第9話 最神さんの謎
当たり前といえば当たり前だが、多幸学園の授業は至って平凡なものだった。
高校一年時を反復横跳びに費やした僕には、分からない部分もたくさんあったけど全てはキリちゃん先生を見返すために必死に食らいついた。
その分、疲れもたまっている。
昼休みはガッツリしたものを食べて午後に向けて
もちろん、今日もお弁当はない。
ナナシさんが「べ、別にあんたのために作ったわけじゃないんだからね!」とお弁当を渡してくれる展開も期待したが、そんなこと起こるはずが無かった。
食堂か購買に行きたいけど、僕は場所を知らない。
でも、大丈夫。なんせ僕には隣の席の最神さんがいるのだから。
「最神さん」
最神さんを呼んだだけなのだが、クラスが急にざわつき始めた。
ざわつくクラスメイトとは対照的に最神さんはどこか冷めた表情で僕に視線を向ける。
「なに?」
「食堂か購買に行きたいんだけど、場所を教えてくれない?」
「食堂と購買なら一階にあるわ」
「そうなんだ。じゃあ、一緒に行かない?」
「どうして?」
「どうしてって、仲良くなりたいからだよ」
至って普通なことを言ったつもりなのだが、最神さんは深々とため息をついた。
「後悔するわよ」
「しないよ。だって、一緒にご飯を食べることが出来たらその時点で僕は満足だからね」
「まあいいわ。なら行きましょう」
ようやく腰を上げた最神さんと共に教室を後にする。
僕らが教室を出る直前まで、クラスメイトたちの視線は僕に向けられていた。
そして、食堂と購買に向かう今も廊下にいる生徒たちからの視線を感じる。
これはおかしい。なにやらきな臭い雰囲気を感じる。
そうだ。既に任務は始まっている。もしかするとキリちゃん先生の言っていた裏に潜む組織が僕らの存在に気付いているのかも――。
「ねえ、なにをしているの」
考え事をしていると、横にいる最神さんに声をかけられた。
最神さんは僕を見て困惑しているように見えた。
「反復横跳び。厳密にいえばサイドステップを右に三回、左に二回だけどね」
「どうしてそんな非効率な進み方をするのよ」
「好きだからだよ。反復横跳びがね」
「そう。あなたは変な人なのね」
「いや、僕はちょっと反復横跳びが好きなだけの普通な高校生だよ」
危ない。
さすがに僕が忍者だと言うことはバレていないだろうが、こんなに早く普通ではない認定をされるとは思っていなかった。
最神さんの洞察力は凄いな。
そこからは最神さんも深くは追及してこなかった。
廊下を進み、階段を降り、再び廊下を進む。そうして、遂に僕たちは食堂に辿り着いた。
食堂は生徒で溢れかえっており、入りきれなかった生徒の列が入り口から続いていた。
「人が多いね」
「そうね。でも、直ぐに道は開けるわ」
最神さんが食堂の入り口に近づくと、最神さんの言う通り人の列が真っ二つに割れて道が出来ていく。
それはさながらモーセが海を割るかのようであった。
「行くわよ」
最神さんは開けた道を堂々と進んでいく。
「これ、いいの?」
「いいのよ。寧ろ私たちが止まった方が彼らが動けなくて困るの」
淡々と最神さんは告げる。
その表情は少しばかりうんざりしているようにも見えた。
無事に券売機の前に辿り着いた僕と最神さんはそれぞれ中華そばとカルボナーラを発券し、カウンターに向かう。
そこでも順番を譲られたので、厚意に甘えて先に中華そばとカルボナーラを受け取った。
だが、多幸学園の生徒たちのサービスはこれだけではなかった。
「最神様、あちらのテラス席を是非」
「ありがとう」
「ありがたきお言葉、そして
さっきまでテラス席を利用していた生徒たちがわざわざ最神さんの前まで来て、席を譲ってきたのだ。
ちょっと気持ち悪くなるくらいのサービスだ。
案内されたテラス席に座り、周囲を見渡す。
あからさまな視線は少ないが、見られているという感覚はあった。
「最神様、ね。そういえば担任の先生も最神さんのことそう言ってたね。もしかして、最神さんって普通の人じゃなかったりする?」
「あなたほどではないわ」
「いやいや、僕はどこにでもいる普通の男子高校生さ」
「普通の男子高校生は自己紹介で反復横跳びなんてしないわよ」
「あ、見ててくれたんだ。ちなみにどうだった? インパクトあった?」
「インパクトはあったわね」
「じゃあ、もしかして僕に興味湧いた?」
「寧ろ関わり合いたくないと思ったわ」
そ、そんなバカな。
僕に興味惹かれる完璧な自己紹介のはずだったのに……。
まあ、過ぎたものを悔やんでも仕方ない。
それより僕は重大なことに気付いた。
「まあ、いいや。ところで話は変わるんだけど、最神さんが様付けされてるのって、君が神様の声を聞ける巫女だからだったりするの?」
ほんの少しだけ最神さんは意外そうに眼を開いた。
「知っていたの?」
「噂で聞いたことあるだけ。確信は無かったけど、その反応は当たりみたいだね」
そう。最神美幸さんは他でもない僕らのターゲットだったのだ。
まさか偶然同じクラスで、しかも隣の席になるとは思わなかった。
余りにも僕に都合がよすぎて同姓同名の別人かと思ったが、流石に周囲の態度が普通の女子高生にする態度ではなかったから気づけた。
「ええそうよ。で、それを知ったあなたはどうするのかしら。神様のお告げでも聞きたい? それとも、幸せになる方法を知りたい? 大穴だと、私を誘拐して身代金の要求かしら?」
後半二つは別に興味ないけど、神様のお告げには興味がある。
「そうだね。なら、今日の僕の晩御飯でも教えてもらおうかな」
「は……?」
「個人的にはハンバーグがいいんだけど、カレーも捨てがたいんだよね」
「あははは!」
僕は真面目なことを言ったつもりなのだが、最神さんはお腹を押さえ、声を上げて笑っていた。
思えば最神さんの笑顔は初めて見る。
正直、僕は最神さんのことをまだ子供なのに諦めた目をしている変わった人だと思っていて。
でも、なんてことはない最神さんもただの可愛い女の子だった。
「あー、バカみたい。あなたって、変だけど面白い人ね」
「最神さんは笑うと可愛い人だね」
「あら、
「いや、本心だよ」
「そ。可愛いなんて言われ慣れているけど、悪い気はしないわ。ありがとう」
喜んでもらえたならなによりだ。
これで少しは僕もヒロインっぽいことが出来ただろう。
「ところで、結局僕の晩御飯はなんだって?」
「カレーよ」
そう言うと、最神さんは席を立つ。そして、トレーを運ぼうとするが、どこからともなく現れた男子生徒にトレーを奪われてしまっていた。
「最神様、こちらは私たちが片づけておきますので、どうぞ先に教室へお帰りください」
「何度も言っているけど、自分でやるわ」
「ああ、私たちの負担を考え、自ら行動なさろうと言うのですか。その思いやりだけで私は幸せで胸がいっぱいです! 私たちはいつも最神様に与えられてばかり……ええ、だからこそこの学園生活で少しでもお礼がしたいのです! させていただきます!」
男子生徒は涙を流しながら、トレーを持って走り去っていってしまった。
だけど、残念なことに僕のトレーは持って行ってくれなかった。
「はぁ」
男子生徒がいなくなってから最神さんはため息を漏らす。
その表情からは再び笑顔が消え、目は濁っていた。
そんなにトレーを運びたかったのだろうか。
こんなのめんどくさいだけだと思うけど。
「僕の運ぶ?」
「嫌よ。どうして私があなたのトレーを運ばなければいけないのよ」
どうやらトレーを運びたいわけではないらしい。
その後、最神さんと並んで教室へ戻った。
その道中もやはり周りの生徒たちは率先して最神さんに道を譲っていた。
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