第10話 街の秘密
午後の授業中、僕は最神さんについて考えていた。
神々しさを感じるほど美しくしなやかなブロンドヘアー。
頭部にについたクローバーのヘアピンは最神さんのどこか
僕の方に向けられた赤い瞳はルビーのようで、思わず見入ってしまうくらいには魅力的だ。
まあ、細々と説明したが結論を言ってしまうと最神さんはすごく美少女だ。
内面についてはまだまだ分からないことだらけだが、一つ分かっていることがある。
それは……。
「授業中よ。その下心にまみれた視線を向けるのをやめてくれないかしら?」
「残念だね。下心は無いよ」
「その言葉が信じられるとでも?」
「僕の目を見てよ。これが下心にまみれた目に見える?」
「ええ、見えるわ」
じゃあどうしようもないや。
まあ、僕の目から下心が漏れ出ているように見える問題は一先ず置いておこう。
改めて、黒板に目を向ける最神さんの横顔を見つめる。
神の声を聞くことが出来る巫女であり、この学園で異常なまでの特別扱いを受けている少女。
そして、なにかを諦めたような目で過ごしている少女。
うん。やっぱり最神さんにその目は似合わない。
***
放課後になった。
帰り支度を済ませ、同じく横で帰り支度をしている最神さんに身体を向ける。
「最神さん、それじゃまた明日ね」
「待って」
最神さんにサヨナラバイバイしようとしたのだが、意外にも最神さんの方から僕を呼び止めてきた。
「どうしたのよ。そんな鳩が豆鉄砲を食ったような顔して」
「いや、少し意外だっただけだよ。ところで、なにか用?」
「ええ。一緒に帰りましょう」
一緒に帰る?
僕と最神さんが? 夢かな?
頬を試しにつねってみたけど、もちろん痛かった。夢ではないらしい。
「……なんであんな奴と」
それは、気のせいと言われれば納得できてしまうくらいには小さな声だった。
しかし、確かに僕の耳には入ってきた。
声のした方に視線を向けるが、そこにいたのはニコニコと不自然なくらい笑顔のクラスメイトたちだった。
「どうかした?」
「いや、なんでもないよ。じゃあ、一緒に帰ろっか」
まあ、最神さんは紛れもなく美少女だ。
その最神さんに淡い恋心を抱く人がいてもおかしくないし、その最神さんに誘われた僕に嫉妬する奴がいたってなにも違和感はないか。
最神さんと並び多幸学園を後にする。
僕に向けられた、嫉妬や憎悪から好奇まで多種多様な感情がこもった視線は学園の敷地外に出ても続いていた。
「熱心なファンが多いんだね。ファンっていうか、信者かな?」
「おかしなことをしている割に鋭いのね」
「おかしなこと?」
「その移動方法のことよ。隣にいて恥ずかしいからやめて欲しいわ」
最神さんはどうも僕のほぼ反復横跳び移動が気に入らないらしい。
でも、反復横跳びは僕の趣味だ。
「申し訳ないけどこの時間は僕の楽しみなんだ。受け入れて欲しい」
「はあ、仕方ないわね」
最神さんも納得してくれたところで、話を戻そう。
恐らく、僕らは尾行されている。距離はそこまで近くないけど、一人や二人ではないだろう。
「ちなみに、彼らはボディーガードだったりするの?」
「ええ。頼んではいないけれどね」
「愛されているんだね」
「そんな綺麗なものじゃないわ。あれは妄信よ。本当の私に興味がある人なんていない」
さすがにそれは大げさじゃないかな。
少なくとも一人や二人は最神さんのことを知りたいと思ってそうだけど。
「まあ、なんにせよ心は休まりそうにないね」
「ええ、本当に。息が詰まりそうよ」
神様の声を聞くことが出来る巫女だからと言っていいことばかりではないらしい。
少なくとも、最神さんは今の状況に嫌気がさしているみたいだ。
「ちょっと神様に聞いて欲しいんだけどさ、僕に彼女って出来る?」
「なによ。
「僕さ、恋人が出来たことないんだけど時々思うんだよね。このまま一生彼女出来ないんじゃないかーって。だから、気になってさ」
「……出来ないわね」
「え」
そんなバカな。
これでも笑顔の練習とか、挨拶を自分からするとか努力しているつもりなんだけど、それでも僕に彼女は出来ないなんて。
「じゃ、じゃあ、どうすれば彼女が出来るの?」
「先ずはその奇妙な移動方法をやめることね」
「ははは、冗談キツイよ。僕のアイデンティティともいえる反復横跳びをやめろっていうのかい?」
「ええ、そうよ。一番邪魔よ」
邪魔!? 僕のアイデンティティを邪魔だって!?
至って平凡な男子高校生の僕から反復横跳びを取れば、僕はどこにでもいる薄顔男子高校生に代わってしまうじゃないか。
「それと髪はセットした方がいいわ。ヘアワックスとか持ってないのかしら?」
「生まれたままの姿が一番かっこいいと僕は思うんだ」
「スマホの画面を見なさい。あそこにいる人たちの中に、生まれたままの姿でいる人が何人いると思っているの? 皆、化粧をしてオシャレな服を選び、あそこにいるの。そして、その姿で見ている人たちを喜ばせている。それが答えよ」
ぐうの音も出ない。
思えば僕は反復横跳びにかまけてオシャレをしたことが無かった。
だから、僕に彼女は出来なかったのだ。それだけじゃないかもしれないけど。
それにしても、心なしか最神さんの表情がいきいきしてきた気がする。
もしかして彼女は人を論破することに快感を覚えるタイプの人間だったのだろうか。
まあ、辛気臭い顔されるより何倍もマシだね。
「じゃあ、最神さんが僕にオシャレを教えてくれない? 買い物とか一緒に行って、僕に似合う服とかも選んでよ」
最神さんが足を止める。
そして、何度かまばたきした。
「どうしたの?」
「いえ、こういうの随分と久しぶりだったから……」
「嫌だった?」
「そ、そんなことないわ! でも、ごめんなさい」
「そっか。それは残念」
「……理由を聞かないのかしら?」
「聞いて欲しいなら聞くし、言うつもりが無いなら無理には聞かない」
「ドライなのね」
「まだ僕らは会って一日目だからね」
「それもそうね」
それからどちらから話し出すでもなく、僕らは並んで歩き始めた。
暫くすると、街中で一際目立つ四つ葉のクローバーが描かれた建物が見えてきた。
そして、最神さんは足を止めた。
「ここまでね」
「家に着いたの?」
「ええ。あの四つ葉のクローバーが描かれた大きな建物が私の家よ」
「随分と個性的な家だ」
「私もそう思うわ」
ん? おかしいな。
家が見えているというのにいつまでたっても最神さんが歩き始めない。
「どうしたの?」
「……逃げて」
最神さんは真剣な表情で僕に向けてそう言った。
「この街は狂っているわ。多幸学園も既に手遅れ。教師も生徒もほとんどの人が最幸の会の信者よ。そして、彼らは信者でない者を認めないわ。間違いなく、あなたを強引な手段で信者にしようとするはずよ。……今日のあなたとの会話、楽しかったわ。久しぶりに自分が普通の高校生のように思えた。だから、ここでさよならよ」
少しだけ寂しそうに微笑むと同時に彼女は僕の手になにかを握らせる。そして、彼女は自身の家の前で周りに聞かせるように声を張り上げた。
「今から、神のお告げを皆さまにお伝えします! 信者の方は少しでも多くの信者にそのことをお伝えください。そして、出来る限りたくさんの人を集めてください!」
最神さんが僕に手渡したものは一枚のメモだった。
そこには「今のうちに逃げて」と書いてあった。
僕は反復横跳びで移動し始めた。
逃げてと言われたからだ。
「ちょっと待てよおおお!」
「今からありがたい言葉が聞けるぜええ!」
「幸せになりましょうよおおお!」
逃げる僕に数多の宗教勧誘の手が伸びる。
だが、その手が触れたものは全て僕の残像だった。
僕はひたすらに反復横跳びで逃げ続けた。
街中を駆け回り、日が沈むころには僕を追いかけるものは一人もいなくなっていた。
「帰ろう」
街灯やビルの明かりに照らされた夜の街を僕は歩き出した。
向かうはスーパーだ。今日の晩御飯はハンバーグにしよう。
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