第22話 防衛作戦
準備の後、作戦会議が始まった。
大まかに言えば、剣士が魔法使いの護衛を行いつつベヒーモスを引き、遠距離から魔法使いによる魔法攻撃を浴びせると言うものだ。
いくら巨大で強大な魔物だろうと、攻撃を与え続けたら嫌気が差して進路を変えるはずだと、ギルド長は判断したらしい。
「あの……。罠系の魔法は効かないのでしょうか?」
リーリアの質問に、私は「無理だね」と首を振った。
「あんなに巨大だと足止めは難しいよ。仮に実現できたとしても、大半の魔法使いは魔力が枯渇して死ぬだろうね」
「なるほど」
とまあそんな会話をしつつ作戦会議は終了し、私とリーリアを含めた冒険者たちはユグドラシルの防衛拠点に集まっていた。
しばらくして……
ズシン!ズシン!ズシン!
「「「ッ!」」」
地割れのような音。
私たちは音のした方角を見る。
そこに、いた。
まず目に入るのは、その巨体な身体。
大きい。まるで巨人だ。
紫色の肌は毒を思わせ、山のように膨張した筋肉と牛のような顔と角は獣そのものだ。
さらにそれだけではない。
ベヒーモスから発せられる巨大な魔力の奔流。それは大気を大地を震わせ、遠くにいる私たちですら押し流すのではないかと錯覚させた。
「……………」
ちらりとリーリアの方を見ると、彼女は脂汗を額に浮かばせ、表情を強ばらせていた。
「……怖い?」
私が言うと、リーリアはビクッ、と肩を震わせた。
「もう少し後衛に下がろうか?」
「……いいえ」
リーリアは首を振る。
「大丈夫です。一緒に戦いましょう!」
「……分かった」
どの道魔法使いは前線に出ることはないのだ。それに、いざとなれば私がリーリアを守れる。
「じゃあ、ちゃっちゃっと終わらせよう」
「はいっ!」
リーリアの返事とともに、ユグドラシル防衛作戦が開始された。
▲▽▲
ドガガガガガガッ!
ベヒーモスの巨体に、絶えず魔法使いたちの魔法攻撃が浴びせられる。
「グギャアアアアアア!」
魔法攻撃に苛立ちを覚えたか、ベヒーモスは口から黒炎を放つ。
「アースウォール!」
私は岩の壁を発生させ、黒炎の進行方向にいた魔法使いたちを守った。
「あ、ありがとう!」
「どういたしまして」
私がそう返した時、リーリアが叫んだ。
「テティアさん危ない!」
「ッ!」
彼女の声と同時に嫌な予感がした私は、とっさに身を翻した。
ベチョッ、と先程まで私がいた場所に、紫色の液体が落ちる。
紫色のそれは、ジュウジュウと音を立てて地面を溶かす。
「キィィィィィッッッ!」
甲高い鳴き声を上げる上空を見る。
そこには、背中から翼を生やした魔物が飛んでいた。しかも一匹だけではない。群れをなしている。
「ベヒーモスだけじゃないんですか!?」
「多分、ベヒーモスのおこぼれ目当てにきたんだろうね。……来るよ!」
魔物の一匹が凄まじい早さで突っ込んでくる。厄介に思い、私は魔法を撃とうとした。
その時、影から誰かが飛び出す。
剣を持った黒髪の少年。
それはかつての友、アーノルドだった。
「だぁぁぁぁぁ!」
剣のきらめきとともに、魔物の首が切り落とされる。
頭部を失った魔物は、地面に衝突してそのまま事切れた。
「大丈夫かあんた!」
「あ、ああ。うん」
アーノルドが振り返るが、私は思わず帽子を深く被って視線を遮ってしまった。
そんな私にアーノルドは眉をひそめながらも、言った。
「雑魚払いは俺たちがやっておく。あんたたちはベヒーモスを迎撃してくれ!」
そう言い残すと、アーノルドは上空の魔物を掃討しかかった。
凄まじい剣さばきだ。相当な年月をかけて磨き上げてきたのだろう。
……って、見とれてる場合じゃない。
「リーリアいくよ!」
「はいっ!」
私は杖を、リーリアは魔導書を構え、詠唱を始めた。
「「我が魔力を糧に生み出されし地獄の炎よ、全てを燃やし灰燼と化せ!『ヘルフレイム』!」」
二人の炎がベヒーモスの頭部に直撃し、焼き尽くす。
普通の魔物ならこれで死ぬはずなのだが、ズズズ……と肉がうごめく音とともに、頭部を再生させた。
「……しぶとい」
チッ、と思わず舌打ちしてしまう。
さっきからこんな感じで、魔法や斬撃は通るのだが、その度に再生している。
なにか、決定打となるものはないだろうか……。
「あなたたち下がって!」
後ろから声がかかる。
振り返ると、十人以上の魔法使いが同じ詠唱を唱えていた。
「あの詠唱は確か……」
そこまで考えて思い至る。
「リーリア逃げるよ!」
「え!?ああ、はい」
その場を離れたと同時に、魔法使いたちの詠唱が完成する。
「「「“ホーリーブレイク”!」」」
詠唱者たちの声と同時に、上空から光の柱が降り注いだ。
「————————!!!」
光の柱に飲み込まれたベヒーモスは、絶叫し、全身が炭化していく。
「あれは……合唱魔法ですか?」
「みたいだね」
合唱魔法。
複数人の魔法使いが詠唱することで発動を可能とする大規模魔法だ。
手間と魔力はかかるがその分威力は絶大で、事実ベヒーモスに今までで一番のダメージを与えている。
「このまま倒れてくれればいいんだけど……」
その時、ベヒーモスの口内がキラッ、と黒光りする。
次の瞬間、黒い閃光が合唱魔法中の魔法使いがいた場所を貫いた。
「なっ…………」
黒の光線を放ったベヒーモスを見る。
驚いたことに、奴は合唱魔法を受けてもなお生きており、うけた傷を即座に再生させたのだ。
「なんてしぶとさ」
いや、そもそもだ。
あれだけの攻撃を受けたら少なからず痛みはあるはずだ。
だが、ベヒーモスは進路を変えることなく私たちを攻撃し、世界樹の方へ向かっている。
「いくらなんでもおかしい。どうしてそこまでして世界樹を……?」
と、そこでグイグイとリーリアが服の袖を引っ張った。
「あの、少しいいですか?」
「なに?」
「いえ、気のせいかもしれないんですけど……」
リーリアはベヒーモスの腹部を指差して言った。
「あそこから、ベヒーモスとは違う魔力が感じるんです」
「違う魔力?」
再びリーリアの指差した方を見るが、やはりベヒーモス以外の魔力を感じない。
だが、彼女の魔力感知能力は私よりも高い。
もしかしたら、ベヒーモスの様子がおかしいことの原因が分かるかもしれない。
「少し確かめてみようか」
「え?」
ガシッ、とリーリアの体を掴む。
そして、強化魔法で強化された足で地面を蹴り上げた。
ダン!
地面を割り、風を切る勢いでジャンプし、ベヒーモスの腹部に肉薄する。
「『ライトニング・レイ』!」
あわや衝突する寸前に、攻撃魔法をぶつける。
肉が弾け、黒煙が上がり、目に映ったのは……。
「これは……部屋?」
一言で言えば、体内の一部を切り抜いたような空間だった。
ある程度の広さのその空間……というか部屋に私たちは着地する。
振り返ってみると、開けた肉はすぐに塞がっていた。
「リーリア、あなたが感じた魔力がどこか分かる?……リーリア?」
「キュゥゥ…………」
返事がないので抱えたリーリアを見ると、彼女は白目を向いて気絶していた。
「まいった。……ん?」
上空で、キラリと光った気がしたので天井を見上げた。
そこに、怪しい光を放つ水晶があった。
「…………ハッ!」
と、そこでやっとリーリアが目を覚ました。
「え!?え!?ここってどこですか!?」
「ベヒーモスのお腹の中」
「ええ……。なんで魔物のお腹の中にこんな空間があるんですか?」
「私にもわかんないよ。……でも、あの水晶はろくでもなさそうってことは分かる」
私は抱えたままだったリーリアを離して、天井の水晶を指差した。
「あ!これです!私が感じた魔力の源!」
「やっぱりか」
水晶から放たれる魔力を感じながら私はそうこぼした。
しかし、リーリアはよく分かったな。私でもこの中に入らないと欠片も分からなかったのに。
……まあそれは置いといて、
「とりえず壊すか」
これがベヒーモスの様子がおかしいことと理由があるのか分からないが、壊しておいて損はないだろう。
「我が魔力を糧に……」
私魔法の詠唱を詠唱を唱え始める。
しかしその時、目の前で火の玉が着弾した。
「ッ!誰!?」
火の玉が飛んできたであろう場所を見る。
直後、肉の壁がうごめき、人影が飛び出す。
それは、一人の男だった。
ブロンズ色の髪に清潔な紳士服、光のない冷徹な瞳を持った整った顔は人外を思わせた。
いや、実際には人外だった。
男の頭には2本の角が生えていたのだ。
「魔族……」
しかも両角。私と同じ、魔族の中でも上位の存在だ。
そんな存在を、私たちは目視するまで気がつかなかった。
おそらく、ベヒーモスの肉壁と同化することによってその身を仮死状態とし、私たちの魔力感知の目から逃れたのだろう。
魔族の男は口を開いた。
「ひどいではないか。せっかくの制御器を破壊しようなどとは」
「制御器?」
制御器、とはこの水晶のことだろうか?
「なるほどね。これでベヒーモスを操ってたってわけか」
「そうだ。すまないが、このまま引き返ってはくれまいか?」
やっぱりか。
動機は世界樹を燃やすことで杖の生産を停止し、後継の魔法使いが誕生するのを防ぐためとかそんなところだろう。
なんにせよ、私の返答は決まっている。
「そう言われて、はいそうですかと引き下がると思った?」
「……そうか」
魔族の瞳に、明確な殺意が宿る。
「では、ここで死ね」
ゴウッ、と両角の魔族の体から魔力が放たれる。
さすがは両角と言ったところか。その魔力は絶大だ。
「か、勝てますか……?」
リーリアが心配げな瞳で私を映す。
「ちょっと厳しいね。負けるかもしれない」
そう申し訳なさそうに言って、
「本気をださなければ、ね」
私は腕に付けた腕輪に手をかける。
この腕輪は我が恩師、マーリンに特別な細工をしてもらった代物だ。
これを付けることで魔族の象徴たる角を消し、私は人間社会に溶け込むことができる。
だが副次的効果により、私は魔力制限されてしまっていた。
――それを今、解放する。
ゴウッ!
腕輪を外したことで、今まで抑えられていた魔力が溢れ出す。
同時に、隠されていた両角も現れた。
「な……!」
魔族の男は驚きに目を見開く。
それもそうだろう。
まさか自分と同じ魔族が人間に味方しているとは思わないだろうから。
「さて……」
コキリ、と手首を鳴らし、私は告げる。
「一気に片を付けようか」
△▼△
ベヒーモスの腹の中、魔法と魔法がぶつかり合う音が鳴り響く。
「『ロックショット』!」
魔族の男は手の平で岩の槍を作り出し、私に飛ばしてきた。
私は魔法で生み出した岩の壁でそれを防ぎ、炎の矢を手に持つ。
「『ファイヤーアロー』」
ビュン!
風を切って打ち出された炎の矢。
その一撃を男は避けることができず、その左腕は跡形もなく吹き飛ばれる。
「ぐっ……!クソッ!」
純粋な魔法戦闘では私に勝てないと悟ったのだろう。
男はその手に岩の剣を生み出し、こちらに向けて斬りかかってきた。
私は炎の剣を作り出し、応戦する。
炎と岩、それぞれの魔法がぶつかり合う。
魔族の男の剣技は、隻腕のハンデを感じさせないほど洗練されたものだった。
だが、そんな力量は関係ない。
魔力で強化された私の身体能力は、男の剣の腕だけで超えられるようなものではなかった。
「ハァッ!」
振り上げられた一閃は、男の剣と胴を切り裂いた。
「ガッ……!」
すかさず蹴りを放ち、吹き飛ぶ男の体に照準を定め、叫ぶ。
「『エクスプロージョン』!」
手の平から光線が放たれ、男のどてっ腹に突き刺さる。
「バ……バカな、この私が……!」
その言葉を最後に、男は爆裂四散した。
△▼△
パキン!と割れる音ともに水晶が破壊される。
――よし、これでベヒーモスの体は自由となったことだろう。
「リーリア、戻るよ」
私はそう言って腕輪を付けようとした、その時だった。
ザシュシュッ!
ベヒーモスの腹が外から斬られ、何者かが侵入してきた。
――新手!?
私は急いでリーリアを後ろに下げ、構える。
だが、侵入者は敵ではなかった。
侵入者の正体は黒髪の少年、アーノルドだったのだ。
「あんたたち!大丈夫……か……」
アーノルドは私の姿を見て、固まった。
いや、厳密には私の角を見て、だ。
アーノルドはゴクリ、と生唾を飲み込み、言った。
「テティア……やっぱり、お前だったのか」
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