第14話 魔法でもできないこと

「なん、で……」


ドサリ、とリーリアは倒れた。


「ゴフッ……」


口から赤い体液がこぼれ落ちる。


ドクドクと腹から血があふれ、止まらない。


——さっきの攻撃……私の、魔法?でも……どうして?なんで、あんなところから?


「いやー、すっげえ魔法だな。のが遅れて少しくらっちまったよ」


魔族は火傷した右手を振り払いながら言う。


「グ……」


リーリアはそれを無視して落とした魔導書を拾おうとした。


しかし、魔族が先に魔導書を拾った。


「返して……ください……」


リーリアは血を吐きながら、苦し気に言う。


対して魔族は、ニィィ、と笑って、


ビリッ


魔導書を縦に裂いた。


「あ……」


「これで、お前は魔法を使えないな」


リーリアの目の前に、破かれた魔導書を投げ捨てる。


「なんて……ことを……」


再びリーリアの心に怒りの感情が灯る。


キッ、と憎悪のこもった目で魔族をにらみつけた。


「あー、そういう顔はいらねえんだよ。もっとこう、泣いたりしてくれない?……そうだ。四肢を一つづつもいでいけば、さすがに泣き叫ぶか」


魔族は笑いながらリーリアの腕に手を伸ばす。


「…………!」


リーリアはどうすることもできず、魔族をにらみつけることしかできなかった。


とその時、魔族の後ろから中年の男が現れた。


彼は……


「……ザラさん!?」


「うおおおおお!!!」


ザラはその手に持ったクワを魔族に向けて振り下ろした。


しかし……


「うるせえ」


魔族の背から熱線が飛び、ザラの腹を貫いた。


「ガ!?」


ザラは倒れた。


「リーリ……ア……」


最後にそう呟いて、ピクリとも動かなくなった。


「ザラ、さん……?」


呆然と、リーリアは自身の痛みも忘れてザラを見つめた。


彼女の脳裏に、ザラとの日々が蘇る。


彼は、家族を失った自分を迎え入れ、毎日暖かいごはんを出してくれた。


彼は、自分が風邪をひいた時に、必死に看病してくれた。


彼は、自分が悪いことをした時に、本気で𠮟ってくれた。


彼は、本物のような……いや、本物の、父親だった。


「お父……さん……」


なぜ、この人と親子として接することができなかった?


この人は親として接してくれていた。


なのに自分は、彼の本当の家族ではないと思って、自分勝手に溝を作ってしまった。


今になって、後悔が押し寄せてくる。


でも、もう遅い。戻らない。


いくら悔やんだところで、時間は戻ってはくれないのだから。


「い……や……」


リーリアは顔をくしゃくしゃにして、瞳からポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちる。


「おー、そういう顔が見たかったんだよ。なんだ?あいつ、お前の親かなんかだったのか?」


魔族がなにか言っているが、リーリアはなにを言う気にもなれず、ただただ泣くばかりだった。


「まあ、寂しがることはないさ。今からお前もあいつと同じところに送ってやるからな」


魔族は笑いながらリーリアに手を近づける。


その時、リーリアと魔族の間を割るように風の刃が飛んできた。


「おお!?」


魔族は当たる直前に、ジャンプしてそれを避けた。


「これは……どういうこと?」


聞いたことのある少女の声が、リーリアの耳を打つ。


振り返るとそこには、金髪の少女が立っていた。


「テティア……さん……」


「リーリア!」


駆け寄るテティアに、リーリアは多量の出血で薄らぐ意識の中、口を開いた。


「すみ……ません。魔法……教えてもらったのに、負けてしまい……ました……」


視界の霞がひどくなり、ほとんどなにも聞こえなくなる。


意識ももう、途切れる寸前だ。


もうすぐ、自分は死ぬだろう。


――でも、最期に会えて良かった……。


リーリアは口元に笑みを浮かべ、目を閉じようとして……


「我が魔力を糧に彼の者の命の危機を取り払え。『ハイ・ヒーリング』」


テティアの詠唱とともに、リーリアの体を淡く神々しい光が包み込んだ。


「……え?」


困惑は一瞬のこと。


光に包まれた途端に痛みが消え、無くなりかけていた意識もはっきりした。


「大丈夫?」


「あ、はい……」


リーリアは起き上がって傷のあった脇腹を見た。


パックリと開いていた穴がきれいに治っており、まるでもともと傷などなかったかのようだった。


——この人ならザラさんも……。


「お願いですテティアさん!ザラさんを……お父さんを私みたいに治してください」


大丈夫。彼女の力ならきっと、彼の命も救ってくれるはず。


リーリアはすがる思いでテティアを見た。


しかし、テティアは顔を曇らせ、絞り出すような声で言った。


「……むり」


「え……」


「あなただって、気づいてるでしょ?あの人の魔力はもう消えてる……死んでるんだよ。たとえどんな魔法を使ったところで、死者が蘇ることは……ない」


「そん……な……」


もう、ザラは助からないことを確信し、リーリアは崩れ落ちた。


そのとき、


「おいおいおいおい!」


魔族の男がいら立ち気に叫ぶ。


「なにこの俺を無視してくっちゃべってやがんだ!てめぇらこの俺をなめて……」


「おい」


魔族の男とは違う、ゾッとするほど低い声が聞こえた。


その声の主がテティアだとは、リーリアには信じられなかった。


ぎろり、と魔族を睨み、テティアは言う。


「今すぐ黙れ、凡俗が」


テティアの言葉に魔族はきょとんとした。


そして、笑った。


「ククク、凡俗……凡俗か……」


魔族は笑いながら自らの角に触れた。


「まあ、確かに俺は“両角”じゃなく、角が一本しかない普通の魔族……お前の言う通り、魔族の中では凡俗かもしれない。……だがな」


魔族は手の平を地面に叩きつけ、


「てめぇら人間よりはるかに強いんだよッ!」


フッ、とリーリアとテティアのいた地面が消失する。


「キャッ!」


「ッ!」


リーリアは対応できず転げ落ち、テティアは華麗に着地した。


フッ、と二人の頭上に影が差す。


見ると、先程まで踏みしめていた地面が落ちようとしていた。


「死ねぇー!」


巨大な落石となった地面は、二人をして——


ドガァァン!


と、粉々に砕け散った。


「……は?」


魔族は何が起こったのか分からずポカンとした。


しかし、すぐ近くにいたリーリアには分かった。


テティアが、魔法を用いて破壊したのだ。


だが、信じられなかった。


たとえ魔力の帯びていないただの物質とはいえ、あの大質量をたった一発で破壊したのだ。


——彼女は……いったい——!?


「はるかに強い?それは、こっちのセリフだ」


テティアの全身から魔力が放出される。


——なんて魔力量……!強いとは思っていたけど、これほどなんて……!


「な……あ……」


あまりの魔力量に、魔族の男はたじろいだ。


それを冷ややかな目で見ながら、テティアは言う。


「もうこれで終わり?……じゃあ、死んで」


テティアは魔族に向けて杖を向ける。


杖の先端に魔力が集中した。


リーリアはそれを見てハッ、とする。


「ダメですテティアさん!うかつに撃っては——」


「“ライトニング・レイ”!」


バチィィッ!と杖の先端から一条の雷が放出され、男に向かって突き進んだ。


ニヤリ、と魔族は笑う。


「バカが!」


魔族の手が雷に触れると同時に、雷が消えた。


「な……?」


テティアは驚きに目を見開く。


次の瞬間、テティアの右方向から突然雷が現れ、彼女の右手に直撃した。


「ッ!」


テティアは小さくうめく。


しかし、直前に魔力で防御していたおかげだろう。


テティアの右手は無事だった。


しかし、持っていた杖は吹き飛ばされ、遠くの地面に突き刺さった。


彼女は……杖を失ってしまったのだ。


魔族は笑う。


「これで、お前は魔法を使えねえ。認めてやるよ、お前はこの俺よりはるかに強い。……だが、杖がなきゃなにもできねえよなぁ!?」


魔族は炎を手にまとわせ、テティアに迫る。


「死ねぇぇぇ!」


炎の手をテティアに向けて振り下ろす。


「テティアさん!」


リーリアはテティアをかばおうと身を起そうとした。


だが、間に合わない。


そのまえに彼女の体が焼き尽くされる。


そう、思っていたのに。


キンッ


その音とともに、魔族の右手首が切り裂かれた。


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