えるような見た目に黒に近い茶色のカラメルが乗っていた。


「馬鹿野郎……!」

「いや、馬鹿野郎は貴様だろう。何故スイーツ作りで死者が出るのだ」


 キッチンから出ると呆れた目で俺を見るジョニーがいた。


「いや、なんかアイツノリ良いし俺も乗ろうかなって思っただけだ」

「相変わらず貴様はノリと勢いだけで生きているな。良い死に方はしないぞ」


 ジョニーは俺に釘を刺すように言ったが、当の俺は「うるせぇよ」と言ってプディングを奴のテーブルの上まで持って行った。


「ほう、これが貴様の店のプディングか。見た目は良いな」

「さっさと食え。そして帰れ」


 俺はジョニーにそう催促するとジョニーは「やれやれ」とため息を吐きながらプディングにスプーンを入れた。


 思わず跳ね返されそうになる程の弾力にジョニーは「おお」と驚いた表情をしたが、直ぐにプディングの中にスプーンは入り込んだ。


「じゃあ頂くとするかな」

「テメェはいちいち間に言葉を置かないと物が食えないのか?」


 俺はジョニーのキザな態度に辟易しながら見守る。別段俺が作ったわけじゃないが、アイツの作ったスイーツがコイツの贅沢舌に通用するのか見てみたかったからだ。


「…!」


 プディングを口に運んだジョニーは良く咀嚼する。下で味わい鼻で味わっている彼の姿はまるで試験官のようだ。眉をひそめ、頷き、顔が綻んだ。


「お前、俺の好みを覚えていたんだな」


 ジョニーがプディングを一口食べた後初めて出た感想がこれだった。俺は何をどう言えば良いか分からずぶっきらぼうに「まぁな」とだけ言う。


「お前いつも力説してたろ。一仕事した後の甘味はいつだって至高とかなんとかよ。耳の中にまだこべりついてるぜ」

「ハハ!実際にそうだろう?戦闘でもなんでも、体や頭を使った行為の後は糖分が欲しくなる。苦味を味わえるようになってから大人、なんて言う奴もいるが、俺からしたらソイツらは何も分かってない」


 急に饒舌に語り始めるジョニーに俺は若干驚きつつも呆れながら笑った。コイツは時と共に立場も大きく変わったが、根本的には何も変わっていない。子供舌は相変わらずだ。


 食べて満足したのか、ジョニーは懐から何かを取り出そうとしてきた。俺はそれを見守っているとテーブルにゴトンと重い物を置く音がした。ジョニーの手の影から出てきたのは金貨だった。しかも手のひら一杯分の量の金貨がゴロゴロある。


「な、なんだこれ?」

「このプディングの価値だ。それとおかわりとギルドの者達の分も入ってる。今もキッチンの中で作られているんだろう?」


 ジョニーはそう言ってキッチンの方へ顎を向ける。キッチンの中ではライラが釜の中から鉄砲玉みたいにどんどん出てくるプディングを網で捕まえながら悪戦苦闘している様が見えた。


 俺はライラに「おかわりだとよ」と言うとライラは素早い身のこなしでキッチンから出て行き、空の皿を片付けて新しいプディングの乗った皿をテーブルにサッと置くと直ぐにきっちんの中に戻って行った。頭には三つ程プディングを乗っけ、全身がカラメルの茶色とプディングの黄色だらけになり、甘い匂いがぷんぷんしていた。


「自業自得だけど大変そうだなアイツ」


 俺が憐れむように呟くとジョニーはプディングを口に運びながら「おい」と俺に話しかけた。


「サビター、お前のパートナーは優秀だな。あの少女は何者だ?」


 ジョニーは何気なく、なんとなくという風を装って聞いた。コイツ、まだ居座る気か。さっさと食ったらさっさと帰れという俺の言葉をもう忘れてしまったというのか。


「最近拾ったクソガキ錬金術士だよ。しかも凄腕のな」


 俺は簡潔に、そして率直に思った事を言った。凄腕と言ったが絶対に本人の前では多用する事はない。確実に調子乗って突っかかってくるからな。


「ふっ、なるほど。タダで相棒の素性は明かさないというわけか」

「さぁな、俺はバカだからそんな意味深な事はしねーよ。ただまぁ、偉い錬金術師の弟子とは言ってたな。名前はサイ、サイ……」

「まさか、サイラルク?」

「そうだそれ。知ってるのか?」

「……まぁ、名前だけはな」


 ジョニーはハッとした表情で俺に聞いて、何か含みのある表情で一瞬俯いた。ジョニーが知っていたのは意外だった。まぁ奴は頭がいいし、覚えなきゃいけないことも多いのかもしれないが。


 それから奴は残りのプディングに手をつけ、ジョニーは黙々と食べ続けた。そして皿を綺麗に空にした後、ジョニーは笑って「おかわりはあるか」と聞いた。ソレが何を意味するかは俺でも分かった。


「…なんだ?美味かったのか?ならちゃんと言葉にしないと分からんなぁ?」

「言わずとも伝わるだろう。さぁ、おかわりは?それと土産用に幾つか見繕ってくれるか?」


 口元を少しキュッと噛み締める所を見逃さなかった俺は達成感で満たされていた。素直じゃないジョニーの静かに悔しがる様は俺にしばしの愉悦をもたらした。


「美味かったんだろ?美味かったんだよな?さっきお前なんて言ってたかなぁ〜?」

「…しつこいぞ」

「ゲヒャヒャ!お前のその顔が見たかったぜ!これで今日一日は笑いながら過ごせるなぁ!」


 俺はジョニーを苛立たせる為に頬をツンツンツンツン突っついて煽りに煽った。だが奴は真顔に徹し、苛立ちを完全に隠してしまった。ここまでされてはもう俺が奴の怒りを引き出す事はできない。ジョニーは一度物事を決めると頑として貫くのだ。


 俺は「あー面白かった」と満足げにつぶやいて完食済みの食器を下げてキッチンへと戻って行った。キッチンの中は先程とは違い静かになっていて、中にはプディングは跡形もなく綺麗な見た目に戻っていた。


「サ、サビター……」


 キッチンの端に燃え尽きたように俯いて座っているプディングまみれのライラがいた。


「おっ、片付いてんじゃねぇか。どうやったんだ?」

「ワシの…発明品を使って集めた後、冷蔵庫に封印したわい……」

「あっそ。ご苦労さん。野郎がおかわりとテイクアウトをご所望だ」


 俺がそう言うとライラはうんざりするように項垂れる。


「わ、ワシがせっかく片付けたというのに……」


 ライラは「またアレを見るのか」とうんざりしながら冷蔵庫を開けた。確かニーニルハインツギルドの連中は100人程だったはず。あまり数は多くないが一人一人が一騎当千の戦力を持っているためウィルヒル王国の軍隊とも同等の戦力を保有している。まぁ俺から言わせれば烏合の衆、愚連隊もイートコだが。


 俺は未だ店のロゴも決めていない白い紙箱の中に黙々とプディングを詰めていく。ジョニーだけでなく団員全員がライラの作ったプディングを食ったら反感は消える事だろう。ただ一つ問題がある。もしかしたらうちの店に直接来るかもしれないって事だ。客が来てしまう。それは嫌だ。


 無心で箱に詰めていくうちに人数分のプディングを詰め終わった俺はジョニーの元に向かった。奴はよく味わって食べていたのか今ハンカチで口元を拭いていた。殊勝なことだ。まさかあの天下のジョニー・ニーニルハインツ様がプディングをチビチビ食べているとはな。


「ほら、全部入れてきたぞ。どうやって百人分も持ち帰るんだ?」

「俺が全部抱えて持って帰るさ」

「お前バカか?百人分も持って帰れるわけねぇだろが」

「バランス感覚を研ぎ澄ませていれば大丈夫だ、お前も出来るだろう?」


 できねぇよボケ!この面白人間が!と俺は心の中で叫びつつ「そうか」と平静を装って言った。

 

「それじゃあ、俺はプディングを堪能したし、皆にもおすそ分けしてやろう。美味であったぞ、錬金術士の少女よ」


 ジョニーはライラにビシッと人差し指を差した。するとライラはどっと疲れていた表情からゆっくりと少しずつ成果を取り戻し、顔を赤らめて鼻を膨らませて背伸びしながら両手を腰に当て、


「ふぅわっはっはっはっ!それは当然じゃ!なんせワシは──」

「伝説の錬金術師の弟子だからな」

「ワシのセリフを取るな!」

「お前はいちいち喋る言葉がワンパターンなんだよ。セリフとられたくなきゃレパートリーを増やすんだなマヌケが」

「全く、出会った時期は浅いのに仲がいいな。思わずこちらが妬ましくなるくらいだ」


 ジョニーが気味の悪い冗談を言い、俺は下を出して「オエッ」と言ったが、奴は顔色を変えないし、ライラと言えば、


「おおそうじゃ、ワシとサビターは一心同体だからの。一時はワシに欲情してきたくらいじゃからのぉ」


 くねくねと身体を揺らしながらわけのわからない事を言う。


「あ?俺が?お前に?何一つ面白くない事を除けば最高のジョークだ。ガキが寝言言ってんじゃねぇよ。子供パンツちゃんは良い子にしてママのミルクでも吸いながら寝てろ」


 俺がそう言うとライラは俺の元は飛びかかり爪で引っ掻いてきた。子供パンツちゃんという言葉が余程癪だったのか、殺意が凄まじい。真顔で襲いかかってきている。怒りが肉体を凌駕したのか、と俺は言った事を後悔した。


「それじゃあ、俺はそろそろ帰るとしよう。店の事は心配するな。俺がしっかり宣伝してやる」


 俺は「そりゃどーも」と返事を返す。まだ俺を襲っているライラを無理矢理剥がすとジョニーは一瞬ニヤリと笑いながら


「在庫はしっかり貯蔵しておけよ?沢山お客様が来ても俺は知らないからな」


 と言った。たかが1人の伝聞で客が殺到するのは今考え直してみるとありえない。ジョニーの自尊心もここまで大きいと問題だな、と俺は内心嘲笑う。


「じゃあなキザなナルシスト野郎。二度と来るなよ!」


 俺は舌を出しながら白目を剥いて屈伸しながら言った。


「お主、一応奴は金を出した客だぞ。その態度はどうなんだ……」


 ライラは呆れてジトリと俺を睨んだがそんな事俺は気にしない。開店してないのに勝手に来てふんぞり帰って商品を要求するクレーマー気質のクソ野郎にしてやるおもてなしなど、俺の脳内には存在してはいないのだ。


「フン、明日が来ても後悔するなよ。俺に美味いプディングを出した貴様が悪い!」


 ジョニーは意味の分からない事を言い、店から出て行った。大量のプディングが入った箱を両肩に載せながら帰っていく姿を見て、アイツもアイツで何処かネジが飛んでいると心の底から思った。しかし何故俺が後悔する?これで奴は居なくなり、今日一日は穏やかに過ごせる。


「なぁにを呆けておる?これから開店する為にプディング以外にもお菓子を作ってストックを貯めておくのじゃ!さぁ、はよう働け!」


 ライラは箒で俺の頭をボコスカ叩き、働くよう催促した。そう言えば明日から営業を始めるのだった。プディング以外にもライラが考えた独創的スイーツが並ぶ。


 果たしてどれだけの人間が大して広告も宣伝もしていない店に来るのかは分からんが、まぁこれが本業じゃない。適当に気ままに、なんとなくでやれば良いさ、と俺はなんの気無しに惰性に明日も過ごす────












 つもりだったのに、俺は当日になって、ジョニーの言葉の意味を理解してしまったのだ。そして奴の取り巻きの恐ろしさを、俺は身をもって知ることになった。

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