第8話 ボーイミーツガール~反復横跳び風味~
目を覚ますと八時半だった。
ナナシさんの姿はない。
えっと確か、今日は転校初日でキリちゃん先生から貰った書類によると八時半には
「遅刻じゃん」
大慌てでシャワーを浴び、着替えを済ませる。
食パンを口に突っ込み、カバンを掴んでから部屋に鍵を閉め、サイドステップで多幸学園を目指す。
「ひほふ、ひほふー」
まさか僕が食パンをくわえながら「遅刻、遅刻ー!」をすることになるとは思わなかった。
学園に着くころにはチャイムが鳴っていた。
職員室では少しだけ先生に怒られたが、転校初日ということで許してもらえた。
「じゃあ、羽鳥は先生が指示するまでここで待っていてくれ」
「はい」
先生の指示に従い、僕が所属するクラスの前で静かに待つ。
ちなみに僕はこの学園では羽鳥トビという偽名を使っている。
偽名を使うあたり僕も忍者になった感じがして少し興奮している。
なにはともあれ、これから僕は自己紹介をすることになるだろう。
実を言うと、僕は伊甲学園の自己紹介を後悔している。
あの自己紹介は確かに
だが、その結果どうなっただろう。
斎藤君以外はろくに僕に興味を持たなかった。
これではいけない。青春を過ごすためには時に目立つことも必要なのではないだろうか。
この反省を活かし、今回の自己紹介は前回のものよりもアップグレードしようと思う。
「入っていいぞ」
先生の声が聞こえたので、早速僕は教室に勢いよく入った。
反復横跳びで。
「皆さん、こんにちは。羽鳥トビです。趣味は反復横跳び、特技は反復横跳びです。よろしくお願いします」
完璧だ。前回と違い今回は動きを付け加えてみた。
聴覚だけでなく視覚からも僕がどういう人間かきっと伝わったはずだ。
これならきっとクラス中から拍手が、いや、もしかするとスタンディングオベーションが沸き起こるかもしれない。
しかし、いくら待てども拍手の音は一向に聞こえてこない。
「あー、羽鳥」
余りにも沈黙が続いているからか、とうとう先生が口を開いた。
「気合の入った自己紹介、ありがとう。だけど、その、なんだ……教室の入り口じゃなくて中央でやってくれないか?」
し、しまった。
ついうっかり教室入り口にある引き戸のレールをセンターラインに見立てて反復横跳びしてしまった。
どうりで微妙な反応のはずだ。
「すいません。ついうっかり引き戸のレールをセンターライン代わりにしちゃいました。これってあるあるですよね」
「先生、最近の十代には詳しくないけどそれは無いと思うぞ」
まさかと思い、クラスメイトに目を向ければ何人かがうんうんと首を上下に揺らしていた。
そっか。これ、あるあるじゃないんだ……。
「ま、まあ、ちょっと個性的だが羽鳥トビ君だ。皆、何かあれば色々と手助けしてあげてくれ」
「よろしくお願いします」
一礼すると、今度はちらほらと手を叩く音が聞こえてきた。
ふう。失敗してしまったけど、温かなクラスでよかった。
「よし。じゃあ、羽鳥の席は……窓際の一番奥にいる
「え、いいんですか?」
「ああ。最神様の隣は緊張するかもしれないが、気にするな。失礼だけは無いようにな」
「いや、そうじゃなくて、僕がヒロイン席でもいいんですか?」
「は?」
窓際一番奥の席。アニメの主人公が座りそうな席ランキング堂々一位の席である。
そして、その隣はアニメのヒロインが座りそうな席ランキング一位だ(僕調べ)。
しかも僕は転校生。
こんなのラブコメが始まる予感しかない。
それなら僕もヒロインとして完璧な立ち回りをしよう。
そう考えると、僕が朝に遅刻したことも全てこの運命的な出会いのためだったのかもしれない。
心なしか、最神さんという人には見覚えがあるし。
綺麗なブロンドヘアーと宝石のような赤い瞳の少女だ。
早速、最神さんという美少女の横に向かう。
そして、口に手を当て最神さんを指差す。
「き、君はッ!」
突然声をかけられた最神さんは少し困惑しているようだった。
おかしいな。僕の予想では「あ、あなたは!」と僕の方に指を差すと思ったんだけど。
「えっと、もしかしてどこかで会ったかしら?」
残念ながら僕と最神さんはやっぱり初対面だったようだ。
「え、ううん。会ってないよ。これが初対面。あ、僕は羽鳥トビ。よろしくね」
「そ、そう。私は
予想した出会い方とは違ったけれど、互いに自己紹介もしたし今日はこれでいいだろう。
それに、最神さんが主人公ならいずれ何か起きるだろうしね。僕はその時にヒロイン役として活躍すればいいだけだ。
こうして、僕と最神さんの青春ラブコメ(?)ストーリーが幕を開けた。たぶん。
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