第18話 死者の墓標

「私はアンナ。あいつらと同じゴーストよ」


ゴースト。


その言葉を聞いた瞬間、私は杖を構えていた。


「ま、まってまって!私は味方よ!」


アンナと名乗ったゴーストは自らの無害性を示すように両手を上げた。


「味方……?」


「ええそうよ。さっきだって助けたじゃない」


「……そうですね。すみませんでした」


私は杖を下ろした。


「よかったわ。信じてくれて」


「聞きたいんですけど、この街ではなにが起こったか分かりますか?」


「そうね。話しましょう、ここで何が起こったのか……」


アンナは話し始めた。


「もう、数十年も前のことよ。この街の領主が、とある禁術を発動させたの」


「禁術?」


「使用を禁じられた魔法だよ。中には国一つを滅ぼしたり、この世界にない生物を呼び出す魔法もある」


「ええ。私たちは禁術によって肉体を失い、自我のない魂だけの状態になった。それは、街中での出来事で分かったでしょう?」


「でも……どうしてアンナさんは無事だったんですか?」


「こう見えて私はあなたたちと同じ魔法使いだったのよ。だから魔法の発動を察知して、なんとか自我を守ることに成功したの。……まあ、肉体から追い出されたのには変わりないし、夫も守れなかったんだけど」


「夫?」


「私にも夫がいたの。……でも、彼も他の住民と同じ、心のない抜け殻となってしまった」


アンナはドアを開けると、「こっちに来て」と言った。


私たちは彼女についていく。


他の部屋につくと、アンナは極力音を立てないように注意しながらドアを開く。


中にいたのは、一人の男だった。


肌は透け、青白く、その目には生気がない。


彼は私たちに気づく様子もなく、力なくイスに座っていた。


「あれが今の私の夫、アイン。何も考えることもできない伽藍洞がらんどうの生きるしかばね


アンナは悔しさに手の平を強く握る。


「もう、あんな彼を見たくない……」


「方法ならあります」


私の言葉に、アンナは目を見開いた。


「え?」


「これだけの禁術。今も術者がいなければ成立しない」


「つまり、術者である領主を倒せば、夫も、住民も魂の束縛から解放させることができる?」


「ええ。とはいったものの、ゴーストに魔法は効きづらい」


「で、でもテティアさんはゴーストの手を吹き飛ばしたじゃないですか」


「ああ、浄化魔法ね」


「浄化魔法?」


「浄化魔法は魔を払う魔法だ。ゴーストくらいなら消滅できるだろうね。……でも魔の存在そのものである魔族が使えば、それなりの跳ね返りも来てしまう」


私は今は治した自分の腕を見る。


「腕一本持っていくだけであれだ。それをあの数相手に使えば、私も死んでしまうかもしれない」


「そんな……」


「だ、だったら私が覚えれば!」


「リーリアは魔導書を壊されてて魔法自体使えないでしょ。それに、まだ魔力のコントロールも未熟だ。試し運転で近くにいた私が重症負ったんじゃ話にもならない」


「……ちょっと待って。あなた、魔族だったの?」


アンナの瞳に不信感が宿った。


正体は隠したかったが、こうなってはしょうがないか。


「ええ」


私は帽子と腕輪を外した。


マーリンのかけた魔法が解け、隠されていた角が現れる。


「見ての通り、私は魔族です。でも、あなたに危害を加える意思はありません」


「ふーん。……ねえ、そこのあなたも魔族なの?」


アンナはリーリアの方を見た。


「ち、違います」


「そう。……なら信じるわ。魔族が人間とつるんでるなんて普通じゃないもの」


「まあ、私が異端なだけだと思います」


「とはいえ、どうするの?ゴーストに有効な魔法が使えないんじゃ、あの大軍をかいくぐって領主の元なんてたどり着けないわ」


「安心してください。ゴーストの対策なら当然とってます」


私は手に持ったカバンを地面に置き、中身を開いた。


「聖水をつくります」


「聖水?」


「聖水はゴーストを払うアイテム。聖水は中級以上の薬草、妖精の鱗粉、太陽光を豊富に吸い込んだ大樹の樹液、それらを火にかけた鍋の水に入れてかき混ぜる」


「料理!?」


「調合なんてこんなもんだよ。……しかし、暗いな」


霧に覆われていて太陽の光が届かない。


手元が狂うかもしれない。


「明かりをつけようか『ライ――」


「あ!」


アンナが突然声を上げた。


「どうしたんですか?」


「ご、ごめんなさい。ちょっと外に出て見張りをしてるわね」


そう言ってアンナは部屋を出た。


「どうしたんでしょう?」


「さあ……」


私はアンナの行為に疑問を覚えながらも聖水の調合作業を続けた。


しばらくの時間かき混ぜた後。


「よし、均一にいきわたってるね」


「あんまり聖水って感じしないんですけど」


「ひとつ足りないからね。聖水は魔法使いの生き血を入れることで完成する」


ナイフで腕を切る。


少しの痛みとともに垂れた血を鍋に入れた。


すると、鍋の水が輝きだした。


「これが……聖水」


「量は二人分。一つは私が。もう一つはリーリアが持ってて」


「分かりました。……では、これから行くんですか?」


「そうしたいところだけど、やるなら万全の状態にしたい。幸い一日分の食料はあるし、明日にしよう」


▲▽▲


夜。


リーリアが寝ている中、私は起きていた。


コンコン。


「アンナよ」


ノックをして入ってきたのはアンナだった。


「ゴーストなんですから透過して入ってくればよかったのに……」


「敵かと思われて聖水をかけられたらたまったものじゃないですもの」


「そうですね……」


確かにその通りだ。


「あなたは寝ないの?」


「ええ。敵襲があるかもしれないですから」


「用心深いのね」


「旅をする上で不注意は命取りですから」


「そうね……」


「それで、どうしたんですか?」


「いえね。少し聞きたいことがあったのよ」


「聞きたいこと?」


「ええ。……あなたたち魔族って、一定の時から年を取らない不老の存在でしょ?長い時を生きる中で、いつかはあなたの大切な人は死んでしまう。そうなった時、あなたはどうする?」


う~ん、唐突だな。


でも、自然と答えは決まっていた。


「どうもしないです。別れることは悲しいけれど、弔って、あの世で元気にやっててほしいと願います」


「そう……」


一瞬だけ、彼女はさみし気な表情を見せた。


「変なこと聞いたわね。忘れてちょうだい」


そう言って、アンナは部屋を出た。


▲▽▲


翌日。


「聖水の準備はいい?」


「「はいっ」」


「それじゃあ。今からこの家のドアを館近くにつなげるわ。領主は館の最上階突き当りにいるの。戦闘の参加は……ごめんなさい。私はいけないわ」


「どうしてですか?」


「私は自我を保つことに魔力の大半を使っているの。できるのは精々この家を他の地点につなげるくらい」


「そうですか……」


ならば仕方ないか。


「分かりました。必ず領主を倒して、あなたたちを解放します」


「ええ。期待しているわ」


そうして、私とリーリアはドアを潜った。


▲▽▲


ドアを潜った後、私たちは館に侵入することができた。


ゴーストに極力見つからないよう隠れながら移動していたが、やはり数が多く見つかってしまう。


しかし、今の私たちには聖水がある。


「ギャアアアアアア!!!」


聖水をかけられた瞬間、ゴーストは断末魔を上げ消滅した。


「こんな少量で大丈夫なんですね」


「うん。でも数に限りがあるから気を付けてね。ゴーストは極力私が倒すから、リーリアはいざという時まで取っておいて」


「はい!」


聖水のおかげもあってか、困ることなく最上階まで進むことができた。


「開けるよ」


ギイイ……


軋む音とともに扉が開かれる。


そして、開かれた中の光景に、私は絶句した。


「なっ……!」


中には領主のゴーストはいなかった。


そこにあるのは領主らしき風化しかけた骨しかなかったのだ。


「ありがとうね。騙されてくれて」


「ッ!」


後ろを向く。


そこには、いつの間にかアンナが立っていた。


いや、それだけではない。


彼女の周りにはゴーストがおり、彼女はそれらをはべらせていた。


「これは……どういうことですか?」


「あなたたちを騙すための罠に決まってるじゃない。確実に仕留めるための、ね」


「どうしてこんなことを?」


「あなたたちが私たちの楽園を壊すからよ」


「楽園?」


「ええ。私たちは死ぬことなく、永遠に生きていける。誰とも死に別れることのない素晴らしい世界。……でもそれを生者であるあなたたちに知られてしまった。なら、口封じをするのはとうぜんでしょう?」


「で、でも、アンナさんは私たちを助けてくれたじゃないですか!」


「リーリアの言うとおりです。私たちを殺すためだけなら、こんな周りくどい真似しなくてすんだはずです」


私の質問に、アンナは答える。


「知りたかったのよ。テティア、あなたが大切な人を亡くしたとき、私と同じ選択をするのか」


――長い時を生きる中で、いつかはあなたの大切な人は死んでしまう。そうなった時、あなたはどうする?


私は彼女の言葉から、前夜問われたことを思い出す。


「もしかしてこんなことを仕出かしたのは、アインさんのためですか?」


「ええ、そうよ」


アンナは目を伏せ、言う。


「私の夫はね、不治の病にかかっていたのよ。それを知った時ショックだったわ。もう彼とは一緒に過ごすことも、傍にいることもできないってね。だから、私は禁術を使い、彼の魂をこの世に留まらせた。たとえ彼の自我がないとしても、私のそばにいるだけで満足よ。……それでもあなたは、私の選択を否定するの?」


「そうですね」


きっぱりと、私は切り捨てた。


「……そう、所詮は魔族ということね。なら、あなたの目の前でその子を八つ裂きにしてやるわ!」


リーリアの背後からゴーストが現れる。


「キャッ!」


パリン


ゴーストはリーリアの持っていた聖水のビンを破壊した。


「この!」


私はとっさにてに持った聖水をかける。


ゴーストを消滅させることができるが、私の聖水は底を尽きてしまった。


「クッ……」


「彼女のために自分だけ聖水を使い続けたことが仇になったわね。さあ、聖水なしに私とこのゴーストの大軍をどうするの?自滅覚悟で浄化魔法を唱える?それとも全魔力を放出して殲滅することに賭ける?……まあ、どっちにせよ私には届かないでしょうね」


アンナは私たちに手を差し出した。


「最後のチャンスよ。私に寝返らない?そうすれば、あなたたちもゴーストとして永遠の生を手に入れられるわよ」


「けっこうです」


「……強情ね。死んでも誇りは守るってこと?」


「違いますよ。私にはまだ、打つ手が残ってるってことです」


「なんですって?」


私の言葉にアンナは眉をひそめる。


私は手の平を天に掲げ、ある魔法を詠唱した。


「『ライト』」


「「「アアアアアアアアアアアア!!!!!!」」」


私の手の平に光の球体が出現した瞬間、ゴーストの身が焼かれだした。


「な、んで……なんで!」


アンナは光で焼かれた顔を向け、


「私たちの弱点が、強光だと分かったの!?」


「おかしいと思ったんです。霧がかかっていること。魂を縛る禁術にはこんな霧は発生しない。それに光を出そうとした瞬間、あなたは焦った。正直賭けだったけど、良かった。うまくいって」


「き、さまぁぁぁぁぁッッッ!!!!!!!」


アンナは体を焼かれながらこちらへ迫った。


「テティアさん!」


「大丈夫だよ」


聖水はもうないが、今の彼女相手ならイケる。


「我が魔力を糧に彼の者を爆炎にて吹き飛ばせ、『エクスプロージョン』!」


私の手の平から爆発が起こる。


爆発は館もろともアンナたちを吹き飛ばした。


▲▽▲


爆発の煙が晴れる。


ゴーストは光に焼かれ、チリとなって消えていた。


しかしアンナは下半身が消しとんでいたが、まだそこに存在していた。


「そんな……まだ、生きて……」


「いや、もう助からないよ」


テティアの言葉にリーリアはどういうことかと思ったがすぐに気づく。


アンナの体は粒子となって消えてなくなっていた。


「どうして……分かってくれないの……?」


アンナは顔を悲痛に歪める。


「大切な人とともに過ごしたい……ただ、それだけなのに……」


「あなたの気持ちは分かります。誰だって、大切な人との別れなんて望まないないでしょう」


リーリアも沈痛の面持ちで頷く。


「なら!」


「けど、アインさんはあなたの大切な人はそんなこと望まなかったはずです」


「——————」


その言葉に、アンナは心の奥底に封印していた生前の記憶の一部が蘇った。


それはアインがまだ生きていた……いや、病床に伏せ、息を引き取る間際の時だった。


『君と出会えて、よかった……』


彼の顔は病気に苦しみながらも幸福に満ちたものだった。


――ああ、やっと気づいた。


私のやったことはただの自己満足。


彼の思いを踏みにじるものだったのだ。


「そう……ね……」


その言葉を最期に、アンナは粒子となって消えた。


術者である彼女が消えたことで、霧が晴れ、街を徘徊していたゴーストも成仏した。


▲▽▲


「リーリアは休んでてもいいのに」


「やらせてください。私も部外者じゃないんですから」


「……そうだね」


私たちはアンナとアインの私物を埋めた。


そこに簡易的な墓標を作る。


あの世というものがあるのかは分からない。


だけど、もしあるのなら、あの二人が再会できることを願い、手を合わせるのだった。


――――――――――――――――――――


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