第20話 化け物じゃない
私とリーリアは魔導書の修理依頼をした後、宿の食堂で食事をとっていた。
「ん~!おいしいですね!」
「……そうだね」
おいしそうに食べるリーリアに対し、私はあまり食欲は湧かなかった。
もちろん出された料理はおいしい。
だが、黒髪の彼……アーノルドとの望まぬ再開によって、料理の味を楽しむ余裕が無くなってしまったのだ。
——触るな……。この、バケモノッ!
頭の中で何度も何度も、アーノルドの呪いの言葉が反響する。
どうして……今頃になって現れた。
彼のことも、呪いの言葉も、心の奥底に封印していたというのに……!
ギリリ……と拳が握られ、軋みを立てる。
「……あの、大丈夫ですか?」
ハッ、と我に帰って見ると、リーリアがこちらを心配そうに見ていた。
「もしかして……なにかあったんですか?さっきから顔色悪いですよ?」
「……なんでもないよ」
「噓です。テティアさんのその顔は、なにか抱え込んでいる時の顔です」
「……ほんとうに、なんでもないから。ちょっと体調がわるいだけ」
「そんなの……」
「ごめん。先に部屋に戻ってる」
私は強引に話を終わらせ立ち上がった。
「あ、テティアさん!?」
リーリアが呼び止めようとするがそれを無視し、私は部屋まで戻った。
「はぁ……」
部屋に戻り、鏡を見ると、やつれた少女の顔が出迎えた。
今日はもう寝よう。
そして、彼のことは忘れるんだ。
私はそう結論をだし、眠った。
△▼△
暗闇の中、私は立っていた。
「ここは……」
目を見回し、何かないか確認する。
その時、ピチャリ……と足裏を濡らした。
「?」
見るとそこには、少年少女の死体が転がっていた。
「なっ……!」
しかも、その死体には見覚えがある。
エレン、テオ、アッシュ、ザイン。
かつての友の死骸が、そこにはあった。
「な……んで……。誰が、こんなこと……」
「分からないのか?」
「ッ!?」
後ろを振り向く。
そこには、黒髪の少年、アーノルドの姿があった。
「テティア、お前が殺したんだよ」
「ち…違う!私は殺してないッ!」
「じゃあ、その手はなんだ」
「え……?」
自分の手を見ると、その手は血でまみれていた。
あたかもそれが、私がエレン達を殺めた証拠であるかのように。
「な……に、……これ……」
「いつかお前はみんなを殺す。お前は、バケモノなんだから」
「………………!」
何も言えず、私は後ろに後ずさった。
トン、と誰かに頭が当たる。
それは、血だらけになったリーリアの姿だった。
「りー……リア……」
「いたい……いたいいたいいたい……」
りーリアの血にまみれた唇が動く。
「どうして私を殺したんですか?信頼していたのに。尊敬してたのに。許さない許さない許さない許さない許さないッ!」
憎悪の眼が私を射抜き、言った。
「この……バケモノッ!」
▲▽▲
「ああああああああああッッッ!!!!!!」
喉が張り裂けんばかりの声とともに視界が反転する。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
少しして、清潔なベッドの上にいることに気付く。
「ゆ…め…?」
だが、あれは本当に夢なのか?
アーノルドの言っていた通り、私はみんなを殺してしまうのではないのか?
「ん……?テティアさん?」
隣のベッドで寝ていたリーリアが起き上がる。
彼女の姿が、夢で見た血だらけの姿と重なる。
「ひっ!」
ベッドから転げ落ちる。
「ど……どうしたんですか!?」
りーリアは私に触れようとするように手を伸ばした。
「来ないで!」
パチン、私はその手を払いのける。
「違う……違う違う違う!」
歯がかじかみ、身体が震える。
「私は、バケモノなんかじゃない!私は――!」
そんな私を、リーリアは抱きしめた。
「リー……リア……?」
「分かってます。だって、あなたは私の命の恩人なんですから」
彼女は優しく、繊細に私の頭を撫でる。
まるで幼子をあやす聖母のように。
「あなたが魔族であろうと、その力が人智を超えていようとも、そんなこと気にしないでください。だってほら……」
りーリアの白く細い指が、私の目元の雫を拭う。
「こんな風に涙を流す人が、化け物なわけないじゃないですか」
「…………あ」
化け物じゃない。
それは、私が一番言ってほしかった言葉だった。
しかし、それは叶わないことだろうと……アーノルドの呪いの言葉は二度と脳裏に焼き付いて離れないものと……そう思っていた。
でも、彼女は……リーリアは違った。
——ああ、そうだった。この子は私の力を知ってなお、私を受け入れてくれたんだった
「う……うう……」
ポロポロと、瞳から涙が流れ落ちる。
「ああああああああ!!!」
その後のことは、よく覚えていない。
分かっているのは、ただひたすら、りーリアの胸の内で泣いてたということだけだった。
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