(法を)お菓子屋さんへようこそ!

新田トニー

第1話 お菓子屋さん、始めました。


 とあるお菓子屋さんがあった。あまりにも美味しくて中毒になりそうなほどの味と品質を保証するお菓子屋さんがあった。

 常に行列が大蛇のように並び、未だ冷めぬ熱を持つお菓子屋さんがあった。


「ねぇ~まだぁ~?」

「楽しみだなぁ。どんなスイーツにしようかな」

「早く…!早く…!」


 列の後方からは店に入る事を渇望する客で溢れていた。そこからさらに店の中まで視点を変えると、店の中はあらゆる種類の客ばかりでぎゅうぎゅう詰めだった。


「あっこれ新作じゃない?まだあってよかった~」

「これ!おかーさんこれにして!」

「くっください!プリリリリリリリンンンンンッウフフフフフフを!」

「ハァ…ハァ…パイシューちゃんはおじさんのことをとことん焦らしてくれるねぇ……!おじさんもうあそこ胃袋がもう限界だよぉ……!」


 様々な人間がごった返す中で、その店はあらゆる客のニーズを満たしていた。ショーケースの中には10種類以上のスイーツが透明なガラスの向こう側に収められ、レジカウンターは壮絶な争いを繰り広げていた。


「プリン2つ、シュークリーム2つ、モンブランが2つね」

「プリン1つとショートケーキ3つ、ロールケーキが1つですね!はい、どうぞ!」


 レジカウンターでは2人の男女の店員が商品名を呼びながら商品や白い紙の箱に入れていた。1人は短い髪で金髪の無精髭の生えた男と、もう1人は黒髪ロングストレートの丸眼鏡をかけた愛嬌のある接客をしていた20代前半の女性だ。店員箱の表には筆記体の流れるような文字で『スウィートディーラー』という名前が印刷されていた。


「ヤバい!看板商品のプリンが切れた!補充まだ!?」

「後少しだ」

「そうか!頼んだぞ!」


 鬼気迫った表情と声でキッチン内に話しかけるとぶっきらぼうな声で男がそう言った。


 キッチンでは人が5人くらい入りそうな巨大な釜を木製のかき混ぜ棒で汗水垂らしながら(釜の中には垂らさないようにして)疲れ切った表情で、だが充足感のある笑みを浮かべながら黙々と釜の中を混ぜていた女性がいた。


 見た目だけ言えば彼女は幼子にも成人前の少女にも見える。身長は150センチほど。明るい桃色の背まで伸びる髪をゴムで束ねた姿だ。小さな背中だが、作業姿の黒いローブ姿で行う作業さながら熟練の猛者のような動作だ。彼女は自分よりも数倍大きい釜と棒を使って一生懸命混ぜている。


「回し方が違うぞ!タマリ!ノノジだ。ノノジを描くように意識してかき混ぜるのだ!」

「は、はいお師匠様!」


 少女の反対方向には同じサイズの釜を疲弊した様子でかき混ぜる銀髪のショートボブの髪を外に出さないように白い帽子で覆っていた。


 彼女はタマリと呼ばれ、ライラと同じく釜の中をかき混ぜ棒で混ぜていた。


「出来ました!」


 釜の中から表面が茶に近い黒と胴が黄色一色の物体が透明な瓶の中に収容されていた。釜の中でそれが既に完成されてたかのように次々と同じものがボコボコと浮かんでくる。それを掬い上げトレーの上に慎重に置き、ショーケースの中に持って行った。


「はい!プリン補充完了しました!」

「ご苦労さん!」


 師匠と呼ばれた少女は弟子の活躍にニコリとしながら作業を続ける。そして隣には身長が2メートル近いガタイのいい筋肉質な男がプリンの元となる卵や砂糖、水、牛乳、その他諸々の材料をポイポイと釜の中に投げ込んでいた。


✳︎


 営業時間が終了し、地獄の波が終わった。客が消えた店内で屍のような表情で店内を掃除する短い髪で金髪の無精髭の生えた男と、黒髪ロングストレートの丸眼鏡をかけた愛嬌のある接客をしていたが、今は疲れ切っていて元気のない20代前半の女性店員が店の椅子に座りながら箒で塵を取っていた。


「…今日も、凄かったですね」

「…まぁな。良い接客だったぞアリーシア」


 アリーシアが一言呟くと、金髪の男もそれに呼応するかのように呟いた。キッチンの奥では激動の戦場を駆け抜けてなお、明日のスイーツを作るために仕込みを続ける少女と背の高い男がいた。


「アルカンカス、お前が居てくれて助かるよ。さっきはお前の助けがなかったら調合に失敗していたかもしれん」

「いいよ」


 ライラがお礼を言うと長身の男、アルカンカスは無表情で応えた。無表情で感情を表に出すことはないが黙々と仕込みを続けるあたり作業自体は楽しんでいる様子だった。


「オイ、ライラ。今度のポーションについてなんだが……」

「うるさい。今はそれどころじゃないんだ。私には私のスイーツを待ってくれてる人達がいるんだ……!」

「ライラさん……!ステキです!」

「師匠、いつか私も師匠みたいな存在に……!」

「あそう……」


 ライラと呼ばれる少女は男の方を見ずに苛立ちを含んだ物言いで仕込みを続け、女性店員は尊敬の眼差しをライラに向けた。


「……なぁ、ライラ。ちょっとその手止めてくれ」


 だが男はもう一度、と心の中で唱えるかのように同じ声調でライラに声をかける。だがライラは二度も作業を中断されそうになり、少し苛立っていた。


「今忙しいんだ!話なら後に──」

「止めろっつってンだろが!大事な話なんだよボケ!」


 男の言葉にライラはピクリと耳を動かし、手を止めた。タマリもそれに合わせて手を止める。


「皆、集まってくれ」


 男の重要性を含んだ言葉に、各々3人は男の前に集った。


「なぁ、俺達の目的を1人ずつ順番に話してくれ」


 男の言葉に4人の男女は頭の上に疑問を浮かべながら首を傾げる。最初の1人のライラが口を開いた。


「目的って、私達で至高で甘美で完美なスイーツを作ることだろう?」

「いつかお師匠様と肩を並べられるほどの錬金術士になる事です」

「ライラさんの言う通り、お客様に美味しいスイーツを届けて、しあわせ〜って思ってもらうことです!」

「暇潰し」


 ライラ、タマリ、アリーシア、アルカンカスの順で各々がそれぞれの答えを出した。金髪男はワナワナと震えてテーブルを叩いた。たが叩いて痛めた自分の拳を痛そうに男は手で押さえた。


「このクソミソ共が!」


 男は自身の怒りとストレスと憤りをシャウトした。天に吠えるように叫んだ男は「クソクソクソクソ」とイライラしている。


「なんじゃ?何をそんなにイライラしておる?」

「お前らが全員見当違いな答えを出したからだ。お前らが忘れてるなら俺が教えてやるよ。いいか、俺たちはな……」


 男が怒りを爆発させ、4人に再認識させるために空気を肺に思い切り吸い込み、こう言った。


「違法ポーション作って金稼いでこの国随一の麻薬王になることだろうがァ!!!」


 男は出来の悪い子供にキレるかのように声を大にして激昂した。


 なぜケーキ屋で麻薬王という単語が出てきたのか、なぜ違法ポーションという単語が出てきたのか、全ては2ヶ月前に遡る。

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