第3話

「――キイ。起きろよ」

賢人が少女の肩を叩くと制服のリボンが小さく揺れた。


「あ? あたし、寝ちゃってた」


キイが 教室の外を見ると、薄っすらと暗くなり始めている。

校内では、生徒に下校を促す音楽が流れ始めた。


「よし、これで準備完了だ」賢人が満足そうに言う。


「あんまり怖くないヤツからにしてね」

キイが魔法の杖を 指揮棒のように振り、声を尖らせていた。


賢人が、中学生活 最後の思い出を作ろう、と言い出して聞かなかった。卒業したら国防の為の兵役が決まっている。運動神経の良かった者から順に徴兵される。

そして、キイと将暉は それぞれ違う高校に進学することが決まっていた。


「最初は合わせ鏡の伝説にしよう」将暉が提案してきた。


三人はそれぞれ懐中電灯を手にしている。

将暉はスマートフォンを操作してカメラを回し始めた。


「じゃあ、行こうか」


三人は教室を出て、一階の理科室へ向かった。


放課後の学校には誰もいないはずだけど、念のために静かに歩くことにした。廊下は薄暗くて不気味だった。


理科室の前まで来ると、ドアの隙間から明かりが漏れていた。誰かいるようだ。三人は顔を見合わせた後、違う場所に移動することにした。


「次は音楽室のピアノかな」将暉が言った。

「うん、そうだね」キイが答える。


三人は再び廊下を歩き出した。


「あっ!」キイが声を上げた。

「どうした?」と将暉が聞く。


「……なんでもないよ……」キイは恥ずかしそうに俯いた。

「え?なになに?どうしたの?」賢人が興味津々で尋ねる。


キイは顔を真っ赤にして答えた。「……トイレ行きたくなっただけ」

三人は顔を見合わせて笑った後、職員室の隣にあるトイレに向かって歩き出した。


「そういえば、オレ聞いたことがあるんだ」

「なになに?」

「問題のある生徒を 教頭先生が 魔法で『裏返す』って、ウワサ」


将暉はビデオカメラを回しながら、小さな声で呟いた。

「……なんか嫌な予感するんだけど」

キイと賢人も不安げな表情を浮かべていた。


「大丈夫だって!早く終わらせようぜ!」

賢人はそう言って、理科室の前を通り過ぎる。


「きゃああ!」キイが悲鳴を上げた。


理科室の中では、担任の慎之助先生が倒れていた。


将暉と賢人は慎之助先生の元に駆け寄る。

「え?なにこれ?」キイは混乱していた。


慎之助先生は意識を失っていたが、息はあった。

「救急車呼ばなきゃ!」将暉が言った。

「いや、ちょっと待て」賢人が制止する。


「ねぇ、あそこに落ちてるのって、教頭先生の杖じゃない?」

キイは床に落ちている物に気付いき、さらに顔から血の気が引いていく。


将暉がスマホのカメラを慎之助先生に向けると、録画ボタンを押した。

「おい!やめろって!」賢人が叫んだ瞬間、画面いっぱいにノイズが走った。


次の瞬間には 映像が乱れて 何も映らなくなっていた。


「……あれ?壊れたのかな?」将暉が首を傾げる。

「どうしよう。きっと先生、裏返されちゃったんだよ!」


キイはパニック状態に陥っていた。


「落ち着けって!大丈夫だから!」賢人がキイを宥めようとする。

「……慎之助先生、助けなきゃ」将暉はそう言うと、慎之助に駆け寄った。

「おい!危ないぞ!」賢人が叫ぶ。


将暉は慎之助の体を揺さぶると、声をかけた。

「……先生?大丈夫ですか?」


すると 慎之助は ゆっくりと目を開いた。

「ああ……君たち……」


三人はホッと胸を撫で下ろした。


「先生、大丈夫ですか?」キイが心配そうに尋ねる。

「……ああ……うん」慎之助は力なく答えた。


「良かったぁ……」キイは安堵のため息をついた。


慎之助が窓の外に目をやると、空はすっかり暗くなっていた。

「……君たちも早く帰りなさい」


慎之助が優しく微笑むと、三人は理科室を後にした。


「思い出作りは、また今度だな」


校門を出たところで、賢人が大人びた笑みを浮かべると、将暉は少しこわばった顔をした。二人が何かを企んでいたのかな?――もしそうなら、きっとサプライズがあったのだろう。キイは嬉しくなった。


理科室での出来事は、きっと慎之助先生が二人が用意したサプライズに引っかかってしまったに違いない。そう思い始めていた。



・・・その夜から、将暉のスマホに不審な着信が入るようになった。




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