第3話 始まりの出会いはセクハラから


「オラァ!もっと酒持ってこい!俺は天下のニーニルハインツファミリーの大幹部様だぞ!」

「またお前か」


 ハゲとチョビヒゲが目立つ中年の酒場の店主が害虫を見つけた時のような嫌そうな顔で俺に追加のジョッキを渡す。


 俺は行きつけの酒場で酒を煽っていた。もう何杯飲んだか分からない。俺の周りには酒瓶と樽のジョッキが散乱しており、これで酔っているように見えるかもしれないが実はそうではない。


 俺はとある事故によりアルコールを分解しやすくなっており、飲んでもすぐに分解されシラフになってしまうので、常人では飲み潰れる量をのんでやっとほろ酔いになれるのだ。


「俺はただお金が欲しくて副業をしてただけなのに、なんだよあのクソ野郎。ちょっとイケメンだからってよォ、調子に乗りやがって!絶対アイツ俺のこと見下してるって。マジでアイツは許さねぇ!」


 俺は怒りが有頂天にまで達していた。アイツには泣いて謝らせるまで俺の鬱屈とした感情が消えることはない。どうしても奴に赤っ恥をかかせるまでは俺はモヤモヤが消えない、と俺は確信していた。


「元はと言えば俺とジョニーが始めたギルド、俺はサビターしか名を持たず、逆にジョニーはニーニルハインツなんていうカッコいい名字を持っていたから、ギルドの名前はアイツのにしてやったんだ。俺は陰の功労者として目立つはずだった。だが結局目立つのは顔が良くて腕も立つ、そして金を持ったお貴族様ってわけだ!」


 俺はテーブルを叩き、物に当たる。ナックルの時のようには行かず、俺は自身の拳を抑えながら痛みと格闘していた。


「…あの筋肉モンスターが。どうやったらテーブルなんて素手で壊せんだよ……」

「壊したら俺がお前を壊すぞ」

「あーさーせんさーせん」


 酒場の店主に睨まれ、俺は適当に謝った。だがこれからどうするか。正式にギルドから退団を言い渡された今、俺は職なしとなった。

 また小遣い稼ぎでもするか?副業を本業に?だがいつ、どこで奴等に監視されてるか分からない。ギルドの幹部の1人、陰のドルソイは陰気な奴だが密偵のスキルは一流だ。

 3年かかったとはいえ俺の麻薬売買ルートを全て事細かく調べていたのがさっきの証拠写真の中で証明されていた。下手に動けばジョニーに報告され、俺の首は空まで飛ぶ。

 俺は我ながらしぶとい男だと自負してはいるが、奴の剣捌きには勝てない。本当に殺されるかもしれない。


「死ぬのはごめんだし、どうやって金を稼ぐか……」


 俺はこの国を出るか、とも考えたがこの国を手放すのには惜しい。俺は奴等に副業がバレるまで、結構な額を稼いでいた。それこそ金貨を湯代わりにして風呂を作れるくらいだ。それくらいの大金を稼いだものだ。この国には麻薬の需要がある。目の前に金脈があるのに逃すほど俺は馬鹿じゃない。かと言って金の為に命を賭けるのか、と疑問を抱く俺もいた。


「相席、構わんかな?」


 俺が思案していると、俺の前に何者かがテーブルについた。

 フードを被っていて誰か分からない。まさか、ドルソイか?


 奴は陰気だが変装が得意で演技も上手い。俺も過去に何度か騙されてからかわれた事がある。奴が俺に警告をしに来たのか?クソ、元はと言えばお前がチクッたせいでこうなったんだろうが。


 段々と怒りが湧き、報復したい気分になってきた。もういいだろう?もう発散させてもいいよな?


「さて、サビターよ、早速だが貴様に──」

「てめぇのせいだろォォォォォォォォォォォォ!?」

「うぇ!?」


 俺はドルソイに掴みかかり、肩を揺さぶった。


「えっ、ちょ、その、まっ」


 肩を揺さぶってると首がグワングワンと揺れ、奴の言葉が遅れて聞こえた。


「テメェがチクンなきゃああああああああ!!」

「ちょ、ちょっと、待て!ワシは!」


 ドルソイが何か言おうとしていたが関係ない。俺は奴を床に押し倒して、馬乗りになる。


「お、お主何を──」

「俺の恥を味わえェェェ!」


 俺は奴の脇腹に指を這わせ、奴をくすぐりの刑に処した。

 ドルソイはくすぐられると奇妙な笑い声を出す癖があった。

 奴は「キヒャヒャ」という変な笑い声を出す。俺はそれを看破する為に奴にくすぐりの刑を処すのがルーティーンとなっていた。


「やっ、やめ……んぅ!」

「は?女みてェな喘ぎ声出してンじゃねぇよ。お前いつものあのキモい笑い声はどうした?あの笑い方で笑えよ」


 何故かドルソイは珍妙な笑い声を上げず、逆に艶やかな女みたいな嬌声を上げていた。


「お前パッドまで付けてんのか!どこまで俺をおちょくれば気が済むんだ!?あぁ!?」


 俺は奴の胸を弄った。奴は男だ。なのに何故コイツからは女特有の胸の膨らみがあるのか。まさか、パッドか?コイツ俺をさらに馬鹿にするためにここまできたのか?そう思うと俺はさらに腹の中で燃え盛る怒りを抱いた。服の中からパッドを取り出してやろうと思ったが中々出てこない。いや、というかなにかおかしい。

 

 俺はさらに胸を弄る。するとまたもやドルソイ?は


「や、やだ……なんでこんな目に……」


 と言って潤んだ瞳で俺を睨んだ。その瞳はグリーンエメラルドのような綺麗な、宝石のような瞳だった。俺は思わずその瞳を凝視してしまった。


 フードから現れたのは肩にまで掛かった桃色の髪を露わにした顔立ちの整った少女だった。ドルソイじゃない。女だ。しかも年端も行かないガキだ。まずい。この事がアイツ等に知られたら本当に──


「俺の店で堂々と強姦してんじゃねぇよボケ!」

「ごぇッ!!」


 俺が狼狽えていると俺は店主に鉄パイプで思い切り頭を殴られた。フルスイングで脳天に直撃したので俺は頭を抱え床に倒れて悶えた。ず、頭蓋が陥没した感触を確かに感じる。これはのに時間が要る。


「お嬢さん、大丈夫か?」

「う、うん……あっ違、う、うむ!何もされておらぬ。た、ただ胸を少し弄られただけで」


 店主とガキの話す声が聞こえる。俺は頭蓋骨を治すのに一所懸命に奔走しなければならなかったので2人の会話はうつらうつらとしか聞いていなかった。


「それで、どうするコイツ?」


 床に蹲ってる俺を指差し、どう処理するかに困っている粗大ゴミを扱うかのような目で見る。


「て、てめぇ……このクソハゲゲロキモ口臭野郎が……」

「もうギルドから追放処分を受けてるし、殺してもニーニルハインツ・ファミリーも街の近衛騎士団も多分咎めなさそうだ。なんなら俺がやっちまうか?」


 店主のクソ野郎、俺を殺そうなんて最悪な提案をしてきやがった。誰のおかげでこの店がまだ経営出来てると思ったるんだ。俺が毎週毎週来てるからだぞ!と俺は反論したかったがまだ完全に頭蓋骨が治っていなかったので「あぁ」とか「うぅ」しか言えなかった。


「い、いや殺さないでくれ!コイツは私の大事なパートナーになる男なんだ!」

「え、えぇ!?今お前コイツに犯されそうになってたんだぞ!?こんな奴がいいのか?言っておくがコイツは昔は英雄なんて言われてたけど今はロクデナシのクズだぞ?」

「ち、違う!そういう意味のパートナーじゃない!商売の意味でのパートナーだ!」


 俺はようやく頭の痛みが治まり、視界と音がクリアに拾えてきた頃、2人の会話が聞こえてきた。


「なんだよ、ドルソイじゃねぇのかよ……じゃ、お前誰だ?」


 俺は立ち上がり、ヨタヨタとした足取りながらも辛うじてテーブルに手をつけ、椅子に腰を落とすことができた。


 何故か先程犯される寸前まで行った少女も俺と同じ席にもう一度座っていた。もう俺の前から逃げるだろうと予想していたが、逃げずに俺の前に居座り続けたままだ。


「なぁ、何で座ってんだ?俺は見ず知らずのガキのお前を図らずも襲った男だぞ?さっさと逃げ……」


 その時俺はハッと息を呑んだ。もしコイツが俺の言う通り逃げ、街の人間や騎士団、そして最悪な相手であるジョニーのギルドの所へ通報されようものなら俺は奴の宣言通り斬り捨てられる。それはまずい。非常にまずい。


「な、なぁお嬢ちゃん。さっき俺がその、勘違いでやった事は内緒にしてくれねぇかな。もし誰かに言っちゃったらおじさん凄く困っちゃうんだよ、うん、凄く」


 俺が落ち着かせるように、腫れ物を扱うように、出来るだけ丁寧な口調と雰囲気を作って言うと、ガキは少し考える仕草をした後、ニヤッと悪い考えを思いついたクソガキ特有の顔つきになった。


「そうかそうか、さっきの事誰かに言われたら困るものなぁ」


 クツクツと目を細めて笑う。俺は何か嫌な予感を感じた。こういう時の俺の勘は当たる。とにかく当たる。この雰囲気は何か俺にとんでもない無理難題を押し付けるつもりの顔だ。


「お前、王国内でポーションを売っていただろう」

「!何でそれを知ってる?」


 俺は声を潜め、ガキに顔を近づけながら話す。店主の男はもうガキが泣き止み、平然としながら俺と会話しているのでもう興味を無くしたのか、バーカウンターに戻ってグラスを拭いていた。


「お前が売っていたポーションを見てみたが、はっきり言ってアレは最悪じゃ。最低品質でトリップもままならんくらい酷い」


 何だこのガキは?いきなりやってきて襲われてベソかいてた挙句、俺の商品に対して文句を言ってきた。


 文句を言われたポーションは俺が作った最高傑作だ。一からポーション作りの勉強をし、独学で俺なりのオリジナルブレンドを配合した、俺だけの特別なポーションだ。それを見ず知らずのガキにカスだと言われたのだ。


 今の俺は怒りで身体中が満たされている。


「おいガキ、お前いきなりなんだ。ガキが俺の商売に口出すんじゃねぇよ。そもそも俺のブツは客には好評なんだよ」


 俺が力説するとガキはクスクスと笑い、懐から何かを差し出してテーブルに置いた。


「これを試してみろ。ワシの言ってる事が分かるはずじゃ」


 とだけ言って腕を組む。俺はテーブルに置かれたソレを一瞥する。小瓶に何か入っている……!?


「なッ…!これは……!?」


 俺は目を見張る。注目したのは小瓶のデザインではなく、その中身だ。俺の作った物とは圧倒的に純度が違う。俺のは素材特有の粘度が完全に取れず、粘りが少しあり、色も少し澱んでいた。だが、コイツの持っているポーションは違う。このポーションは透き通った緑色の夜の空に浮かぶ星々が見えるかのような芸術とも言える色をしていた。


 俺はたまらず瓶の蓋を開けた。キュポンという瓶特有の小気味良い音がなり、俺は香りを嗅いだ。


「あぁ……」


 俺は思わず感嘆の吐息を漏らす。絶世の美女が俺の元を通り過ぎたかのような甘美な香りが俺の鼻を突き抜け、脳に直接届いた。瓶から漏れ出た香りだけで俺は3人の美女と戯れる幻覚を見た。

 それほどまでに強烈だった。ちなみに俺の作ったポーションは素材の臭さをごまかす為に柑橘系の果物の素材を入れていた。


「あっ!ちょうちょだ!綺麗なちょうちょ!」


 俺は匂いを嗅いだだけで目の前に綺麗な光の鱗粉を落とす蝶々が見えた気がした。匂いを嗅いだだけでガンギマリとは、本当に恐ろしい。


 この時点で衝撃的だったのに、直接摂取したらどうなってしまうのだろうと俺の脳は危険信号を発する。だが俺は気がつくと瓶を手に取り、瓶を口につけていた。一雫だけ俺の口の中に受け入れ、喉元を過ぎ去っていく。


「ッ!!カッ!アッ……!ンンンン!?」


 俺は身体中が痙攣し、今まで感じたことのない多幸感を感じた。身体中が、気持ちいいに包まれていた。体だけではなく、精神も、心も誰も彼もが俺を認め、褒め称えている幻覚が映し出された。


 俺は世界に受け入れられている。世界は俺を拒絶してはいない。俺は!俺は!


「俺は生きているッッッ!!!!!」


 俺は思わず立ち上がり、滝のような涙を垂れ流してた。


「お、おぉ……そこまで気に入ってくれたとは思わなんだ。どうだ、確かに違うだろう?」

「……貴方様は女神様ですか?」


 ガキは、いやこの天から遣わせてくれた女神様は何者なのだろうか。こんな、これほどまでに完成されたポーションは今まで使った事がない。さっき電車に殴られた頭も痛みが完全消え失せていた。思考がクリアに、スッキリクッキリしていた。


「いや、ワシは女神様ではない。まぁ、もっとも近い存在ではあるがな!ガッハッハッ!」


 女神様は自分の持ってきたポーションを褒められて嬉しいのか、有頂天であった。俺もその姿を見て微笑ましく感じた。

 だが彼女の目的は一体何なのだろうか?たったさっき無職になった俺に一体何をさせたいのだろうか?


「ああそうじゃった。ワシはお前に提案があるのじゃよ」

「提案?」


 女神様兼少女は俺の顔に近づき、身を乗り出した。


「ワシとこの国でコンビを組んで麻薬王にならぬか?」

「んえぇ?」


 少女から出るとは思えない言葉を聞いた俺は間抜け面をして間抜けな声を上げた。


 これが彼女、ライラとの数奇な出会いであった。

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