第7話 絶体絶命、奴が来た


 俺達の城であり出発点となる店を手に入れて3日が経った。

 仮にもここは菓子屋という事なので俺達は開店の準備をすべく椅子やテーブルの位置配置やら飾り付けやらその他諸々をやっていた。


「思ってたよりもめんどくせぇな……」

「バカモン、こんな事で根を上げてどうする。まだ開店すらしてないのだぞ」

「だって俺達、本当は麻薬精製が本業なんだぜ?なのに今は何をしてる?くだらねぇスイーツを作るための仕込みなんてしてやがる」


 そう、俺は今店の内装を整えてる他に表の商売で必要不可欠なスイーツの仕込みをしていたのだった。俺はライラからあれこれ指示を受けて錬金術で作るスイーツに使う為の材料を用意している最中だった。簡単な物だけ任されているからまだ良いものの、面倒臭い事この上なかった。


 ちなみに今はプディングと呼ばれる黄色くて上に茶色いソースがかかったスイーツの材料を用意している。だが途中で疲れたため今は客用の椅子に座ってだらけていた。


「愚か者め。スイーツ作りは錬金術と同じ芸術じゃ!作り手の腕次第でゴミにも国宝にもなるのだぞ!?それにせっかく作るなら最高のものを出してお客様に笑顔になってもらいたいじゃろ?」

「俺はヤク中の財布から金を頂いて笑顔になりてェんだけどな」


 俺が面倒臭がっていると物凄い剣幕でライラは俺に叱りつけた。何故お前はそこまでスイーツ作りにこだわっているのだ。

 今お前が本当に作るべきなのは甘ったるい食い物じゃなくてポーションだろうが。


「すいませーん」


 俺とライラが話している間に店の中に誰かが入ってきた。男女のカップルだった。20代前半で若さ溢れる肌艶の男と女が俺達の店に入ってきた。


「新しく出来たスイーツ屋さんってここですよね?」

「何の用だ。ここにはガキに売るモンなんかねぇぞ」

「ここスイーツ屋さんですよね!?」


 俺はテーブルに足を乗っけながらこちらを怪訝な目で見てくる若い青年を睨み飛ばした。


「すまんの、まだ開店前なんじゃ。しばらく経ったら出直してきてくれ」


 ライラが俺の足を箒で叩き、俺は足をテーブルから降ろす。


「は、はぁ。そうですか……」


 男は困惑し、女は男の腕を掴みながら俺を怖いものを見る目で見るかのように店から去っていった。


「何見てんだァー!見せモンじゃねぇぞクソがァー!」

「やめんか!未来の客がまた逃げるじゃろうが!」


 俺がテーブルに置いてあった酒を煽りながら怒号を上げると、ライラは箒で俺の頭を叩いた。


「ったく、これで5人目だ。なんで告知も宣伝もしてないのにバカみたいに来るんだよ」


 俺はため息をつきながら言う。そう、これで5回目だ。客が来るのも俺が罵声を浴びせて帰らせるのも。


「それで、ポーションはいつ作る?そもそも製品名も決めてねぇ。それにデザインもな」

「いやそれがの、ワシがお主に渡したあの試供品で最後だったのじゃ。大量生産するには材料が足りぬ。売り捌きたいならまず外に出て材料採取に赴かねばならん」


 現段階ではまだ無理ってことか。ならせめて名前だけでも考えないといけない。どんな名前にしようものか。


「ハーレム…は既に別の奴等が使ってるし、シュガー、安直過ぎ。極楽ポーション、アホ過ぎ。エクスタシー、なんかよくある名前だな……」


 俺が腕を組みながらうんうん唸っていると、カランコロンと来店の合図であるベルの音が鳴る。またもや何も知らない一般人が俺様に迷惑を掛けに来たのか。今度という今度は我慢ならん。喝を入れてやる。


「いい加減にしろよコラ。まだ店はやってねぇつってんだろ!次来たらカラメルをテメェの顔にぶっかけるぞ!」

「それが店員の態度か」


 俺の声に臆する事なく芯の通った声で反論する男がいた。俺は声を低くして威嚇するように「ああ?」と言う。後ろを振り向いてみると、見知った男が居た。金色の長髪と重厚な白い鎧と美しい彫刻が入った剣を携えているのが特徴的なあの男、ジョニー・ニーニルハインツだった。


「ギャア!?」


 俺は予想外の人物に悲鳴を上げた。コイツはおそらく不死身であるこの俺を唯一殺せる人間だ。奴に本気で襲われれば確実に細切れにされる程の実力を持っている。何故、何故来たのだこの男は。俺はバイブみたいに震える足を自制心でなんとか抑えながら虚勢を張ってジョニーを睨む。


「何で来た、とでも言いたげな顔だな」


 ジョニーは顎を右手でさすりながら「フン」と鼻につくような態度で鼻で笑う。なんだ、まさか俺の新たなビジネスをどこかで嗅ぎつけたのか!?だとしたら俺の新たなドラッグキング伝説が始まる前に終わってしまう。俺は厨房の奥をチラリと見る。ライラがこちらを厨房の陰から隠れながらこっそり見ていた。


「……」


 ライラは恐ろしげな物を見る表情で俺達2人を観察していた。


 おい!さっさと助けろ!と目で訴えたがアイツは荷物を片付けて逃げようとしていた。ダメだ、あの女はもう使い物にならない。何か、何か良い言い訳はないのか……!


「聞いたぞ、お前の次の目的を」


 ジョニーが口を開く。クソ、やっぱりだ!もうバレてる。どうやって、どうしてバレた。アイツか、影のドルソイか!?アイツがまだ俺を密偵でもしていたというのか…!?


「い、いや違うんだ、えっとこれはだね……」


 俺は必死に言い繕うとするが言葉が出て来ず余計に怪しい挙動不審な動きをしてしまう。クソ、万事休すか…!


「なに、言わずとも良い。お前がギルドを引退した後の人生計画の事は既に分かっている。スイーツ屋さんとしてやっていくのだろう?」

「は?」

「ん?」


 俺はジョニーの言葉を聞き返し、ジョニーはさらにそれを聞き返す。何か俺達の間には誤解があるようだ。


「なんだ、俺が渡した退職金と貴様の貯金をはたいてスイーツ屋さんを開いているんじゃないのか?」


 ジョニーは疑問符を頭に浮かべながら首を傾げて言う。俺もそれに釣られて首を傾げる。金髪のイケメン野郎から『スイーツ屋さん』という言葉が出てくるのに笑いが出そうになったが何とか耐える。どうやら奴は俺の真の狙いに気づいていないらしい。この手を流す訳にはいかない。存分に乗ってやろう。


「ああそうなんだよ。実は俺、本当はスイーツショップを開いてお客さんに笑顔になってもらうためにお金を貯めてたんだよ!」

「おい!それはワシの言った言葉じゃろうが!何をパクっておる!」


 とっくに逃げたと思っていたライラが俺の頭を放棄で叩きながら言った。


「なんだよテメェ!見た途端逃げ出しやがって腰抜け女が!相棒契約は解消だな!」

「ち、ちがわい!奥から観察していただけじゃ怖かったから避けていたわけではない!」

「お前今自分で答え言ったぞ」

「フ、フフハ」


 俺とライラが言い争っていると変な笑い声でジョニーは笑った。コイツは普段は笑わないから分からないが笑い方にクセがある。俺は奴にそれを指摘したが、その日を境にジョニーはあまり笑わなくなった。どうしても面白いと思った時にしか奴は笑わない。それ故に俺は理由がわからず面食らった。


「な、なんだよ何かおかしいかよ?」

「いや何、貴様にも俺以外に友人が出来たのだと思ってな」


 何を言うかと思えば、ジョニーは俺とライラを友達だと勘違いしていた。今の口撃している様子を見て仲が良いと思うのは早計だと思うが。


「違う。コイツとはただのビジネスパートナーだ。断じて友達なんかじゃない」

「なんじゃ、わしとお主は親友ではなかったのか……?」

「話がややこしくなるからやめろ」

「仲睦まじい会話を妨げて申し訳ないが、ここは今営業はしていないのか?」


 俺とライラが言い合っているとジョニーが会話に割って入る。そうだった、コイツは本当に俺の店を視察しに来ただけなのか。


「悪いがまだ準備中なんだよ」


 今日の所は退散してもらおう。そして二度と来るな。お前といるといつ寝首を搔かれるかおちおちサボる事ができない。さっさとケツまいて帰んな、と俺は願っていた。がしかし、


「そうか、なら俺が直々に味見役を仰せ使おう。何かオススメはあるか?」

「はん?」


 コイツ、人の話を聞いていないのか。俺はさっさと出てけっつったんだが。コイツのオツムが弱いはずがない。俺は一体何を試されているんだ。


「い、いやだからまだ準備が……」


 早く出て行ってもらいたいのに依然としてここに留まろうとするジョニー。俺はまだ準備が出来ていないと言っているのに奴は俺の口元に人差し指を当てて「シー」と言った。俺は野郎の人差し指に唇を奪われて嫌気が差す。


「なんだ?遠慮するな。俺はこれでも甘党でな、お菓子は好きなんだ。お前の出す品が俺の口に合えば宣伝をしてやっても良い」


 ジョニーは「フフ」と笑いながら言った。『余計なお世話だこのクソボケ!』と言いたかったがこのままコイツを無下に追い出し、それが奴のギルドの連中の耳に入ったら何をされるか分からん。アイツらは血の気が多い戦闘集団だからな、どんな報復が返ってくるか、考えるだけでも恐ろしい。


「それとも、何か出せない理由でもお有りかな?」


 ジョニーはチラリと俺とライラを見た。まるで挑発するかのような嘲笑を含ませたような視線だった。その視線にあてられたライラは何故かジョニーの真前にまで近づき、こう言った。


「言ったな貴様。この天才錬金術士に挑戦状を叩きつけるとは良い度胸だ。ならワシが貴様のその仏頂面を崩す究極のスイーツを作ってやろうぞ!」


 とライラは宣戦布告するかのように盛大にジョニーの胸に人差し指を突きながら言った。


「えっ、いやあのそんなことしないよ?お帰り頂こうぜ?」

「黙れ、サビター。ワシは決めたぞ……この男の顔が綻ぶ程のスイーツを作り、ワシの腕前を認めさせてやるとな!」

「いやだから帰ってもらおうよ」


 俺は2回も同じ事を言ったが、全く聞き入れてもらえなかった。


「フフフ、さぁ錬金術士の少女よ!この俺に貴様の錬金術とは何たるかを思い知らせてみせろ!」

「テメェ!煽ってんじゃねぇ!」


 ジョニーはどう言うわけかライラを煽り、高笑いした。


「のォぞむところじゃ!その高い高い鼻っ柱を持つ貴様に目に物を見せてやる!」


 ライラは楽しそうに「フッハッハッハッ!」と高笑いしながら声高高に言う。それにしてもこの2人、ノリノリである。


「さぁサビター!厨房に来い!奴に究極のスイーツを味合わせるぞ!」

「は?俺は錬金術なんて出来ないぞ!?」

「少なくとも助手は務まるじゃろう。さぁ早よ来い!」


 俺は無理やり手を握られ、キッチンの中へと引っ張られて行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る