第27話 盗賊

「……ん」


  パチリ、と目が覚める。


 ……暖かい


 そこで気づく。


 今、私の体には毛布が掛けられていたのだ。さらに毛布をめくると、リーリアが眠っていた。


 どうやら彼女は人肌で私を暖めていたらしい。


「まったくこの子は……」


 そこで、モフッ、と柔らかい物に触れる。


「……ん?」


 なんだ?と思い、私は触れた方を見る。

 そこには、雪のような真っ白い狼が潜り込んでいた。


 氷狼である。


「うわぁーーーーー!」


 洞窟内に響き渡る私の悲鳴。


「んん……?なんれふか……?」


 リーリアは目を覚ます。


「リ、リ、リ、リーリア!な、なんで氷狼がいるの!?」


「ああ、その子ですね。実はテティアさんが気を失った後戻ってきたんですよ。一瞬身構えましたけど、テティアさんをこうして暖めてくれたんです」


「な、なるほど……」


「この子、触るとすごく暖かいんですよ」


 リーリアは今なお眠る氷狼の毛皮をモフモフと触りながら呟いた。


「まあ、氷狼は極寒の地でも生活できるように進化したからね」


 しかし、まさか私の命を助けてくれるとは驚きだ。


「……クゥ~ン」


 と、そんな鳴き声に目を向けると、氷狼が目を覚ました。

 その目に私の姿を捉えると、舌を出してペロペロと私の頬を舐め始めた。


「ちょっ、くすぐったいよ」


 そう言うが、氷狼は舐めるのをやめない。


「この子、完全にテティアさんに懐いちゃってますね」


「あ~。やっぱりそうか」


 傷を治してくれたことに恩を感じているのだろうか。


 それにしても威厳はどうした。もう完全に犬と化しているぞ。


「そういえば雪、止みましたね」


 リーリアはそう言って洞窟の外を見る。吹雪は完全にやみ、まぶしい太陽の光が私達を照らす。


「そうだね。……それじゃ、朝食を食べたら下山しようか」


「はい!」


私たちは朝食を食べた後、現在位置の確認と下山のための準備を始めた。


▲▽▲


「これから山を降りるまでどれくらいかかりますかね?」


洞窟を出ると、リーリアはそう質問した。


「ん~。なにもなかったとしても数日はかかるかな」


「ウッ。そんなにですか。また大吹雪が来なければいいのですが……」


「だねー」


 そんなことを話し、途方に暮れた私達だったが。


 とてとて、と氷狼が私達に近付いてきた。


「……ん?」


 まだいたのか。と視線を動かすと。


「ワフッ!」


 氷狼は一吠えしてクイッ、と自らの背中に向け顔を振った。


「?」


 その行動を私は最初疑問に思ったが、一つの答えが頭に浮かんだ。


「……もしかして、私達を乗せてくれるの?」


「ワンッ!」


 私の推測を肯定するように氷狼は一吠えする。


「え?でも大丈夫なんですか?この子の大きさだと私達二人も乗せられませんよ?」


「ああ、それに関しては大丈夫だよ」


 私がそう言うと、氷狼はその身を震わせた。


 メキメキメキ……


 骨が軋み、筋肉が膨張する音とともに、氷狼のシルエットは大きくなっていく。

 やがて、氷狼の体格は私達より一回りも二回りも大きくなった。


「お……大きくなった!」


「氷狼はある自由に体の大きさを変えられるんだよ。だから、小さいからって舐めてかかると痛い目を見るよ」


「しませんよそんなこと」


 リーリアはプクー、と頬を膨らませて反論する。

 そんなことを話しながら、私達は氷狼の背中に飛び乗った。


「……あ、そうそうリーリア。しっかり私につかまっていてね」


「え?なんでですか?」


「いいからいいから」


「?」


 言われた通り、リーリアは私の腰にしがみついた。

 私は氷狼の毛をがっちりと掴む。


 次の瞬間、氷狼は走り出した。


 風を切るくらい、ものすごい勢いで。


「あーーー!!!」


「口閉じてないと舌噛むよ」


「は、はい!」


▲▽▲


 私たちを乗せた氷狼は障害物を悠々と超え、雪に足を取られることなく軽々と進んでいった。


 そして、あっという間に山頂を超え、麓までたどり着く。


「よし、あと少しだ。頑張ってね」


 私が氷狼を労い、毛並みに触れたその時だった。


 目の前に球のような、丸い物体が投げられる。


パンッ!


 破裂音とともに球が割られ、周囲が煙に包まれた。


「な、なんですか!?」


「……これは!」


 煙幕。


 しかも、周囲の魔力が読めない。


 魔法使い用のものか。


 私は杖を取り出し、臨戦態勢に入った。


 ゆらり、と煙に扮して 近付く影を目に止まる。


「『ウォーターショット』!」


 作り出した水の球が、影を射ぬいた。


「がっ!?」


 ドサッ、と倒れる影。


「……人?」


 だが、堅気の人間ではない。

 口元を布で隠し、手にはナイフを持っていた。


「だ、誰ですか?」


「おそらく盗賊だろうね」


「盗賊!?なんでそんな人たちが私たちを……」


「さあ、それは分からない」


 ザクザク……。


 目に見えないが、雪を踏みしめる音が四方八方から聞こえる。


 どうやら囲まれてしまったらしい。


「リーリア。いつでも反撃できるように魔導書を構えておいて」


「ええ!?す、姿が見えないと反撃なんてできませんよ!?」


「ワンッ!」


 氷狼もそうだそうだと言わんばかりに吠える。


「大丈夫。今から消すから」


 私は杖を上空に振り、詠唱する。


「我が魔力を糧に、風よ吹き散れ……『ウインドブレス』!」


 私を中心にふぶいた風が、煙をあとかたくもなく吹き飛ばす。


「ちぃっ!」


 煙が晴れたことで、そこに隠れていた盗賊たちが姿を現した。


 数は30人ほど、多いな。


「クソッ!風魔法を使えるのか!」


 盗賊の1人が悪態をつく。


「あなたたち盗賊?なんでこんなことしてるの?」


「はあ?お前知らないのか?氷狼の毛皮と肉は高く売れるんだ」


 盗賊は氷狼にナイフを突きつけ、舌なめずりする。


 「そいつをバラして闇市に売りゃ俺たちは大金持ちになれる。襲わない手はないだろ!」


「そんな……ひどいです!この子はなにもしてないのに!」


 リーリアの抗議に盗賊は鼻を鳴らす。


「そんなの知るかよ!金になるならそいつがどんな奴かなんて、心底どうでもいいんだよ!お前ら!やっちまえ!」


 その言葉を合図に、控えていた盗賊たちが襲い掛かった。


▲▽▲


「『アイシクルショット』!」


 氷の礫が盗賊たちを射抜く。


「な……なんだこの女!?クソつええ!」


 そう叫んだ盗賊も、私が作った炎に焼かれる。


――見た感じ、強い奴はいないな。私一人でなんとかなりそうだ。


 そう思っていた。


 しかし、どこからともなく放たれた矢が私の肩を貫く。


「なっ!?」


 驚愕に目を見開く。


 すぐさま矢が来た方向を見ると、そこには弓矢を構えていた盗賊がいた。


――ぬかった!大勢を相手に注意力が散漫になって見逃してしまった!


「ッ!『ファイアーボール』!」


 すぐに狙撃手を仕留めるが、矢を受けてしまったことには変わりない。


 早く傷を塞がないと……。


 私が回復魔法を唱えようとした瞬間、


「ガハッ!」


 口から血が吐き出た。


「ハァ……ハァ……ハァ……ハァ……」


 呼吸も荒い。視界が明滅する。


 これは……毒か!


 マズイ。解毒は得意じゃない。

 戦いながら解毒魔法を唱えるのは至難のわざだ。


「テティアさん!」


 リーリアはこちらの様子に気づくと、こちらに近づいてきた。

 しかしその背後から、盗賊がそのてに持ったナイフを振るおうとしていた。


「リーリア後ろッ!」


 叫ぶが、ダメだ。間に合わない。

 銀色の刃が、リーリアの命を刈り取る。


 が、その直前、氷狼が盗賊に噛みついた。


「ガッ……!」


 パキパキパキ……


 氷狼がかみついた所を起点に盗賊は凍り付き、盗賊は氷像となった。


 氷狼は華麗に着地し、こちらを見た。


 まるで、ここは任せろと言わんばかりに。


「……任せてくれるの?」


「ワンッ!」


 氷狼は力強く吠える。


「じゃあ、少しの間任せて」


「アォン!」


 次の瞬間、氷狼の魔力が高まる。

 上空から氷柱が形成され、盗賊に向け発射される。


「ぐわああああ!」


 盗賊たちは氷柱に貫かれ、倒れる。


「この犬畜生!」


 盗賊の1人が投げナイフを氷狼に向け打ち込む。

 しかし、狼の目の前に氷の結晶が現れ、虚しく弾かれた。


 次はこっちの番だと地を蹴り上げ、肉薄する氷狼。


「ひっ!」


 逃げる暇もなく盗賊は嚙まれ、その場で凍り付いた。


 凄い。盗賊たちがバッタバッタと倒されていく。高い戦闘能力があると聞いてはいたが、これ程とは。


 ……って、感心してる暇はない。さっさと毒を解除しなくては。


 私は肩に手を添え、解毒用の魔法を唱えた。


「『アンチドート』」


 シュウウ……と蒸発する音とともに、体内の毒がきれいさっぱり無くなる。傷はそのままで今なお痛いが、今はこれでいい。


 顔を上げ、戦場を見る。


 氷狼の活躍のおかげで、大分盗賊の数が減っていた。


 ならば、この一撃ですべての盗賊を巻き込めそうだ。


 私は地面に手を置き、詠唱を開始した。


「我が魔力を糧に、地よ震えひび割れろ『アースクエイク』!」


 次の瞬間、地が震え始める。


「うおお!な、なんだあ!?」


 突然の地震に盗賊たちは驚き、転ぶ者もいた。


「リーリア、氷狼!私に張り付いて!」


「え!?は、はい!」


 リーリアと氷狼は私にぴったりと張り付いた。


 少しして、地震は止んだ。


「な、なんだ、驚かせやがって!お前らやっちまえ!」


ゴゴゴ……


「あ?何の音だ?」


 盗賊は周りを見渡す。


 次の瞬間、盗賊たちの背後から雪の奔流が襲い掛かった。


 地震によって雪塊が切り崩れて起きた雪崩だ。


「「「うわあああああ!!!」


 盗賊たちは雪崩に巻き込まれ、飲み込まれていく。


「我がマリアを糧に大地の恵みよ、矮小な存在たる我らを守れ。『アースウォール』」


 対して私たちは生成した魔法の障壁によって雪崩を防いだ。


 少しして、雪崩が収まる。


 障壁もろとも雪を吹き飛ばすと、目の前の景色は真っ白に染まっていた。


「と、盗賊たちはどうなりました?」


「雪崩に飲まれたよ。……さ、増援が来るかもしれないから早くここを離れよう」


「は、はい!」


 私たちは早足でその場を立ち去った。


 しかし、盗賊はあれで全員だったのか追っ手は来ず、私たちは山を下りることに成功した。


▲▽▲


「ふう……。無事に山を越えれたね」


 私の言葉に、リーリアは苦い顔をした。


「無事ではなかったと思うのですが……」


「あ、うん。そうだね……」


 確かに何度か死にかけたような気がする。


 次からは気を付けよう。


「……あ、そうだ」


 私は氷狼の方を振り向く。

 そして、氷狼と目線を合わせるため腰を下ろす。


「ねえ。もし良かったら、私たちの度についていかない?」


「ッ!」


「ええっ!?」


 私の言葉に、氷狼とリーリアは驚いた。


「この旅では今回みたいに危険なことが多く起こるからね。戦力が多いことに越したことはないよ」


「な、なるほど……」


「……という訳なんだけど、あなたはどう?」


 再び、氷狼に問う。


「…………」


 私には魔物の声は分からない。

 けど、氷狼の眼には一緒に行くという強い志が宿っているのは分かった。


「それじゃ、交渉成立ってことで」


「賑やかになりますね。……そうだテティアさん、この子の名前はどうしましょうか?」


「名前?氷狼ひょうろうでいいじゃん」


「それは種族名じゃないですか!もっとこう……犬猫につけるようなやつです」


「……て言われてもな」


 う~ん、と頭を捻って考えてみる。

 そうして、頭の中にとある名前が思い浮かんだ。


「……フェイなんてどうかな?」


「フェイですか……。私はいいと思います!」


「じゃあ、この名前にしよう。よろしくね、フェイ」


「アォンッ!」


 氷狼……もといフェイは答えるように一吠えする。


 こうして、私たちのパーティーに一匹の狼が加わったのだった。


――――――――――――――――――――


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