第4話 始まりの出会いはセクハラから②

「もう一度言うぞ。ワシとお前で麻薬王を目指さぬか?」

「パードゥン?」


 俺は思わず聞き返してしまった。なんで?どういうこと?なんでちっこい少女から麻薬王になろうという話が出てくるの?


「これはワシが試供品用に作った物じゃ。ワシの腕を認めてもらう為に持ってきた。今は誰にも売ってない。なにせ伝手がないからの」


 少女なのに老人言葉を話す珍妙な存在に俺はペースを乱される。そもそもさっきもポーションを飲んで若干ラリってしまい、目覚めは良かった。俺の作ったポーションは正直粗悪品で使用者に良くない影響を及ぼす。中毒や酩酊感、幻覚など。


 だが彼女のポーションは違う。飲んだ者の傷や精神を癒し、さらに快楽まで与えてくれる。


 今流行っているハーレムより格段に高品質なヤクだ。この商談を蹴れば何億何十億もの金がドブ川行き直行だ。それは実に惜しい。


「確かに良い話だ。だが……」


 俺は快諾する寸前のところまで行ったが踏み留まった。俺は彼女について何も知らない。目的も、俺に近づいた理由も、名前すら知らない。


「なぁ、お前名前は?これから商売の話をするってのに相手の事を何も知らないのはマズイだろ」


 俺がそう言うと少女は「確かに」と頷き、名乗りを挙げた。


「それもそうだな、名乗っておこう。ワシの名はライラ。錬金術士じゃ」

「錬金術士……」


 俺が彼女の職業についてボソリと呟くと、ライラは背筋を伸ばして鼻も伸ばした。何が自慢か分からんが自分の仕事を誇りに思っているようだ。だが、


「錬金術士、てのはアレだろ?釜ン中に適当に物突っ込んでグルグル混ぜる陰気臭い奴が好き好んでやる職業だろ?」

「…あっ?」

「おっ?」


 俺は何故かライラの意表を突いてしまった。自分の職業を知らなかったのが堪えたのか、眉をピクピク動かして鼻息を荒くしている。もうすぐ爆発する寸前まで行こうとしていた。


「違うのかよ」

「…錬金術士というのは、既にある物を別の存在に昇華させる者達の事を言う。鍛錬を積めば石ころを金に変えたり、人知を超えた物も作ることが出来る」

「魔法使いみたいだな」


 と俺が言うとライラはテーブルから身を乗り出し、俺の胸倉を掴み掛かった。


「奴らと一緒にするな!アイツ等は道楽で手品や変な薬を作ってる阿呆共に過ぎぬ。よく錬金術と魔法を一緒くたにする奴がいるが全く違うわい!」

「あーわりわり悪かったって。だから離してくれ……オラ!離せっつってんだろ!?」


 あまりにもしつこく俺に絡んできたため、少々乱雑に手を掴んでテーブルにつかせた。


「ふぅ…ふぅ…まぁ馬鹿でも分かりやすく言えば、錬金術を使うとすっごい物が作れるってことじゃ」

「お前馬鹿にしてんだろ」

「してるが?」


 俺はムカついたのでライラを掴み上げ胸をくすぐった。


「や、やめて!胸、胸は弱いからァ!」


 俺の恐ろしさを思い知らせた後、後ろで店主が用心棒(名前のまんま)をバーの棚の下から掴んだのをチラリと見て、俺はくすぐる手を止めた。


「じゃあ次に質問だけど、なんで俺に近づいた?この国は治安が格段に悪いってわけじゃねぇが、俺の他にも売人はたくさんいるぜ?」

「…ふふ、ワシはお前に興味があるからお前を選んだのじゃ!」

「俺はお前みたいな未成熟なのは興味ねぇよ。10年経ってから出直して来いよ」

「そう言うことじゃないわい!それと秘密じゃ!ワシともっと親しくなってから教えてやる!」


 ライラは断じて違うとばかりに否定した。こんなクソガキに『お前は対象外だよ』と言われても何も心に響かないので適当に返事をした。もうこの際理由はどうでもいい。今は言う気も無さそうなのは見て取れた。


「まぁ、お前の作るポーションは凄い、世に出すべきだ。これを国中のジャンキー共に売れば億万長者も夢じゃねぇし、この国を俺がぶっ潰して裏から支配することも出来る。だが俺は今俺が元いたギルドの連中に目ェ付けられてる。下手に動いちゃ企みがバレて俺の首が飛んじまう。どうしたもんか……」


 俺は腕を組んで俯いて悩む。ジョニーから退団の代わりにお咎めなしと言われたが、おそらく監視は付いている筈だ。


 それこそ、ドルソイか奴の部下が俺を見てるかもしれない。俺の売買ルートもバレていた。証拠写真の中にそれが写っていたからな。


「カモフラージュで店を経営してはどうだ?更生し、世の中に贖罪と恩返しを称し、カタギだと思わせて裏で麻薬売買をするのじゃ。しかし、ワシは錬金術の研究に資金を注ぎ込み過ぎてて店を立ち上げる金は持っておらんからのう……」


 ライラは「うぅん」と顎を右手で摩り困った表情をして言う。俺は何度も考えていた。この女の提案を受け入れるべきだと。俺はニーニルハインツ・ファミリーの肩書きを失い、信用も失った(元々あってないような物だが)。

 そんな俺ができることと言えばこの国で惨めな思いをしながら安い賃金で重労働か、この国を出て当てのない旅でもするかだが、どっちもゴメンだ。一度金を稼いで散財する味を知っちまうと簡単に生活は変えられない。


 を使うべきか……と、俺は悩んだ末に覚悟を決めた。そう、もはやアレに手をつけるしかない。


「…いや、金はある」

「えっ?じゃがその退職金だけでは……」

「違う。これはほんの一部だ。ついて来い」


 俺は椅子から立ち上がり、店を出るべく、店主に飲み代を支払い、店を後にする。


「釣りは取っとけ」

「足りねンだわクソボケ」

「えっ、マジかよ」

「カッコ悪」


 店主はキレてライラは呆れ、俺は慌てて懐から残りの代金の銅貨数枚を取り出し、テーブルに置いて俺達は出て行った。




 もう空は既に暗かった。俺達が居た酒場は街の中心部から離れた場所にいたからか、空に星が数えきれないほど輝いていた。

 俺は空に映る星々を惰性で見つめながら、家路を辿っていた。


「なんじゃなんじゃ?ワシを人気のない暗がりのある場所に連れてってどうするつもりじゃ?」

「逆に何されると思ってんの?」

「いや、それは……」


 静寂に耐えかねて最初に声を出したのはライラだった。コイツは何かと俺をからかおうと誘うような素振りをしている。


「悪いんだが、俺はお前みたいな幼児体型には興味はないんだ。どうしても俺を誑かしたいのならお得意の錬金術で誘惑できるアイテムでも作ってみたらどうだ?」

「あぁ、そうか。そうすれば良いのか!」

「えっ?いや冗談だからやめてくれよ」


 冗談にならない冗談を吐かれた俺は慌てて訂正する。

 そんなやりとりをしているうちに俺の家に着いた。


 俺の家は国中の皆が名前を知ってるレベルのギルドの、しかも最高幹部だった男にしては質素で古臭い木造建築の一戸建てだった。

 俺は家に金を使わず、風俗やギャンブルに金を使っていたので家具はほとんどなくベッドと机と椅子だった。


「お主はミニマリストじゃったのか?」

「あんなアホ共と一緒にするな。俺は家具に興味がなかっただけだ」


 俺はそう言いながらベッドを動かす。引きずって動かしていたせいかギギギと不快な音が部屋の中で響いた。

 動かし終わると、床下に扉があった。ハッチとも言うが、このハッチの下には暗くて見えづらかったが、ある物があった。

 俺はその扉を開け、中にあった大きい木箱を取り出した。人が一人入りそうなくらい横にも縦にも大きい箱だった。持ち上げるだけでも苦労した。


「それは?」

「俺の切り札」


 そう言って俺は木箱を床にドスンと音を出して置き、ライラに見えるようにした。

木箱は宝箱のような見た目をしていて、見た目はボロくて古いが重厚な見た目をしていた。そしてその箱はあと二つあり、俺は一箱ずつ箱の鍵穴に懐から出した鍵を鍵穴に入れ、右に回す。


 するとガチャリと音が鳴り、箱が開いた。


「お、おお!何じゃこれはァ!?大金じゃないか!」


 ライラはわざとらしい大袈裟な声を出して驚いた。それもそのはず、箱の中身は隅から隅までギチギチに詰め込まれていたのは全て金貨。この国の通貨の通称はグラッドという。俺はこの箱に金を入れるたびに数えていたから今の時点での貯金額は、


「一億グラッド入ってる。今までの裏家業で得た俺の全てだ。これを使う」

「い、一億ゥ?これさえあれば店を立ち上げずとも楽に人生を過ごせるではないか!何故これをワシに見せた?本当に使っても良いのか?」


 俺はライラの言葉を聞いて深いため息を漏らす。やはり普通の人間からしたら一億は大金なのだろう。だが……


「一億って言えば聞こえはいいけどな、俺は消費家で金遣いが非常に荒い。一億あっても一年二年で使っちまう。だからお前と俺で荒稼ぎして、億万長者になってこの国を麻薬塗れの犯罪と暴力と薬物の温床にしてやる」

「完全に悪人のセリフじゃの」

「俺は元々こうなんだよ。むしろ今までなんであのギルドに居たのか不思議なくらいだ」


 俺はクククと笑いを含んで言う。奴ら、この国から敵を追い払ったのは俺なのに侮蔑と嘲笑を俺に向け、さらには俺を切り捨てやがった。この借りは必ず返してもらう。


「一億あれば店の内装に金をかけられるのう。お洒落な椅子やテーブル、照明、その他の小道具なんかも一気に揃えられそうじゃ!」

「店とは言ったが、なんの店を隠れ蓑にしてやるつもりだ?」

「ふん、そうじゃのう……ケーキ屋さんなどはどうじゃ?」

「ケーキ屋さんって……俺は甘い食い物なんて作れないぞ」

「大丈夫じゃ。作るのはワシ。お前さんは給仕と会計と掃除と在庫発注その他諸々をでもしてれば良い」

「俺だけやること多いじゃねぇか!ふざけんな!」


 俺が理不尽に押し付けられた役割にキレると、ライラは「ハァ〜」とクソガキ特有の雰囲気を合わせ持った腹が立つような仕草でため息を吐く。


「のう、お主、錬金術は才能を持ち、勉学と鍛錬を積んだ選ばれし者しか出来ん職業じゃ!お前みたいな堕落した人間には到底出来ない行為をワシが無償でやってやるのじゃぞ!もっと敬意を払わんか!」

「なんだとテメェ、安易なキャラ付けで変な喋り方してるくせによ!ああ、思い出したぜ!確か錬金術士ってぇのは釜に物をぶち込んでただグルグル回してるだけじゃねぇか。そんなん俺でも出来るわギャハハ!」

「…あ?」


 俺の言葉にライラは眉を中央に寄せて八の字になり、鼻や歯茎を大きく見せ、鼻息を荒くして、


「貴様ァ!錬金術を愚弄するとは!いくら貴様でも許さんぞォォォ!」

「お前と会ってまだ1時間も経ってねぇだろが!何言ってんだ!」

「錬金術は素晴らしい技術だ!何も知らんくせに勝手な事を抜かすでない!」

「それじゃあお前の錬金術見せてみろよ!お前が作ってる所を見て俺が納得したらお前の言うこと聞いてやるよ!」


 俺の安い挑発にライラは「やってやろうじゃねぇか!」と言わんばかりの表情で俺を狂犬の如く睨みつけ、


「ああ上等じゃ!そのアホ面に吠え面かかしてくれるわ!ついて来い!ワシの家でお主に錬金術の何たるかを見せてやる!」


 俺とライラはもう真夜中なのにも関わらず大声で怒鳴り合い、俺の家から出て彼女の家に着くまで地団駄を踏みながら喧嘩して彼女に家まで行った。

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