第37話 宴

「それじゃ、姉妹の再会を祝って……かんぱぁぁい!!!」


 ドレイクは樽ジョッキを掲げ、叫んだ。


 現在は私たちがいるのは街一番の酒場と呼ばれる黒猫亭を貸し切り、そこで宴を開いていた。


「まったく、ドレイクの飲み好きにも困ったものだね」


 イアンはハァ……とため息をつき、樽ジョッキに注がれたエールを飲んだ。


「そんなん言うなって!めでてぇことなんだからよ!」


 ドレイクはイアンに肩を組んだ。


「酒くさ!離れろ!」


 なんて、勇者どうしのどんちゃん騒ぎが起こる。


「これがお酒……ですか……」


 リーリアは興味津々にお酒を見つめる。


「リーリアは飲んじゃダメだよ」


「わ、分かってますよ!」


 リーリアはそう言うが、本当に分かってるのだろうか?


「いいじゃんいいじゃん。今日くらいは」


 もう酔っぱらったのか、顔をまっ赤にしたドレイクが絡んできた。


「ダメだよ。僕の目の黒い内はそんな非行させません」


 マーリンが制止させる。


 それに対し、ドレイクは「ちぇ~」と悪態をつく。


「そのくせ子供二人で旅させてんのかよ。……そういえばお前たちっていくつなの?」


私「14です」


リーリア「15です」


「若っか!え!?そんな年で旅してんの!?危なくない!?」


「なに言ってんの。僕たちだって魔王の討伐に向かった年は彼女たちよりも年下だったでしょ」


 マーリンはちびちびと酒を飲むクレアを指さした。


「特にクレアは最年少の10歳だ」


「あー、そうだったな」


 ドレイクは思い出したように呟く。


 そんなドレイクに、リーリアはおずおずと手を挙げて質問した。


「あの、お姉ちゃんの勇者時代ってどんな感じでした?」


「あいつはねぇ、すげえピリついてたよ。初対面の時に、『私はあなたたちとなれ合う気はない』って言ったんだから。……けど、次第に丸くなっていって、最終的には俺たちを引っ張るリーダーになってたよ」


「ちょっ、昔の話はやめてよ」


「ハハハッ。いいじゃないか、もう昔のことなんだし」


 楽しげに笑うマーリンをクレアはジト目で睨む。


「そういう貴方も昔は馴れ合いを好まない一匹おおかみだったじゃない」


「ブフッ!」


 まさかの飛び火にマーリンは噴き出した。


「そ……そうだったけ……?」


 冷や汗をだらだらと垂らすマーリン。


 ああ、そういえばエルフの長老もそんなこと言ってたな。


 そう思いつつ、私はジュースを飲んだ。


……あれ?なんか変な味だな


「そういえばよ……これからお前のことどう呼べばいいんだ?やっぱ本名のリーファか?」


 ジュースの味に違和感を覚えつつも、ドレイクの質問にその想いはすぐに吹き飛んだ。


「リーファでもクレアでも、好きに呼べばいい。けど、勇者として活動している時はクレアのほうがいいかな」


「……なんか面倒だな」


「じゃあ今まで通りクレアでいいでしょ」


 せっかく答えたのに乗り気でないドレイクとマーリンに、クレアはこめかみに青筋を浮かべた。


「あんたたちね……。間違えても本名で読んだらぶっ飛ばすから。……あれ?私のお酒は?」


「飲んだこと忘れちゃっただけなんじゃないか?」


「貴方じゃないんだからそんなわけ……あ、それ……」


「え?」


クレアは右隣に座っていた私……いや、厳密には手に持っていた樽ジョッキを指さした。


……まさか、変な味がしたのはアルコールが入ってたからなんじゃ


 そう気づいた時には遅かった。


 次の瞬間、意識が反転して私はテーブルに倒れた。


▲▽▲


「うう……」


 うめき声をあげつつ、重いまぶたが開かれる。


 最初に目に映ったのは、見知らぬ天井だった。


「あ、起きた?」


 声のした方向に目を向けると、マーリンがいた。


「えーと……なにがありましたっけ?」


 いや、思い出してきた。


 私は確かクレアのお酒を間違えて飲み、倒れたんだった。


「気分はどう?」


「少し頭がボーッ、としますが大丈夫です」


「まさか君があそこまでお酒に弱いなんてね。下手すれば命にかかわるから、大人になっても飲まないようにね」


「わかりました。……それで、師匠だけなんでいるんですか?」


 普通はここはリーリアかと思ったんだが。


「いやね。君に聞きたいことがあったんだ」


「私に?」


「ああ。……テティア、君は何か隠しているだろ?」


「……!」


 図星を突かれ、私は思わず目を見開いてしまった。


「やっぱり……分かっちゃいますか」


「僕は君の師匠だからね。弟子の変化くらい分かるよ。……それで、いったいなにがあったんだい」


「ちょっと、待っててください」


 私はベッドから降りた。


 少し足取りがおぼつかないが、歩けないほどじゃない。


 私は荷物の中から日誌を引っ張り出した。


「これは?」


「幹部の一人メフィストの日誌です。ここに、私の出生が書かれていると奴は言ってました」


「……」


 マーリンは日誌をパラパラとめくり、内容を確かめる。


「なるほどね……魔王の子か……」


「メフィスト……奴はイカレてはいるが的外れなことは言わない。その奴が言うんだ。間違ってるってことはないんだろう」


「そうですか……」


「テティア、仮にだ。仮に君の本当の父親が魔王として、仇である僕たち勇者を……人間を憎んでいるか?」


「いいえ」


 きっぱりと、私は言った。


「仮にそうだったとして、私の父親はあの人と師匠です」


「そうか。……なら、この話は忘れるよ」


「え?」


「だってそうだろう?復讐の連鎖はなく、魔王の意思を受け継ぐ者は存在しない。ここにいるのは、テティアという一人の少女なんだから」


「…………!」


 私はなにを気にしていたんだろう。

 そうだ、本当の親が誰かなんて関係ない。


 魚の骨のように引っかかっていた胸のつっかえが、取れるのを感じた。


「ありがとうございます」


「?なにがだい?」


「いえ、なんでもないです」


 私はフルフルと首を振った。


「それじゃ、みんなのところに戻ろうか」


「はいっ」


 そうして私たちは、皆が楽しむ宴に戻るのだった。


▲▽▲


「ふぅ……」


 夜。


 用を足した後、私は部屋に戻ろうとした。


 部屋に向かうための曲がり角を曲がろうとした時、私は気づく。


 リーリアの部屋の前に、クレアの姿があるのを。


「ッ!」


 思わず隠れる。


 ヒョコッとクレアに気づかれないよう頭だけを出す。


――どうしてクレアさんがここに……?


 私の疑問をよそに、クレアは部屋のドアを叩いた。


「んん……誰ですか?……て、お姉ちゃん?」


「リーリア、ちょっといい?」


「はい?大丈夫ですけど、どうしたんですか?」


「ちょっと話があってね」


 クレアはそこで、いっぱく置く。


 そして、覚悟を決めると、言った。


「ねえリーリア。よかったら、また私と暮らさない?」


――――――――――――――――――――

次回最終回!


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