第31話 杖の勇者マーリン

「マ、マーリン!?」


 魔王を討った勇者の一人であり私の師匠。


 そんな彼がこんなところにいることに驚き、思わず素っ頓狂な声を出してしまった。


「やあテティア、久しぶり」


「ど、どうしてここに……?」


「実は、近くを通りかかった時に彼女たちに会ってね。事情を聞いたんだ」


「彼女たち?」


「私たちです」


マーリンの後ろから逃げたはずのリーリアとフェイが出てきた。


「彼女たち、すごい真剣な顔で僕に助けを求めてきたよ。慕われてるんだね」


「や、やめてくださいよ恥ずかしい……」


「ははは。ごめんごめん」


 そう言って笑った後、マーリンは表情を改めた。


「……それで、こいつらが君たちを襲ったの?」


 ギロリ、とマーリンは鋭い目つきでゲーティスらを睨む。その目には明確な殺意が宿っており、信者らは「ヒッ!」と悲鳴をあげてすくみあがった。


「き、貴様も魔族をかばうのか!たとえ勇者であったとしても許されんぞ!」


 すくみあがりながらも吠えるゲーティスに、マーリンは答えた。


「そんなのどうでもいいんですよ。あなたたちは僕の弟子を傷つけた。それだけで万死に値する」


「な、なんだと!?」


「そもそも、あなたたち教会は前々からやりすぎなんですよ。半強制的な教徒への勧誘、人族以外の種族の差別行為。さらに今回は魔族でない少女を処罰しようとした。……そういうわけで、国王は命令しましたよ」


マーリンはローブから紙を出し、開いた。


「現時点をもって、セレスティア教会を解体。また、司祭以上の階級の者全てを拘束する」


「なっ……!?」


「これは決定事項です。くれぐれも抵抗なきよう」


「ふ、ふざけるな!そんなことが認められるか!お前たちなにをしている!早く私を守れ!」


「は、はい!」


 信者が武器を構え襲い掛かる。


「は―。できれば穏便に済ませたかったんだけどな」


 マーリンは懐から杖を出した。


「『イリュージョン』」


「ぎゃああああああ!!!!!」


 マーリンが魔法を唱えた直後、信者は発狂して地面に倒れた。


「うわあああああ!!!くるな……!くるなあああああ!!!」


 ゲーティスは腰を抜かして絶叫する。

 ゲーティスの目の前には何もないはずなのだが、まるで何か見えていて、それに怯えているように見えた。


「こ、これはなにが起こって……」


「師匠の幻影魔法だね。今、彼らは幻を見てるんだよ」


「正解。ちなみに信者は炎に焼かれていて、教皇の方は魔物に食べられている幻を見てるよ」


「む、惨い……」


「師匠、さすがに悪趣味です」


「え―――!?」


教皇らの絶叫が響き渡る中、マーリンの声が鳴り響いた。


▲▽▲


「うぅ……」


 うめき声をあげ、麗人は重いまぶたを開けた。


「あ、起きた」


 麗人……セシルは私の方を見る。。


「……教皇はどうなった」


「信者含め、拘束させてもらったよ」


 ローブを着た青年。


「あなたは……もしかして、杖の勇者マーリンか!?」


「ご名答」


「教会は前々から問題行動が多かったからね。ついでに解体することになったよ」


「そうか……。やはり教会は、清廉潔白ではなかったのか」


 セシルはそう言って空を見つめた。


 その後、再び口を開く。


「一つ聞きたい。なぜ、私を助けた?」


「あなたは教会に利用されていただけだしね。それに、言ってたでしょ?魔族に父親と母親を殺されたって。リーリアもそうだったから、重ねちゃった」


 隣に座っていたリーリアに言う。


「そうか……」


 セシルはリーリアの方を振り向いた。


「リーリア嬢、少しいいか?」


「はい?」


「貴殿を魔族と勘違いし、殺そうとしたこと、本当にすまなかった」


「い……いえいえ!」


「優しいのだな。……その心に免じて質問を許して答えてほしい。貴殿はなぜ、魔族に家族を殺されながら、魔族を恨むようなことはしなかったのだ?」


 セシルの質問に、リーリアは「う~ん」と唸りながら答えた。


「……正直に言うと、魔族に対する恨みは少なからずあります。けど……テティアさんも魔族ですが……家族の仇とは違うって思っています。ええと、それが答えでしょうか?」


「仇とは違う、か……」


 セシルはそう反芻した後、立ち上がった。


「マーリン様、私にも拘束をお願いします」


「いいのかい?君は教会にだまされていただけなんだろう?」


「いいえ。そうは思いません。私は自分の意思で行動し、他者を傷つけた。だからその罪は償わなければならない」


「分かった」


 マーリンはセシルを縄で縛った。


 ちらりと私の方を見る。


「テティアといったか。はっきり言って、私は魔族を許すことはないのかもしれない。無論、貴殿のことも」


「じゃあ、また戦う?」


「いいや、もう私はもう魔族と戦うのはやめるよ。今後何をしていくかは、罪を償いながら考えていくことにする」


「そう……」


 その決定がセシルにとって正解なのかは分からない。


 だが、今よりも幸せになれることを心から願った。


▲▽▲


 マーリンはセレスティアに戻り、教会の解体を行った。


 教会は抵抗を行ったが、勇者であるマーリンにかなうはずもなく、拘束されることとなった。


 その際、教会が押収したもの……リーリアの魔導書や私の杖を取り戻すことに成功した。


 また、教会に私が魔族であることがバレたことに関しては、マーリンが信者らの記憶をいじって忘れさせると言っていたので、胸をなでおろした。


「じゃ、僕たちはこれから王都に教皇らを連行するんだけど、テティアたちはこれからどうするの?」


「ああ、それなら私たちもついていきます。私たちも王都に用があるんです」


「君たちが王都に?なにかあったの?」


「実はですね……」


 私は話した。


 剣の勇者クレアがリーリアの姉である可能性を。そしてそれが真実か確かめるため、王都に向かっていたことを。


「……なるほど。そんなことが」


「師匠はなにか知ってますか?」


「いいや、なんにも。僕たち勇者は魔王討伐のため共に戦ったけど、あんまり仲が良くなかったからね。年齢もバラバラだったし。だからクレアが勇者になる前どんな女の子だったとか、家族はどんなだったとか、ぜんぜん知らないよ」


「そうですか……」


 リーリアはため息をついて気を落とした。


「あんまり気を落とさないで。まだ直接会って確かめることができるから」


「そ、そうですよね」


 鳥が飛んでくる。


「これは?」


「王都からの伝書バトだね。しかし、こんなものをよこすなんて、よっぽど緊急の用事なのかな?」


 マーリンはハトの足に付いていた手紙を開いた。


 そこには……


「なになに?『王都の近くで魔王軍の残党が見つかった。勇者たちは至急向かい、討伐せよ』?」


 そう、手紙には書いてあった。


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