第2話 ボーイミーツガール~反復横跳びを添えて~
国立
都心から離れた山の中に位置する都内の学園だ。
在校生はおよそ百五十名程度ながら、広大な敷地があり、更には学園を囲う高さ十メートルの壁が特徴的な変わった学園である。
だが、その存在を知る者は国内でもごくわずかしかいない。
なぜか。
その理由は一つ。この学園が、表舞台から姿を消したとされる忍者を育成する学園だからである。
*
ストーカーお爺さんは驚くべきことに伊甲学園という学園の学園長だった。
忍者を育成しているという辺りうさんくささの塊だったが、入学料、授業料免除。おまけに、ある条件をみたせば生活費まで支給される上に、進学先、あるいは就職先の
反復横跳びに中学の一年間と高校一年間を捧げた僕の成績はよくない。
そんな僕にとって、ある条件とやらを満たす必要があるとはいえ、生活費の支給と進路の保証はありがたいことこの上なかった。
趣味、特技が反復横跳びの僕は日ごろお金をあまり使わない。
つまり、うまくいけばこの学園に通いながら生活費を貯金して大学の授業料を稼ぐことが出来るのである。
綺麗な子が多いという一言で飛びついたけど結果的にいい選択をしたのではなかろうか。
そういう訳で僕は伊甲学園で忍者を目指すことになった。
これにはあのお爺さんも手を叩いて喜んでいた。
僕が学園に通うこと、それがお爺さんが要求した一つ目のお願い。
更に、お爺さんは僕にもう一つお願いをした。
『ワシを弟子にしてくれ!!』
そのお願いこそ、お爺さんが僕の弟子になりたいというものだった。
『いいですよ』
『ほ、本当か!? これでワシも分身の術を……!』
こうして、僕は高校一年生ながら四回り近く歳の離れたお爺さんの弟子を得たのである。
近所の中学生に「弟子にしてください!」と言われたときはかっこつけて「お前にはまだ早い」と言ってしまったけど、実のところ、僕は師匠という肩書に憧れていた。
なんの師匠か分からないけど、お爺さんも喜んでいるし問題ないだろう。
また後で流派の名前とか決めなきゃ。
「まるで監獄だ。監獄に入ったことないけど」
目の前にそびえたつ壁を眺めてしみじみと呟く。
お爺さんに渡された地図を頼りになんとか学園まで来たけど、学園を囲う壁のせいで中に入れない。
どうしたものかと困っていると、首筋に冷たいものが触れる。
「動かないでください」
背後から響くやや低めの透き通るような凛とした声。声から考えるに恐らく女性だろう。
「誰かな?」
「それはこちらのセリフです。名前と所属組織を答えなさい」
所属組織? 出身校のことだろうか。いや、もしかすると所属している家のことかな?
「僕は
「服部家……? まさか、あなたが例の編入生?」
「多分そうだと思うよ」
「信じられません。だとしたら、余りに隙だらけです」
「そう? 僕には、怪しいやつを捉えたと油断している君の方が隙だらけに見えるよ」
「どういうことですか?」
「こういうこと」
音もなく地面を蹴り、右に2ステップ。
そして、右足で踏ん張り、左やや後ろに2ステップ。
なんということでしょう。
さっきまで、僕の背後を取っていた少女は僕の目の前にいるではありませんか。
やや短めな黒髪ポニーテール。
うむ、うなじの色白な肌が見事だ。
「ッ!?」
僕の気配を察知してか、距離を取りこちらを睨みつける少女。
口元は首に巻かれたマフラーのようなもので見えにくいが、整った顔をしている。
僕が出会ってきた女の子たちの中でも紛れもなくトップクラスに可愛い。
ドキュンと何かを撃ち抜かれた音がした気がした。
「実力はあるみたいですね」
「反復横跳びには自信があるんだ」
「反復横跳び? まあ、いいです。それより、編入生なら学園長の招待状かなにか持っていませんか?」
ああ、そうだ。そういえばあのお爺さんから貰っていた。
「はい」
「……確かに、本物ですね。では、私についてきてください。案内します」
「よろしくね。そういえば、君の名前は?」
「……私は名無しです」
「ナナシさん? いい名前だね」
褒めたつもりだったのだが、睨まれてしまった。
「違います。私は名無しです」
「うん、ナナシさんだよね。あ、イントネーションが違った?」
「……もうそれでいいです」
よく分からないが、ナナシさんに深いため息をつかれてしまった。
ナナシさんに案内されるまま、隠し扉から敷地に入る。
壁を抜けた僕を待っていたのは森だった。
「森を抜ければ校舎が見えます。はぐれないように気を付けてください」
「うん」
走り出すナナシさんを追いかける。
ナナシさんは驚くほど速く、普通に走っては到底追いつけそうにない。
仕方ないので、反復横跳びで追いかけることにした。
もちろん、同じ場所をひたすら往復し続けていた中学時代の僕とは違う。
今の僕には先生のありがたい教えがある。右に3ステップ、左に2ステップでナナシさんを追いかける。
うん、これなら十分追いつける。
ついでにナナシさんの可愛らしい横顔も見れて
しばらくの間、僕に気付かず走っていたナナシさんだったが、不意にこちらに顔を向けてきた。
ぶつかる視線。とりあえず微笑んでみた。
「……ッ。ふざけているんですか?」
ナナシさんの
「真面目だよ」
「真面目な人がサイドステップで移動するとでも? それに、前進しては後退するを繰り返して……バカにしているんですか?」
「本気と書いてマジだよ」
「もういいです。名無しだからといって、舐めないでください」
突然、ナナシさんの速度が上がった。さっきまでとは比べものにならない速さだ。
どうもナナシさんは負けず嫌いらしい。
でも、僕にも反復横跳び好きとしてのプライドがある。そう易々と負けるわけにはいかない。
僕も全力をもってナナシさんを追いかける。
残像を超えた僕をもってしても中々追いつけないほどにナナシさんは早かった。
だけど、森を抜ける頃には僕はナナシさんに追いついていた。
「はぁ、はぁ……ッ!」
「ふう。いい勝負だったね」
善意半分、下心半分だ。
やべ、
手汗を拭いてから、もう一度手を差し伸べる。
だけど、ナナシさんは僕の手をきつく睨んでから一人で立ち上がった。
もしかしてまだ手汗が残っていたのだろうか。
「同情など必要ありません」
「同情じゃなくて善意なんだけどね」
「善意もいりません」
「じゃあ、下心」
ゴミを見るような目を向けられた。
善意もダメなら下心もダメ。じゃあ、どうしたら手を握ってくれるというのか。
「こっちです」
悩む僕を置いてナナシさんは校舎の方へ歩いていく。
校舎は
「あれ? 靴は
校舎にナナシさんが土足のまま入ろうとするので、
「ええ。いざという時を考えれば、上履きと下履きを区別することなど
「確かに」
言われてみればそうだ。
今すぐ逃げなきゃいけないという時に一々上履き下履きなんて考えない。
え、じゃあ上履きってなんのためにあるんだ?
まあいっか。僕が気にすることでもないと思うし。
ナナシさんが案内してくれたのは職員室までだった。
職員室の前まで来ると、ナナシさんは無言でその場を立ち去ろうとする。
「ちょっと待って」
「なんですか?」
どこか嫌そうにナナシさんが振り返る。
なぜだろう。嫌われる要素は無かったと思うんだけどなぁ。
「連絡先交換しない?」
気を取り直して笑顔で提案する。
僕は仲良くしたい人とは積極的に連絡先を交換することに決めたのだ。
僕は忘れない。
編入する時に、クラスメイトの誰からもメッセージが届かなかった
「なぜですか?」
おっと。そう来るとは思わなかった。
「ほら、学園のこととか僕は知らないしさ」
「教師に教えてもらえばいいでしょ」
「本当は仲良くなりたいからなんだ」
「私は仲良くするつもりはありません」
「じゃあ、下心」
「最低ですね」
おかしいな。
インターネットの知識によれば「連絡先交換しよ?」と言えば仲良くなれるという話だったんだけどな。
「まあ、下心は冗談だよ」
「笑えない冗談はやめてください」
「確かに、ナナシさんの言う通りだね」
うーん。ナナシさんのガードは固い。
残念だけど連絡先を交換することは一旦諦めよう。
「まあ、連絡先については交換する気になったら教えてよ」
「ないと思います」
「とりあえず覚えといてよ。ここまで案内してくれてありがとね」
無表情のまま僕に背を向けるナナシさんの姿が見えなくなるまで手を振る。
別れの時に相手を見送ることは大事だ。
別れの時に誰にも見送られないとちょっと寂しいことを僕は知っている。
さて、ナナシさんの姿も見えなくなったことだし、職員室に入るとしよう。
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