第5話 俺はロリコンじゃない


 ライラの家はほんのりと明るい灯りを灯し、怪しい液体、気体を瓶に詰めた物と分厚い謎の本で詰め込まれた本棚ばかりに囲われた陰気臭い部屋だった。


 部屋の中央には巨大な釜があり、そして料理に使う木ベラをそのまま巨大化させたような棒が立て掛けてあった。さらに使用済みの服や洗濯物などが散乱している。


 水玉模様や縞々、犬猫の動物柄のパンツが放ってある。汚い。美女の下着なら興奮するのにこんなちっこいしょんべん臭いガキの下着が散乱していても全く、なんの感慨も無かった。


「きったない部屋だな。掃除くらいしろよ」

「余計なお世話じゃ」

「せめてパンツくらい隠せ。はしたねぇぞ」

「あっ!いやこれは……み、見るな!」


 ライラは今更恥ずかしがり、下着をその辺に投げ捨てた。それで解決したと思ってるのか、と俺は疑問に感じる。


 俺は部屋にあったソファーに腰掛けた。ライラは「そこはワシの特等席じゃ!」とかなんとか言っていたが俺は無視して身体を横にした。


「オラ、早くお前の錬金術見せてみろよ。お前が何作るのか知らねぇがな」

「ぐぬぬ……!」


 ライラは悔しそうに睨むと黙ったまま準備をする。俺はそれを眺めた。釜の下にあるコンロを手動で点火し、釜を温め始める。段々とグツグツと音がし、湯気が昇り始める。


 俺はソファーから立ち上がり釜の中を覗いてみた。釜の中は綺麗な紫色の海にカラフルな星を散りばめたような正体不明の液体で満たされていた。


「えっ、これ中身なんなの?」

「すごいえきたいじゃ」

「今俺のこと馬鹿にした?」

「さ、見ておれ。今からお前に教えてやろう。ワシの錬金術を!」

「今俺のこと馬鹿にしたよな?」


 俺の質問には答えず押し通すかのように言葉を遮ったライラはテーブルに置いてあった草かなんかを鍋……じゃない釜に入れ、そして次に青い色の瓶に入った液体を瓶ごと入れて、


 え?瓶を丸ごと?


「オイオイオイオイ良いのかよ瓶丸ごと放り込んで」

「良いんじゃ良いんじゃ。これが正しいやり方なんじゃよ」


 ライラは慣れた手つきで釜の中を棒で混ぜながら材料を次々と投入していった。


 草、液体の入った瓶、果実、謎の白い粉、さらに形容し難い謎の物を入れては混ぜ、入れては混ぜを繰り返した。


 だが彼女は大口を切っただけはあるのか、非常に慣れた動作で、先程のふざけた態度とは正反対の真面目で熱の籠った瞳が見え、俺は少し感心した。


 そしてしばらく釜を混ぜた後、遂に「かんせーいじゃ!」と謎の伸ばし方で声を発したライラは釜の中から手を突っ込んである物を取り出した。


「ほれ!ワシの完成品をとくと見よ!」


 と言って俺に渡したのはさっき俺が彼女から貰ったポーションだった。だが、先程とは違い、瓶の中の色は桃色だった。


「ほれ、飲んでみろ、ほれ!」


 ライラは妙に俺を囃し立てる。めちゃくちゃ怪しい。まぁいい。もし罠にハメたら俺がコイツをハメてやるだけだ。


「わかったわかりましたよ」


 俺はライラからポーション?を受け取り、瓶の蓋を開けて口につけた。口内に含み、味わう。


 先ほど飲んだポーションとは違う味わいがある。一度飲んだ時と同じ浮遊感と多幸感が俺の身体の中で駆け巡るのを感じた。だが、何か先程と違う。何か、身体の中で熱い何かが弾けそうだった。


「…なんだこれ。さっきと違う感じがするんだが」

「ワシはさっきのお前との会話を通して新しいレシピを思いついたのじゃ。さっきと同じ快感があるが、もう一つ追加し、とある効能を付与した」


 俺は酒を初めて飲んだ時のような火照りと酩酊感に支配されそうになる。なんだこれは、何かが変だ。ライラが、とても魅力的な女に見える。顔は子供特有のあどけなさがあるし、胸も無いし身長も低く、ケツもデカくない。


 だがなんだ?なんなんだこの胸の高鳴りは。俺はロリコンじゃないのにあのクソガキに女として意識してしまう。


「あー、暑いのー。脱いじゃおっかのー」

「ッ!?」


 今季節は春でしかも今は夜だ。涼しいな決まっているのにライラはわざと古びたローブを脱ぎ、肌を露わにした。二の腕まで見えるシャツを着、胸から臍まで縦にフリルがついており、胸には青色のリボンを付けていた。


 さらにスカートを履き、青色の極短のスカートを履いていた。角度や動きによってはスカートの下が見えてしまうのではと懸念しそうになるほど短いスカートだった。


「ほれほれどうした〜?ワシみたいなションベン臭いガキは嫌いなんじゃなかったのか〜?」

「グッ……!このクソガキが……!俺に毒なんか盛りやがって……!」

「大事なパートナーになる男に毒なぞ盛るか!気持ち良くさせる為に作ったのじゃぞ!」


 ライラは慌てて訂正したが俺はそんな事を気にするほど余裕がなかった。俺は誓ってロリコンじゃないのに、コイツの細く小さな身体と子犬みたいな顔を見ると気が変になりそうだった。


「俺はロリコンじゃない!俺はロリコンじゃない!俺はロリコンじゃない!ウンヌアアアアアアアアアアア!!」


 俺は気合いで自分を律し、戒める。目を瞑り、見ないようにした。だが、


「なんじゃ……?どうした……?具合でも悪いのか……?ワシが看病してやろうか……?」


 ライラ、あのガキはわざわざ俺の耳元に近づき、囁いた。


 これは罠だ、絶対に罠だ。俺を挑発して煽っていやがる。脳味噌と下腹部が同時にイライラする。


「お主…大人の癖にワシみたいな幼児体型に欲情しておるのか……?情けないのう……♡」

「グゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!」


 俺は立ち上がり、ライラの方を見た。ライラは突然立ち上がり自分の方を見た俺に一瞬ビクッと全身を震わせたが、強ばらせながらも表情は余裕の笑みを保とうとした。


「お、おお?なんじゃ?襲うのか?このワシを?胸と尻がデカい女しか興味ないと言ってたのに遂に襲うのか?このワシを!?」


 ライラはじんわりと冷や汗が頬に伝い落ち、ビビりながら俺を見る。俺は家の壁に頭を打ち付けた。


「お、おわあ!?お主何をしとるんじゃ!?」

「俺はロリコンじゃない俺はロリコンじゃない俺はロリコンしゃない俺はロリコンじゃない俺はロリコンじゃない俺はロリコンしゃない俺はロリコンじゃない俺はロリコンじゃない俺はロリコンしゃない」


 俺は一心不乱にその言葉を念仏のように唱え続け、頭を打ち続けた。段々と額が割れて血が噴き出す。


「や、やめろォ!怖い怖い怖い!わ、悪かった!ワシが悪かった!今中和剤を作るからもうやめてくれ!」


 俺が頭を打ち続けてるとライラは急いで釜の中に素材を入れてかき混ぜていた。俺はそんなライラに構わず頭を打ち続け、いつの間にか床に血溜まりが出来ていた。このままいけば頭蓋が割れて脳味噌が挨拶をする頃だろうとなんとなく感じていると、


「ほ、ほらこれを飲んで!治るから!」


 いつもの変な口癖と語尾とは違う普通の言葉を話し始めたライラは俺に無理矢理ビーカーに入っていた液体を飲ませた。色は見ていない。何かを飲まされた、とだけ感じた。


「……あっ?なんだこれ?俺何して…ん?これ血か…俺の血か!?なんで!?」


 俺は自分が何故頭を柱に叩きつけていたのか分からないまま、混乱した状態で辺りを見回す。するとライラはすかさず俺の頭に何かの液体をかけた。


「うわ、冷たい!冷たい!何すんだ!?」


 俺がライラに対して怒ってる間に、俺の頭の傷がみるみるうちに治っていった。


「あ、あ?なんだ?お前俺の頭の傷治してくれたのか?」

「あ、当たり前でしょ!あっ!じゃ!当たり前じゃろ!?」


 あまりに慌ててたのか、話し方を忘れて語尾がめちゃくちゃになっていた。


「なぁ、俺なんで頭なんか打ってたんだ?」

「えっ?覚えていないのか?」

「ああ。全く覚えてない」


 俺が記憶にないことを告げると、ライラはホッとしたような表情で安堵し、


「そ、そうかそうか!覚えてないか!良かった!」


 とガッツポーズをしてピンク色のポーションを隠しながら、


「効能があり過ぎじゃが、これはこれで使えるのう……」


 とライラはクスクス笑い、満足そうに頷く。


「へぇ、流石は錬金術士だ。危うく俺がロリコンになる所だったよ」

「そうじゃろうそうじゃろう!?……えっ?」


 俺がニコニコしながらライラにそう言うと、俺が記憶を失ったと勘違いしていたライラは徐々に顔から血の気を引かせていった。


「お、お主……まさか覚えて……?」

「俺をおもちゃにして楽しかったか?」

「いやその」

「俺をおちょくったらどうなるのか、ちゃんと教えてやらないといけないようだな」

「ち、違うんじゃ!ワシはお主を──」


 俺は最後までライラに喋らせず、彼女の目の前に立ち、両手をワキワキさせながら彼女の身体に迫った。


「い、いやああああああああ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」


 ライラの叫びは家の外まで響いたが、俺は気にせずに彼女に制裁を加えた。

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