第36話 勇者の過去

 時間は少し遡る。


「く……!」


 クレアは歯嚙みしてマーリンたちを睨む。


 今、クレアは木の幹で拘束され、身動きがとれない状態になっていた。


「なんで!?なんで神器の権能が使えないの!?」


「今の君に権能が使えるわけないだろ?」


「まあ、それでも捕まえるのに苦労したな」


「ん……」


 ドレイクは頭からダラダラと血を流しながら苦笑した。

 イアンもドレイクほどではないが腕から血を流している。


「気になったんだけど、どうしてあんなに怒ってたんだい?彼女……リーリア君とはもう姉妹でもなんでもないんだろ?」


「黙れ!あなたには関係ない!」


「そうか……。なら、仕方ないね」


 マーリンはクレアの頭に触れた。


「な、なにをする……。やめろ……やめろぉぉぉぉぉ!!!」


「『サーチ』」


「…………ア」


 マーリンの詠唱とともに、クレアは気を失った。


▲▽▲


 時は戻り、現在。


「マーリン……と、それは……」


 マーリンに抱えられて眠るクレアの姿。


「さっき彼女の記憶を覗いたんだ。それで、興味深いことが分かってね」


「興味深いこと?」


「それは、リーリア君が直接見た方がいいと思うよ」


「え?」


「彼女の記憶に君の意識を潜り込ませる。そうすれば、言葉で伝えるより鮮明に知ることが可能になるよ」


 マーリンの言葉に、リーリアはごくり、と唾を飲み込んだ。


 そして、覚悟を決めるように言った。


「お願いします。お姉ちゃんの記憶を、私に見せてください」


「それじゃあ、私も一緒に見ます」


「テティアさん……」


「言ったでしょ、私が支えるって。なら、私も知らなきゃならない」


「……分かった。それじゃ君たちの意識を、クレアの記憶に送る」


マーリンは私とリーリアの頭に手を置いた。


「潜り込んでるうちは体は精神と切り離されて動かせないから、その辺は注意しといてね」


「「はい」」


「それじゃ、『インべイジョン』!」


その瞬間、私とリーリアの精神は体から切り離された。


▲▽▲


「うう……」


 眩い光が瞼越しに目を差す。


 ゆっくりと、目が焼かれないように気を付けながら目を開けた。


「ここは……」


 目を開けてすぐ目に入ったのは家だった。


「うう……ん……」


 リーリアも目を覚ます。


「あれ?ここは……?」


「どうやら侵入に成功したようだね」


 私は家の周りをキョロキョロと見回す。


「『ウォーターショット』!」


 家の外から少女の声が響く。


 窓から覗いてみると、木にぶら下げられた的を魔法で射抜く少女の姿があった。


 その少女の姿はまだ幼いながらも見覚えがあった。


 彼女はクレア……いや、リーファだ。


「あれは……」


 私は窓に手をつこうとした。


 しかし、透けて家の外に出る。


「え!?」


 たたらを踏みながらも、私はなんとか転ばずにすむことができた。


「これは……」


「どうなってるんですか。私たちの体、物を通り抜けますよ」


 リーリアも壁をすり抜けやって来る。


「うん。それに彼女、私たちの存在に気づいてない」


 そう言えば、マーリンが言っていた。


 記憶に潜り込ませると。


 これはクレアの記憶を私たちが入り込んで見ている状態ということか。


 そして、本来異物である私たちはこの記憶には干渉できないし、知られることもないのか。


「リーファ、頑張ってるわね」


 声とともに家の中から女性が現れる。


 その女性の腕には、赤髪の赤子が抱きかかえられていた。


「私……?」


 やっぱり、あの赤子はリーリアか。


「お母さん!」


「もう日も暮れて来たし、そろそろ家に戻りなさい。お父さんもそろそろ帰って来るから」


「は~い!」


 そこに映るのは、絵に描いたような家族団欒だった。


 父と母との談笑。暖かい食事。

 満面に微笑むリーファの姿はただの村娘のようで、あの剣の勇者とのイメージがまるで一致しなかった。


「私そろそろリーリアを寝かしに行くね」


 赤子のリーリアを寝かせに部屋に戻る。


「ふふ、ほんとにかわいい」


 幸せそうに眠るリーリアの頬を、リーファは優しくつつく。


 その時だった。

 

 ドガァァン!!!


 突如、家のドアが爆発した。


「な、なに!?」


 リーファは部屋から急いで出た。


 土煙の中から、何者かが姿を表す。


 頭から伸びた異形の角……魔族だ。


 魔族は手に持っていた持っていたボールのようなものをリーファの前に転がす。


「……ッ!」


 その正体に気づき、息を飲む。


 それは、リーファの父親と母親の生首だった。


「き、さまぁぁぁぁぁッッッ!!!!!!」


 リーファは目を血走ったように見開き、獣のごとき、叫びを上げる。


 そして怒りのままに、彼女は手に持っていた魔導書を開いた。


「『ヘルフレイム』!」


 リーファの手の平から放たれた地獄の業火が、魔族を骨の髄まで焼き尽くした。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 家の外から騒音、悲鳴が聞こえる。


「いったい……なにが起こってるの……?」


 両親が殺されたことを悼む暇もなく、リーファはリーリアを抱え外に出た。


 外は、地獄の光景となっていた。

 

 村は火に包まれ、そこに住む村人たちが逃げ惑う。


 逃げる村人たちは、魔族により一人、また一人と殺されていった。


「なんで……魔族なんかが……この村に……」


「リーファ!」


 リーファに向け、青年の声が届く。


 彼女が振り返ると、青年が息を切らしながら走ってきていた。


「ザラさん!」


 ザラと呼ばれた青年はリーファの肩に手を置いた。


「無事か!?父さんと母さんはどうした!?」


「お父さんとお母さんは……死にました……」


「そう、か……」


 つんざくような破砕音が、リーファの後ろで鳴り響いた。


「しねぇぇぇぇぇ!!!」


 魔族がその手に持った炎の剣を振るう。


 剣がリーファに届く寸前、地面から生え出た氷山が魔族を消し飛ばした。


「ザラさん。リーリアを頼みます」


 リーファはそう言ってザラにまだ赤ん坊である彼女を預けた。


「お、おい!」


 ザラはリーファを止めるべく手を伸ばす。


 しかし、そのては届くことはなく、彼女は走り出した。


「アアアアアアアアッッッ!!!」


 その戦いは壮絶なものだった。


 まるで、自分の命をこの戦いに全て注ぎ込むかのごとき形相。


 許容量を超えた魔法行使により手足が焼け焦げ、魔族の振るう斬撃や魔法がリーファの体を貫く。


 しかしリーファは魔族を一人、また一人と屠っていった。


 そしていつしか、リーリアは気を失ったのか記憶は暗転し、舞台は移り変わった。


 そして、ザラの家でリーファが起きたところで再開した。


「ここ、は……」


「リーファ!起きたか!」


「リーリアは……村の人たちは……どうなりましたか?」


「リーリアは無事だ。今はぐっすり眠ってるよ。魔族もお前のおかげで撤退した。だが……村の者たちは、半数以上が亡くなった」


「そう……ですか……」


 リーファはザラの言葉を聞くと、再び顔を仰向けにした。


「私が、もっと強かったら……」


 リーファは悔しさに歯嚙みし、その瞳には涙がにじんでいた。


「リーファ……」


 コンコン


 突如、家のドアがノックされる。


「誰だこんな時に」


 ザラはそう呟いてドアを開けた。


 ドアをノックした人物、それは鎧を着た男だった。


 彼の後ろには同じ鎧を着た屈強な男たちが立っている。


「失礼する」


 先頭にいる男はそう言うと一礼した。


「あなたたちは……」


「私たちは王都ファレッティアの騎士団だ」


「……騎士団がなんの用ですか。見ての通り、村は魔族に襲われ、半壊しました。遅れてきて、いまさら何を」


「それについては申し訳ない。だが、事は一刻を争うのだ」


「なんですと?」


に相応しい者がこの村から見つかった」


 男はそう言うと、後ろに控えていた騎士の一人に何かを持ってくるよう指示を出した。


 少しして、一人の騎士が黄金に輝く宝剣を男に手渡す。


「この神器カリバーンがこの村の、この家を差し示した」


「なら、それは間違ってますね」


 ベットから起き上がるリーファ。


「ここにいるのは、非力な村長と赤ん坊、そして、私のような瀕死の魔導士しかいませんから」


「リーファ!」


「神器の言葉が間違ってるだと?小娘、子供だからとタダで済むと思うなよ」


 男はリーファに近寄る。


 その時、神器がリーファに反応するように光りだした。


「これは!」


 男は驚きに目を見開いた。

 そして、神器とリーファを交互に見る。


「まさか……神器が、この魔導士の子供を勇者として認めたということか!」


 男はそれに気がついた瞬間、リーファに向け片膝をつき、頭を下げた。


「お前たち何してる!勇者様の前だぞ!」


「「「は、はい!」」」


 男の一声に、他の騎士たちも片膝をつき、平伏した。


「勇者様!先程の無礼をお許しください!どうか勇者として、魔王を倒してください!」


「……一つ聞かせてください」


「な、なんでしょうか!?」


「魔王を倒せば、世界は平和になりますか?」


「もちろんでございます!魔王を倒せば、このような悲劇は起こらないでしょう!」


「そうですか……」


 リーファは静かに目を閉じ、


「分かりました」


 リーファは目を開き、言った。


「勇者として戦い、魔王を討ち果たします」


▲▽▲


 翌日。


 リーファは体を動かせる程度まで騎士団の魔法使いに傷を回復させた。


 そして、リーファは村を出る。


 魔導書を手放し、その手に剣を携えて。


「ザラさん。リーリアには私は死んだと伝えてください」


「そんな!どうしてだ!」


「私は魔王との戦いで命を落とすかもしれません。仮に生き残ったとしても、魔族が勇者の親族を野放しなんてしませんから」


「……!わかった……」


 ザラは下唇をかみ、苦しげに了承する。


「ありがとうございます」


 リーファはザラに抱えられているリーリアの頬にふれた。


「リーリア、あなたは普通の人として、幸せに生きなさい」


 それを境に、風景は終了した。


 そして、辺りは暗闇に包まれる。


「どうやら、記憶はここで終了のようだね」


「私……バカです……」


「え?」


見ると、リーリアはポロポロと涙を流す。


「お姉ちゃんは私を愛していた。私を守るために、遠ざけようとしたんだ……。なのに私は、自分勝手にその思いを踏みにじって、自分だけ傷ついた……」


「違うよ、リーリア」


「……え?」


「お姉さんはあなたに会えてうれしかったはずだよ。自分の選択を悔やまないで」


「――――!はい……!」


 リーリアは涙を目尻に貯め、にっこりと微笑んだ。


 それを最後に、記憶の旅路は終わった。


▲▽▲


「う、う……ん……」


 私は目を覚ました。


 リーリアとクレアも目を覚ます。


「見たの。私の記憶を」


「はい」


「……!余計なことを!」


 マーリンを睨み付けた。


 だが、当の本人は素知らぬ顔でそっぽを向いた。


「お姉ちゃん!」


 リーリアはクレアに抱き着いた。


「ッ!離れろ!」


「イヤです!」


 離そうとするが、彼女は頑として拒んだ。


「リーリア……」


「クレアさん。あなたがリーリアに冷たい態度をとった理由は分かってます。リーリアに嫌われてでも、魔族に親族であることを悟られないためですよね?」


「そうだ……。だから、この子には私の手の届かない場所で幸せに暮らしてほしかった。なのに、それがこんな!」


「その気持ちは分かります。……でも、近くで守るという手段もあったでしょう?」


「それは……」


「もう魔王との戦いは終わったんです。いい加減、自分の気持ちに正直になってもよろしいのではないでしょうか」


「…………!」


 私の言葉に、クレアは目を見開く。


 そして、クレアはリーリアを強く抱きしめた。


「ごめん、リーリア。ほんとは……ほんとはずっと、会いたかった……」


「お姉ちゃん……!お姉ちゃん……!」


 かくして、かつて生き別れた姉妹は再会を果たしたのだった。


――――――――――――――――――――


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