第23話 新たなる一歩

 制御器を破壊してすぐ、ベヒーモスは来た場所を引き返すようにして逃げていった。

 何度傷つけても退かなかったベヒーモスが急に退却したのだから、外にいた彼らは唖然としたことだろう。

 制御器の破壊に貢献した私とリーリアはギルド長に感謝され、中で何が起こったのか詳細に聞かれた。


 そして、ようやく解放された時のこと、


「……テティア、ちょっと時間いいか?」


 待ち構えていたかのように、アーノルドがそう言ってきた。

 そうだろうと思っていたが、予想が当たって欲しくはなかったと、心の中で愚痴る。


「テティアさん……」


 心配げに見つめるリーリア。


「……大丈夫」


 私はリーリアに笑いかけて、アーノルドの方を振り向いた。


「いいよ。少しだけ、ね」


△▼△


「テティア。久しぶり、だな」


 人気のないところに移動したのち、アーノルドはそう言った。

 彼らしくない、しおらしい言い方だった。


 そんな彼に私は返す。


「……要件はなに?」


 己の物とは思えないほどの冷徹な声。


 自分でも驚いた。

 まさか、これが自分の口から出たなんて。


「おれはずっと、謝りたかったんだ。お前は俺を……俺たちを助けたのに、そんなお前を俺はバケモノと言って拒絶した。だから……」


「謝ってすむと思わないで」


 口をついて出た言葉が、アーノルドの言葉を遮る。


「私はね、ずっとずっとつらかったんだよ!あなたに拒絶され、バケモノと言われたあの日から!……なのに、謝れば私が許してくれると思ったの?ふざけるな!毎日悪夢にうなされたことはあるか!?あの時と同じように拒絶されるのではないかと恐れたことはあるか!?私が今まで苦しんできたことがあなたに分かるわけない!」


 初めてだった。こんなに感情をあらわにして叫ぶのは。

 けれど、止められはしない。


 心に貯まった怒りを全てぶちまける。


「私はあなたを許さない!そのことを一生胸に刻んで生きていけ!」


 全てをぶちまけ、息が上がる。


「……そうだよな。謝ってすむことじゃ、ないよな……」


 アーノルドの顔に影が差す。

 言い過ぎたかと思うが、訂正する気はない。


「じゃあ、私はもう行くから」


 私はそれ以上彼の顔を見ることなく、その場を離れるため歩き出した。


「テティア!」


 アーノルドの声が聞こえる。


「振り返らなくていい!聞かなくていい!だが、これだけは言わせてくれ!……すまなかった!あの時お前を傷つけて!本当に……すまなかった!」


 バカな人だ。

 こんなに大声じゃ、聞きたくなくても聞こえるじゃないか。


 でも、私は聞こえないふりをして、振り返ることなくその場を去った。 


△▼△


「リーリア、お待たせ」


 物憂げに待つ赤髪の少女を見つけ、私は呼びかけた。


「あ!テティアさん!」


 私の呼びかけに気づいたリーリアはハッ、と顔を上げた。


「大丈夫でした?その……」


「うん、大丈夫。迷惑かけたね」


 リーリアの頭をなでる。

 彼女の背は私よりも高かったから、少し苦労した。


「もう、子どもじゃないんですから」


 リーリアはそう言って頬を膨らます。


「ごめんごめん。……それじゃ、買い物の続きと次の目的地決めをしようか」


「はい!」


△▼△


「……で、次はどこに行こうか?」


「ですね~」


 私たちは買い物を済ませた後、次はどこに行きたいか計画を立てていた。


「私的にはここがいいと思うんだよね」


 私はそう言いながら地図を指さした。

 さした箇所には、“結晶洞窟”と書かれている。


「結晶洞窟、ですか?」


「うん。ここの洞窟は高濃度の魔力を含んだ結晶でできていて、それに引き寄せられた魔物がたくさんいるんだ。あなたの魔法の鍛錬にはちょうどいいんじゃない?」


「そ、そうですか……」


 リーリアはこれから始まるであろうスパルタ教育にひき気味だった。


 悪いねリーリア。時には厳しくするのも師匠の義務なんだ。


「お?あんたらは……」


 と、そこで後ろから声がかかった。

 振り返ると、そこには荷馬車に乗る青年がいた。


 彼はたしか……


「ここまで乗せてくれた商人さん?」

 

「おう。聞いたぜ?ベヒーモスを撃退したんだってな」


「ええ。でも、他の冒険者たちがいたおかげですよ」


「そう謙遜すんなって。……それで、あんたらもう行くのか?」


「はい」


 すると、商人はマジか、と言いたそうな顔をした。


「早くねぇか?その様子じゃ、まだ勇者像も見てねえんだろ?」


「勇者像?」


「おう。この国には魔王を倒した勇者様の銅像があるんだ。世界樹ほどじゃないが、結構人気なんだぜ?」


「はあ……」


 正直あまり興味がない。

 だが、リーリアは違ったようだ。


「そうなんですか!?私、見てみたいです!」


 すごい食い気味だ。

 ……あ、でもそうか。リーリアら人間にとっては勇者は魔王を倒し、世界を救った英雄だ。そんな英雄の顔を見れるのは、とてもうれしいことなのだろう。


「行ってみようか」


△▼△


 私たちは商人が教えてくれた、勇者像のある方向へ移動していた。


「テティアさん、なんだかあまり乗り気じゃないですね?」


「……まあ、魔族の私には敵国の英雄みたいなものだし、勇者の一人、マーリンとは知り合いだからね」


「……え?」


 リーリアは驚いた目で私を見た。

 ……そう言えば言ってなかったな。


「ごめん、言ってなかったね。私の師匠は杖の勇者、マーリンなんだ」


「ええええええっ!?」


「ちょ、落ち着いて。周りに聞こえるから」


 私は慌てて口を塞ぐ。


「むぐぐ……す、すみません。でも……ええ?本当ですか?」


 信じていない様子だった。

 それもそうか。

 勇者が魔族を育てたなんて、普通は考えない。


「まあ、そんなわけで私は勇者には興味がないんだ」


「そうなんですか。……あ、でも他の勇者様とは会ったことはないんですよね?」


「他の勇者、ね……」


 勇者はマーリンの他に3人いる。


 剣の勇者クレア、槍の勇者ドレイク、弓の勇者イアンだ。

 彼らについてはマーリンからどんな人達なのかは聞いたことがあるが、会ったこともないし顔も知らない。


「ないね。顔も知らない」


「私もなんですよ。だから一目見ておきたいんです。勇者様たちの姿を」


「そっか……」


 と、そんな話をし終わってすぐ、勇者像があると言う場所へ着いた。


「これが勇者たちか……」


 まず目についたのは杖を持った少年。私の師匠にして杖の勇者、マーリンだ。

 15歳くらいの背丈と顔立ちであること以外あまり変わらないな。


 ええと、あとは槍の勇者、弓の勇者、そして剣の……

 

「……え?」


 呆然とした。


 剣の勇者。

 それは、13歳ほどの少女だった。


 剣の勇者が当時私たちと同じくらいの女の子だったことには驚いた。


 だが、問題はその顔がリーリアの姉、リーファにそっくりだったことだ。


「……え?」


 ちらりと隣を見ると、リーリアは信じられないと言わんばかりに目を見開いていた。


「やっぱりリーリアも思ったんだね。あなたのお姉さんかもしれないって」


「ッ!どうしてお姉ちゃんのことを!?」


「……ごめん。ちょっとザラさんからお姉さんのことを聞いちゃってね。それよりも、リーリアは剣の勇者クレアがリーファさんだと思う?」


 私の質問に、リーリアは首を横に振るった。


「ありえません……。私はお姉ちゃんが死んじゃったところも、死体も見てはいません。けど、村の人たちやお父さんはお姉ちゃんは魔族と戦い、死んでしまったと言ってましたから」


「人伝いで聞いただけで、直接目にしたわけじゃないんだね?」


「で、ではテティアさんはお父さんたちが私を騙したっていうんですか?仮にそうだったとして、それに何の意味が……」


「それは分からない。けど、確かめる価値はあるんじゃないかな?」


 私にはもう、家族はいない。

 それはリーリアも同じだと思っていた。


 だが、彼女にはまだ家族がいる可能性が残っているのだ。


「…………っ!」


 リーリアはグッ、と黙り込む。

 彼女の瞳には困惑の光があった。


 もちろん他人の空似だという可能性もある。

 そうなれば、彼女により深い心の傷を与えることになるだろう。


 だから、これは彼女に決めてもらう他にない。


「でも、最後に決めるのはリーリア、あなただよ。リーリアは、どうしたい?」


 姉が生きているかもしれない。

 その可能性を支えに一生を生きるのも一つの選択肢を取るのもアリだろう。


「私は……」


 リーリアは目を伏せて考え、そして。


「お姉ちゃんに……会いたいです」


 覚悟を宿した目で、そう言った。


「……分かった。それじゃ、次の目的地は決まったね」


「……え?勇者様たちがどこにいるのか分かるんですか?」


「うん。一年前の話になるけど、勇者は王都に召集されてるらしい。たとえもうそこから離れてたとしても、手がかりくらいは掴めるよ」


「つまり、王都に行けば会えるかもしれない?」


「うん。でも、王都までの道のりは険しいよ。覚悟はできてる?」


「当たり前です!」


 リーリアはまっすぐな目で私を見る。

 その瞳には言葉通り、強い意志が宿っていた。


「それじゃあ行こうか。王都、ファレッティアに」


 そう言って、私たちは王都に向け歩き出すのだった。


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