第30話 処刑執行人セシル
「処刑執行人セシル。今から魔族及びその協力者を処刑する」
その宣言とともに、セシルは剣を地面に突き立てた。
すると、そこを起点に氷の山が隆起し、こちらに迫って来た。
「ッ!『アースウォール』!」
土の壁が氷を遮る。
しかし、氷が土の壁を凍らせ、迫ってきた。
「ひぃぃ!き、きたー!」
「いいや!時間を稼げれば十分!」
私は風魔法をフェイの凍らせた前脚に当てた。
パキィィン!
氷が割れ、拘束が解かれる。
「行って!フェイ!」
「アォンッ!」
フェイが飛び逃げると同時に、氷の塊が通過した。
危ない。もう少し遅ければ巻き込まれていた。
「『アクアジャベリン』!」
私はすかさず水の槍をセシルに向け飛ばした。
「無駄だ」
セシルは剣を地面に突き立てる。
すると、セシルの周囲に冷気が立ちこめる。冷気を受けた槍は急速に凍り、セシルに届く前に砕け散った。
「チッ!」
攻撃が当たる前に無力化された!
間違いない、こいつは強い。正直、魔導書のないリーリアでは足手まといだ。
「フェイ。リーリアを連れて逃げて」
私だけ降りて、そう告げた。
「そ、そんな!」
リーリアは手を伸ばす。
しかし私はそれを手で制した。
「大丈夫、必ず勝つから」
「……わかりました。死んだら許しませんよ」
「分かってる。……フェイ、頼んだよ」
「アォン!」
フェイは任せたと言わんばかりに強く吠え、リーリアとともにその場を離れた。
「貴様一人が相手か」
「ええ。あなたには私一人で十分」
「……!言ってくれるな、小娘!」
セシルが剣を地面に突き立てる。
先ほどと同様、氷の山がこちらに向け迫ってきた。
――さっきので防御が効かないことは分かった。なら、避けるまで!
私は横にジャンプして氷を避けると、手の平をセシルに向けた。
「『ヘルフレイム』!」
煉獄の炎がセシルに迫る。
「フンッ!」
しかし、セシルは鼻で笑うと、あろうことか剣を炎に向け、突き出した。
「なにを!?」
疑問に思ったのも束の間。
剣が炎に触れた瞬間、炎は凍り付いた。
「はあっ!?」
なんて冷気。
どういうことだ?
セシルの魔力は、さほど多くはない。
しかしこの力、もしかしたら手に持った剣に秘密があるのか?……いいや!今はどうでもいい!魔法がダメなら、近接で仕留める!
「『フレイムソード』!」
右手に生み出した炎の剣を携え、セシルに迫る。
「ほう?私と剣術を挑もうというのか?」
金属と炎がぶつかり合う音が響く。
その剣技は、以前戦った両角の魔族よりも洗練されており、隙という隙が存在しなかった。
――この女、剣術もできるのか!
「なら!」
ガキィィン!!!
埒が明かないと、私はつばぜり合いにもちこむ。
単純な力勝負なら、魔力強化込みで私が上回れるはず!
「ふっ……」
だがしかし、それが失策であるようにセシルはその口元に笑みを見せた。
パキィィン
音を立て、炎の剣が凍りついた。
「なっ……!?」
「我が剣は触れた万物を凍らせる!つば迫り合いに持ち込んだのがあだになったな!……死ねぇ!」
凍った剣を叩き折り、その勢いのまま私の胸を切り裂いた。
「うっ……!」
とっさにセシルの腹を蹴り、その場から距離をとった。
「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……」
斬られた傷を抑える。
傷は浅いが、ドクドクと熱い液体が流れ落ち、服を赤く染めていく。
「貴様では私に勝てない。諦めることだな」
勝利を確信するセシルに、フッ……、と私は笑った。
「諦める?私はまだ、本気を出してはいないのだけど」
「なに……?」
眉をひそめるセシルをよそに、私は腕輪に手を外した。
ゴウッ……!
枷が外れ、封じられた魔力が解放される。
同時に、隠していた本来の姿が露わになる。
魔族の……それも極一部の者しか持たない両の角。
「なっ……!」
それを見て、セシルは目を見開いて驚愕した。
「貴様……!魔族だったのか!?」
「ええ、そう。あなた強いから、本気を出して戦うことにした」
「クッ……!」
セシルは私の魔力に恐れおののくかのように後ずさりした。
私の魔力をみて、負けを悟ったのだろう。
しかし、セシルは負け惜しむように言う。
「……だが、お前はおしまいだ。お前は魔族であることをさらしたんだからな。たとえ私を倒したとして、貴様は一生教会に追われることとなる」
「そうだね。私にはもう、平穏は訪れない。……でもさ、おかしいと思わない?」
「なに?」
眉をひそめるセシルに、私は持っていたバッチを見せた。
「このバッチ、魔族に反応して光るんでしょ?なら、なんで魔族である私には光らないの?」
「なにを言っている。それは貴様が変装していたからだろ?」
「これって、角を隠しただけで騙せるものなんだ?……まあ、それはそれとして、じゃあリーリアはなんでひっかっかたの?」
「それは……」
セシルは言いよどむ。
そんな彼女に、私は自分の考えを述べた。
「ねえ、本当は気づいてるんじゃない?本当は魔族を特定する道具なんてなくて、どこか適当な人……リーリアを魔族に仕立て上げようとしたんだって」
「そ、そんなわけあるか!」
セシルの叫びが鼓膜を打つ。
「そんなわけない!教会が噓をつくわけない!私の家族を……父さんと母さんを殺した、にっくき魔族の撲滅を望む教会が!そんな……無辜の民に冤罪をかけるなど……!」
「いけませんねえ。セシルさん」
どこからともなくともなく聞こえる男の声。
振り返るとそこには眼鏡をかけ、豪奢な服を着た中年の男がいた。
あの男は……教皇のゲーティス、だったか。
しかも、いるのは彼だけではない。彼の後ろには侍らせるように他の信者が立っていた。
「ゲーティス教皇……答えてください。魔族を見破る方法は……うそ、だったのですか?」
セシルはゲーティスを睨み、問い詰める。
しかし、ゲーティスの答えは………
「そんなこと、今はどうでも良いでしょう?あなたはただ、魔族を殺すことだけ考えればよいのです」
「話をすり替えるんですね」
私の言葉に、ゲーティスは不快そうに眉を歪めた。
「黙れ魔族が。その薄汚い口を開くんじゃない。……さあ、セシルさん。早く殺しなさい」
「ええ。戦いますとも。しかしその前に、どうか真実を教えてくれませんか?」
ゲーティスは話をはぐらかそうとするが、セシルはそうもいかなかった。
そんなセシルに、ゲーティスはため息をつく。
「ふーやれやれ。もういいです。あなたは用済みです」
「……ガッ!」
突如、セシルが苦しみ出した。
剣を持っていた彼女の手の平を起点に、かわだが氷に覆われていった。
「な、んだ……。これ、は……!?」
「あなたの剣は私があげた物ですよ?こういうことがあった時のために、少し細工をしていたんですよ」
「さい……く……?」
「ええ。戦う意思のないあなたの意識はもう必要ありません。今からは物言わぬ人形として、私の役にたつことです」
「ふざ、け……。ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」
剣を持っていた腕を中心に氷が浸食していく。さらにそれだけにとどまらず、悪魔のような氷の翼、氷の角が生える。
「ア……ア……」
氷に覆われた右眼は血走ったように赤く光り、正気を完全に失っていた。
「オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”オ”!!!」
怪物となったセシルは雄叫びとともに剣を地面に突き立てた。
すると地面から氷の山が隆起し、こちらへと迫る。
「『ファイヤーウォール』!」
炎の壁が氷を溶かした。
「ほぉ?この氷を溶かすとは、とてつもない魔力です。……ですが、これはどうでしょう?」
セシルは剣を地面に突き立てた。
次の瞬間、私が立ってる全方位から氷柱が飛び出す。
「ッ!」
私は氷柱を避けようと身をひねる。しかし、その一つに私の足はつかまってしまった。
パキン!
肌を突き刺す痛みとともに足が凍り、私はその場で固定されてしまった。
「これで、終わりです!」
止めを刺すべく、氷の棘たちが私に迫ってきた。
「さあ!粛正を受けよ!」
ゲーティスは勝利の雄叫びを上げる。
「……『フレイムコート』」
ぼそり、と私はそう呟く。
すると棘たちは溶け、蒸発した。
「な……!?」
ゲーティスはあり得ないとばかりに目を見開く。
「以前雪山で遭難したことがありましてね。それで編み出した技です」
その言葉とともに、私の体が炎に包まれた。
「炎魔法で全身を覆い、体温を急激に上げる。これで氷が私に届くことはありません」
まあ、普通の炎なら凍らす程の氷を溶かす熱量だ。その炎は私の肌を焦がし、燃やしていく。
早めに決着をつけねば。
「それじゃ、手早くすませるよ」
私は地面を蹴り上げ、セシルに迫った。
「クッ……!この化け物があああ!!!」
セシルは再び氷を私にぶつけてくる。
しかし無駄だ。氷は私の目の前で溶け、跡形もなくなる。
「つ、通じない!な、ならば人質を……」
ゲーティスはセシルを操ってリーリアたちの逃げた方向へ向かおうとする。
「逃がすと思う?」
私はセシルの後ろに周り、回し蹴りを喰らわした。
強化魔法によって強化された脚力はすさまじく、蹴り飛ばされたセシルは爆撃のような音とともに地面へ着弾した。
私は氷の怪物の上に降り立ち、セシルの持っていた剣を掴んだ。
そして
「ふんっ!」
パキン!
剣は真っ二つにへし折れた。
「ガッ……!」
氷が剝がれ落ち、その目に正気が戻る。
そのまま糸が切れた人形のようにセシルは倒れた。
「さて……」
残ったゲーティスらを見据える。
「頼みの戦力はいなくなりましたけど、まだ続けますか?」
「ち、調子に乗るなよ魔族が!お、お前たちやれぇ!」
ゲーティスの掛け声に後ろに控えていた信者たちが武器を構えた。
大口叩いておいて他人任せか。
私はハァ、とため息を吐き、さっさと終わらせようと手をかざした。
まさにその時、
「いやあ、なんか物騒ですね」
「「「ッ!?」」」
聞き覚えのある男の声。
振り返るとそこには、ローブを着た青年がいた。
その青年の名は……。
「マ、マーリン!?」
勇者であり恩師でもある彼が、そこには立っていたのだった。
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