第2話 最高品質のクズ、その名はサビター
半年前。そう、半年前が俺の人生の転機だった。
俺の名はサビター。ウィルヒル王国に住んでいる。俺の職業は傭兵だった。ニーニルハインツ・ギルドという元々は俺と友人で結成した紅蓮隊みたいな物だったが、戦争に従軍し、戦績を積んだ事で国王が正式に迎え入れた王国随一のギルドへと成長した。そして俺はその中でも創立時からいる2番目に偉い人間だった。
当然、給料も良い。俺は今日も王国の平和を守るべく、いつも通り精を出して──
「この馬鹿野郎がァ!!」
「ブベラァァァァァァァ!」
俺はメンバーの一人、通称『剛腕のナックル』に渾身の一撃をぶち込まれた。俺はギルドが持つ施設である事務所内で殴り飛ばされた。壁に上半身がめり込んで流血して大けがを負っているというのに、ギルド内の奴らは「またアイツか」「今度はなにしやかったんだ?」と小馬鹿にしてきやがる。俺は壁の奥から苦し気に這い出る。するとナックルにもう一度殴られた。今度は上から拳骨で殴られ、床に首がめり込んだ。
「お、俺が何をしたっていうんでい……」
「ふざけるなよお前。ネタは上がってんだよ」
俺は床から首を抜いた。頭が朦朧とする。常人ならとっくに死んでいる。だが俺はそこそこ普通の人間より丈夫で死ぬことはなかった。ナックルはこめかみに青筋を立てながら俺を睨みつける。俺には全く心当たりがなかった。
「心当たりならあるでしょうに、つまらない嘘はよしなさい」
俺の心の中を読んで呆れた顔で事務所の二階の階段から降りてきたのは『透視のイアリス』だ。彼女はグラマラスな体型で巨大なケツと乳を揺らして階段を一段一段踏みしめる。(この俺の心の中の声も彼女には丸聞こえだ)俺に対して愛想を尽かしたような、失望したようなトーンでため息を零す。
「なんだよ、そんなに俺をいじめて何が楽しいんだ?俺はこのギルドでそれなりに偉い地位にいるんだぞ!」
俺は鼻の穴を広げて声高々に言った。殴られた時に切れた唇が痛む。ニーニルハインツ・ギルドを設立して20年、俺はこのギルドと国の発展のために尽力してきた。だがこれがその英雄に対する振る舞いか?
俺が考えていることを知ってか知らずか、ナックルは俺に数枚の紙切れを寄越してきた。
俺はその紙切れに不満ながらも目を通す。写真の中身は、しゃ、写真の、中身は……
「どうした?反論してみろよ」
「えっ?いや……その、これはその、えーと、うん……」
ナックルは得意げに言った。俺は奴の皮肉に何も言う余裕すらなかった。そこにあったのは俺の、俺の……
「民間人に対する暴行、脅迫、窃盗、不法侵入、賄賂受給、詐欺、盗撮、横領……」
「ヒィィィィィィィィィィ!やめろやめろそれ以上言うのはやめろ!」
イアリスが俺の心を見透かし、俺の罪状をそらんずるかのように唱え始める。俺には少し、少し問題がある。小金稼ぎやムカついた奴をぶん殴ったりしちまう。俺をギルド内の問題児だと揶揄する人間もいる。だが殺しはしていない。あくまでやんちゃな奴らを懲らしめたり、アコギな商売をしている奴から金をしぼりとったりしてるだけで、俺はただ街の治安を守っているだけで……
「それが本当でもあるから私達は貴方を見捨てなかった」
「あぁ、お前はクズだが、まだ本物のクズじゃなかった」
「ならよぉ……!」
俺が彼等に言いかけると、彼等は視点を俺から別の方向に向けた。向きは俺の背後、イアリスとナックルが姿勢を正し、表情をキリッと整えた。すると事務所内の他の幹部連中や下っ端も姿勢を正した。その場の和気あいあいとした雰囲気が一瞬で変わった。
この張り詰めた空気、間違いない、奴だと俺は悟った。
「貴様は20年前から何も変わらないな。サビター。特に頭が」
「…お前は随分変わっちまったけどな、ジョニー……あ?今お前なんつった?」
俺の背後に現れたのはニーニルハインツ・ギルドの頭領、ボス、リーダー、統率者、そして設立者であるジョニー・ニーニルハインツ本人だった。ジョニーは長身痩躯の威圧感のある身体を持ち、重厚な白と金の鎧を着込んでいた。兜だけは被っておらず、天然物の金色の長髪がたなびいていた。
俺の染料で染めた偽物の金色の髪とは違う、燻んだ色ではなく輝いているかのような色を放っていた。そして俺は未だに奴が最後に呟いた言葉が忘れられず頭の中で反芻していた。
おまけに顔がとんでもないイケメンと来たモンだ。何一つ俺の勝てる要素はない。
「なぁ、お前最後になんて」
「何故、斯様な真似をするのだ、サビター。貴様は昔はここまで落ちぶれてはいなかったはずだ。かつては敵国の侵攻や天災の脅威に果敢に立ち向かい、混乱を収めていた。なのにお前は何故……」
「聞けや」
ジョニーは心底ガッカリしたような、失望した顔で俺を見る。遠回しに馬鹿と言った事を確認したいのに受け流される俺の方がガッカリしてるし傷ついてるのに。
「あぁそうだ、俺はうんざりしてたんだよ!20年死ぬほど働いて、ていうか一度死にかけて大変な思いしたっていうのにそれに見合う待遇が見合わないだよ!俺は元から俺だよ。お前みたいな聖人君子に当てはめられちゃ困るってもんだ」
「貴様は曲がりなりにもこの国の英雄だった。だが、今回ばかりは見過ごせない」
そう言ってジョニーは俺に小さな瓶を渡してきた。飾り気のないただ使われる為だけに作られた粗末な瓶の中に入った緑色の液体。これはポーションだ。塗ったり、飲んだりする事で傷ついた者や病床に伏せた者を癒す魔法の薬だ。だが、このポーションは普通のものとは少し違う。これは──
「違法ポーション、通称『ハーレム』。治療目的ではなく、脳内の快楽物質を過剰に生成し、中毒状態にさせるウィルヒル王国で流行ってる麻薬の一つ」
ジョニーはイアリスと違い、俺の心を読めるわけでもないのにまるで分かっているかのように語る。
「ファミリーの幹部である偵察が得意な『陰のドルソイ』がお前を密偵し、情報を集めていた。貴様の……麻薬売買をしていた決定的瞬間をな」
そう言ってジョニーはさらに写真を俺に渡してきた。その写真は俺がハーレムを客に渡していた場面だった。俺はこれ以上反論する気にもなれず、ただ床に座り込み、俯いていた。
「貴様は賢く、用心深く、疑心暗鬼だった。だから今までの犯罪行為の証拠を集めるまでに3年の月日を要した」
「……み、見逃してくれたりしませんかね?」
「ああ、不問にしてやる」
「えっ?」
俺はあまりにも意外な返答に素っ頓狂な声を上げた。普通、ここまで証拠を突きつけられ、愛想を尽かされたら殺されるか豚箱行きだろうと思っていたからだ。それだけではなく、ジョニーは部下に大量の金貨が入った袋を俺の元に置かせた。
「何を……」
「これは退職金だ。ギルドを抜けて無一文では懐が寂しかろう。その他に、今までギルドに貢献してきた分の報奨金も入っている。今回の犯罪行為の証拠も公にするのもギルド内だけに留める」
ジョニーここまで決定的証拠を集めて、追い詰めているのに俺に退職金を渡してわざわざ不問にするとまで言ってきた。犯してきた罪と比べると天秤が大きく傾くほどのはず。するとギルドの団員のうちの1人が声を荒げる。
「ニーニルハインツ様、本当によろしいのですか!?」
「ソイツは最高品質のクズ野郎です!全て暴いて法の手に委ねるべきでしょう!」
「そうだ!そうだよ!」
1人の声が俺を罵倒し、次第に1人から2人、2人から3人となり、波は大きく大きくなっていた。だがナックルが突然テーブルを例の拳骨で破壊し、騒乱を治めた。
「お前ら、ニーニルハインツ様の決定に楯突く気か?」
ナックルの殺気を孕んだ物言いに、団員達は徐々に口を噤み、事務所の中は静かになった。
「アンタ達の言い分も分かるわ。でもニーニルハインツ様は塾考に塾考を重ね、決断されたの。それでも文句がある奴は、今からここに並びなさい」
さらにイアリスの言葉で団員達は完全に口を閉じ、静寂が訪れた。ジョニーはイアリスとナックルに短く「助かる」と礼を言った。
「先ほど言った通りサビターはマッドギアの侵攻や、この国を蝕んだ天災に対処し、被害を最小限に留めた。その功績に免じて、今までの罪は不問とし、ニーニルハインツ・ギルドから退団させる。異論は認めん」
ジョニーは高らかに宣言した。俺は「そうかいそうかい」と服についた木屑や埃を手で払いながら言って立ち上がり、金貨の入った袋を手に持つ。
振り回せば凶器になりそうなほど金貨が入っており、一大ギルドの退職金としては申し分なかった。これが国王から直接支援されている王国直属ギルドの力か、と俺は乾いた嘲笑をした。
俺がギルドから立ち去ろうとすると、ジョニーは俺の腕を掴んで俺の右耳に耳打ちをした。
「サビター、これは第二のチャンスだ。もう悪事を働くのはやめて引退しろ。生まれ変わるんだ。だがもし……」
とジョニーは言葉を途中で止める。
「だがもし、なんだ?」
「もし王国内で一度でも犯罪行為が露見したら、私が直々に出て貴様を殺す。友としての最後の務めだ」
ジョニーはこんな状況でも俺に更生の機会をくれた。殺気を含んだ脅迫まがいの助言に、俺はその事に深く感動し、心を入れ替え、こう言った。
「この国に仕える価値はもうない。お前も引退した方がいいぞ」
と言い残して俺は震える脚を押さえながらギルドから出て行った。別にビビってた訳じゃない。漏らさなかっただけ立派だった、と俺は自分で自分を慰めていた。
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