第35話 剣の勇者クレア
あの後、マーリン、ドレイク、イアンの魔力をたどり、私たちはダンジョンを進んだ。
彼らと合流した時、日誌のことは話さなかった。
マーリンはともかく、他の勇者に知られたら混乱を招くと思ったからだ。
そうして、セレスティアに戻った私たちは教皇たちを引き連れ、王都ファレッティアに向かった。
「君たちが戦った幹部はどうだった?」
「まあまあだったな。……ところで、なんでこいつらも着いてきてるんだ?」
ちら、とドレイクは私たちを見た。
マーリンはリーリアの方を見ながら答える。
「それがね。そこの
「ふ~ん」
ドレイクはリーリアの顔を見る。
「クレアの妹ね……。確かに顔は少し似てるが、あいつに妹がいるなんて話聞いたことないぞ。……イアン、お前は聞いたか?お前クレアと仲良かったろ」
「そんな話聞いてない」
話を振られた弓の勇者イアンはそう言って首を横に振った。
「イアンさんはクレアさんと仲がよかったんですか?」
「こいつらに比べればね。けど、クレアは過去のことを話さなかったからね。なにも知らないよ」
「そうですか……」
「まあ、それは直接聞けばいいよ。……あ、ほら見えて来たよ」
マーリンが指をさした方向を見ると、大きな白亜の城を構えた都が見えた。
「ここが王都ファレッティア。僕たちが魔王討伐に旅立った地にして、現在拠点にしている場所だ」
▲▽▲
「「「勇者様が帰ってきたぞー!」」」
中に入った瞬間、国民たちが待ち構えていたように顔を出した。
さすがは世界を救った英雄というべきか。
とんでもない祝福ようだ。
「勇者様、お疲れ様です」
騎士団が頭を下げ、その場でひざまずく。
「そちらこそおつかれ。ところで、クレアは帰ってる?」
「剣の勇者様は一足先に国王に会いに行ってます」
「そうか。報告ご苦労」
「いいえ、勇者様の役に立てて光栄です」
そうやって会話をした後、騎士団はマーリンたちを見送った。
「じゃ、君たちも城へ行こうか」
▲▽▲
「あの、私たちって城に入れるんですか?」
城の前にて、私はそう質問した。
「本来なら君たちは城には入れないんだけど、僕たちの同行者って名目で入ることができる」
「なるほど……」
その時、城から女性が出てくる。
リーリアと同じ赤い髪、顔は似ているが彼女と違い大人びた印象を受ける。
さらに腰に差した剣は、普通の物と異なる魔力を放っていた。
「おっと、タイミングがよかったね。あれが剣の勇者、クレアだ」
やはり彼女か。
「おーい、クレア」
マーリンが手を振る。
すると、クレアが気づいた。
「マーリン?それと……」
クレアは目を動かしてドレイク、イアンを見た。
そして、リーリアに目を向けた瞬間、目を見開いた。
「あなたは……」
「その声……やっぱり、お姉ちゃん?」
「…………」
「ねえ、答えてよ。お姉ちゃ……」
「違う」
短く発せられた2文字。
それにははっきりと、拒絶の意志が宿っていた。
「今の私は、剣の勇者クレア。あなたの姉じゃ……ない」
「どういうこと?意地悪はやめてよ」
パシン
リーリアの伸ばした手を、クレアは弾く。
「しつこい。今の私は新しい人生を歩んでるんだよ。あなたの姉、リーファはあの時、あの場所でもう死んだんだ」
「…………!」
リーリアはショックを受けたように目を見開いた。
その瞳から涙がこぼれ落ちる。
「私……お姉ちゃんにずっと会いたかったんだよ?なのに、こんなのひどいよ……!」
リーリアは私たちに背を向け、走り去ってしまった。
「リーリア!……あなた、なんであんなこと――」
私は問い詰めるが、剣を振るった。
「ッ!」
私はとっさに後ろに避けて斬撃をかわした。
「お前か。リーリアをこの場に連れてきたのは」
クレアの体から漏れ出る殺気。
ゾッ、と私の背筋が凍りつく。
まるで全身から針で貫かれたような、そんな想像をさせた。
「あーもう。周りに見られたらどうすんの」
マーリンは私とクレアの間に割って入る。
そして、マーリンは神器を取り出すと、カツン、と地面を付いた。
「『一般市民は僕たちの存在を認識できなくなる』」
マーリンの呟きと同時に、彼の魔力が王都全土に広がった。
私たちには分からないが、これでみんなからは見えないようだ。
「どいてマーリン。私は今、そいつと話してるの」
「そんな殺気放ってる人が話し合いなんてできるわけないでしょ」
マーリンは冷静にそう諭した。
「同意だな」
「クレア。君は少し頭を冷やすべきだ」
ドレイク、イアンもマーリンについた。
ちらり、とマーリンは私を見る。
「テティア、君はリーリアを追え。あの馬鹿姉は僕たちが何とかする」
「ありがとうございます。行くよ、フェイ」
「アォン!」
私とフェイはリーリアを追うため、その場を走り去った。
「どけええええええ!!!」
私の後ろから憎悪の雄叫びが響き渡る。
直後、爆発が起こり、勇者どうしの戦いが始まることとなった。。
▲▽▲
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……」
探してはみたもの、困ったことが起きた。
リーリアがどこにいるのか分からないのだ。
本来なら彼女の魔力を探れば一発なのだが、マーリンたちがドンパチ戦っているせいで周囲の魔力が乱れ、魔力感知がうまくいかない。
「まったく、どこに行ったのやら……」
そう言いながらも、冷や汗が頬を伝う。
今の彼女の精神状態ではなにをしでかすか分からない。
もしかしたら自らの命を……
「アォン!」
嫌な想像をしそうになった時、フェイが吠えた。
「フェイ?どうしたの?」
フェイは地面に鼻を近づけ、スンスンと何か嗅いでいた。
そして、左斜め前の方を見て一吠えする。
「もしかして……リーリアがどこにいるか分かるの?」
「アォン!!」
「そっか……じゃあ、道案内頼むよ!」
先を行くフェイに、私はついていった。
▲▽▲
フェイについていった先、建物の隅でうなだれるリーリアの姿があった。
「やっと見つけた」
「テティアさん……」
どうしてここにいるのが分かったんだ、といわんばかりにリーリアは驚きに目を丸くした。
「ごめん、リーリア!」
私は頭を下げる。
「えっ!?」
「私がお姉さんに会いに行こうなんて言わなければ、あなたがこんな思いせずに済んだはずだ。本当にごめん」
「い、いえ!いいんです!お姉ちゃんが生きていたことは事実なんです。それは本当に、心からうれしく思いました」
「……そう」
よかった。あまり引きずってないようだ。
「ああ……でも……」
ポロ……とリーリアの瞳から涙がこぼれ落ちる。
「叶うならあんなこと言ってほしくなかった……私の手を取って、抱きしめてほしかった……今までよく頑張ってきたねって、褒めてほしかった……」
リーリアは顔を覆い、涙を拭おうとする。
しかし、次から次へと溢れる涙は止まることを知らなかった。
「…………」
私は愚か者だ。
リーリアが引きずってない?そんなわけあるか。
実の姉にあんなこと言われちゃ、傷つくに決まってる。
この責任は、彼女の決断に火をつけてしまった私にある。
でも、今の私には、こうすることしかできない。
「リーリア」
私はリーリアを胸に抱き寄せた。
「ッ!?テティアさん!?」
「思いっきり泣こう。そうやって、すべて吐き出すんだ。私がそばにいて、支えてあげるから……」
「う……う……」
服越しにリーリアから嗚咽の声が漏れる。
「うわああああああああ!!!!!」
少女の泣き声が、私の鼓膜を叩いた。
▲▽▲
しばらくたって、リーリアは落ち着いた。
「……もう、大丈夫です」
リーリアは手をついて私から離れた。
「私、お姉ちゃんのことは忘れます」
「……え?」
「もうあの人は、私の知ってる人じゃないですから。忘れたほうが、私にとってもあの人にとっても、幸せなんです」
「そう……」
これは彼女の決めたことだ。
私が口出しをしていいことじゃない。
「君たち、それは早計だと思うよ」
「「え?」」
聞き覚えのある声が私たちの鼓膜を叩く。
後ろを振り返ると、マーリンが物陰から姿を表した。
しかもその肩には、クレアを担いでいた。
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