第9話 新たなる出会い
私がマーリンの元を離れてから、1年の月日が経った。
その中で、私はさまざまな国、街を回ってきた。
その途中、路銀が尽きてどうしようか考えながら歩いている時のことだった。
「…………」
これは、いったいどうすればいいのだろうか?
今、私の目の前には一人の少女が倒れている。
うつ伏せで顔は見えないが、長くきれいな赤髪が特徴的な少女だった。
「あの……大丈夫?」とりあえず声をかけてみる。
すると、少女は今にも消え入りそうな声で言った。
「み……みず……」
水?喉でも乾いているのか?
「分かった。ちょっと待ってて」
私は腰に下げたホルダーから一本の杖を取り出した。
杖がなくても、魔族は魔法を使うことができる。
だが、そんなことをすれば魔族であることがバレるため、人前では杖を使って魔法を使うようにしている。
「『クリエイトツリー』、『クリエイトウォーター』」
私は魔法で木のカップを作り、その中に飲み水を作り出した。
「はい」
コップを近づけると、少女はそれを手に取り、一気に飲み干した。
「プッハァー!いやあ、助かりました!」
少女は蘇ったように起き上がる。
同時に、うつ伏せで見えなかった顔が現れた。
まだ幼いながらも整ったきれいな顔立ち。
年は私より1,2歳ほど年上。16歳くらいか。
「あの、お名前は何ですか?」
「テティア」
「テティアさんですね!テティアさん、お水を恵んでいただきありがとうございます!あ、私リーリアっていいます!」
「そ、そう……」
テンションの高い娘だ。
明るいと言えば聞こえがいいが、会話するのに疲れるタイプだ。
「それで、いったいどうしたの?こんなところで」
「いやぁ……実はですね。村の外で薪を集めていたんですが水を忘れてしまい、あまりののどの渇きに意識が朦朧として倒れてしまったんですよ」
……バカなのか?
と、口に出るのを必死に抑え、私は立ち上がった。
「じゃ、私はこれで」
「あ!待ってください!」
リーリアは行こうとする私の手をパシッとつかんだ。
「何か?」
「え……えっと……」
リーリアはおずおずと言った。
「あの、私の村に寄って行きません?何かお礼もしたいですし……」
「はあ……」
まあ、ちょうどいいか。路銀もなくてどうしようか考えていたことだし。
▲▽▲
私はリーリアに案内されながら、彼女の村があるという方向を歩いていた。
「ねえ、リーリア」
「なんですか?」
「あなた、魔法使いだよね?」
私はリーリアの腰に下げている一冊の本を見ながら言った。
「あ、はい。そういうあなたは――」
「うん。私もそう」
私は腰に下げたホルダーから杖を取り出した。
「でも、本当にいたなんて驚きだよ。魔導士なんて……」
魔法を扱える者達のことを一括りに魔法使いというが、厳密にはそこから細かく分かれてくる。
例えば、魔法と剣術に長けた者を魔法剣士、神々から与えられたとされる神聖魔法を使える者を僧侶という。
そして、リーリアの持つ本……魔導書を介して魔法を使う者を魔導士という。
「やっぱりそう思いますよね。でも、珍しいだけですよ。魔導士が使える魔法は魔導書に記されたもの限定ですし、それに、私は……」
リーリアは暗い顔をした。
「……なんかごめん」
「あ、すみません!気にしないでください。……あ!見えてきました!」
リーリアが指さした方向を見る。
そこには、小さな村があった。
「お~い!リーリア~~」
と、村から中年の男性がこちらに手を振りながら走ってきた。
「あ!ザラさん」
リーリアはザラと呼んだ男に歩み寄った。
「帰りが遅くて心配したぞ。大丈夫だったか?何もなかったか?」
「え、あー……はい!」
何をうそを……。思いっきり死にかけてたでしょ。
「して、そのお方は?」
村長はリーリアから視線を外し、こちらを見た。
「旅人をしております。テティアといいます」
帽子を脱ぎ、ぺこりと頭を下げた。
「おお、これはご丁寧に。村長をしております、ザラというものです。旅で疲れたことでしょう、しばらくこの村に泊まっていってください」
「いいんですか?」
「ええ」
ザラさんは頷き、リーリアの方に視線を戻した。
「リーリア、君の家に彼女を泊めてあげなさい。年も近いから気も合うでしょう」
「いいんですか!?やったー!」
リーリアは嬉しそうだった。
年の近い子がいなくて寂しかったのだろうか?
「テティアさん、ついてきてください。私の家まで案内します」
リーリアは家があるであろう方向へ走っていった。
案内すべき人を置いて行ってはダメでしょう……。
「待ってよ」
私は苦笑しながら彼女の後をついていった。
▲▽▲
「どうぞ。何の面白みのない家ですが」
「いや、そんなことないよ」
私はリーリアにそう返しながら、彼女の家へと入っていった。
そんなことない、とは言ったものの、家の中は静まり返っていてさびしい。
あるのは必要最低限の家具だけ。
物欲はないのだろうか?しかし、人がいない。
「ねえ、家族の人はどうしたの?」
すると、リーリアの顔に影がさした。
「……みんな、死んでしまいました」
しまった。聞いてはいけないことだった。
「ご、ごめん」
「いえ!気にしないでください!亡くなったのは私が幼かった時のことですし」
リーリアはあたふたと言う。
その時だった。
グゥゥ、と大きな音が鳴った。
遅れて、それが自分のお腹から出た音なのだと気づいた。
「ッ!」
慌てて腹を抑えるが、もう遅い。リーリアも気づいただろう。
恥ずかしい……こんな年にもなって……。
しかもタイミングを考えてほしい。
「あ、お腹が空いたんですね。少し早いですが、お昼ご飯を作ってきます」
「え?いいの?」
「泊っていくんですし、それぞれ違う物を食べていたらおかしいでしょう?」
「それはまあ、たしかに……」
「ね?少し待っていてください」
そう言って、リーリアはキッチンへと歩いて行った。
▲▽▲
「~~♪」
リーリアの上機嫌な鼻歌が聞こえてくる。
私はテーブルに座ってそれを聞いていた。
同時に、料理の匂いが漂ってくる。
いい匂いだ。
どんな料理なのかは分からないが、おいしいに違いないだろう。
しばらくして、リーリアがこちらに来た。
「できましたよ~」
彼女の言う通り、その手には料理の皿を左右に持っていた。
「はい、どうぞ」
コトッ、と小さな音とともに、私の目の前に料理が置かれた。
湯気の立った真っ白なスープに、きれいに切り分けられた野菜やお肉。
それはシチューだった。
「ありがとう」
「いえいえ。熱い内にどうぞ」
そう言いながら、リーリアは私の向かい側に座った。
「じゃあ、いただきます」
私はシチューの横に置かれていたスプーンを手に取り、スープをすくった。
モウモウと湯気が立つそれをフウフウと息を吹きかけて冷まし、すすった。
「ッ!」
うっま!
「あ…あの、どうですか?味の方は」
おずおずとリーリアが聞いてくる。
私はそれにハッ、とした。
危ない危ない。取り乱すところだった。
「…うん、おいしいよ」
「そうですか!?良かった~」
リーリアはホッ、と胸をなで下ろす。
そして、自分も一口シチューを食べた。
「ん~!おいしい」
おいしそうに食べるな。この子は。
なんて思いながら、私はスプーンを進めようとした。
その時、ドンドン!とドアが叩かれた。
「ん?お客さん?」
「ですかね?今日は来客の予定はないはずなんですが……」
リーリアは不思議がりながらドアへと向かった。
「はいは~い。どちら様ですか~?」
ガチャリ、とドアを開けると、一人の女性が顔を出した。
その女性は焦るような、今にも泣きだしそうな顔をしていた。
「セ、セシリアさん?どうしたんんですか?」
「うちのロイが木に登って……落ちてしまって……血が……血が止まらないの!?」
セシリアと呼ばれた女性は、その手に抱えていた小さな男の子を見せた。
男の子…ロイの頭には包帯が巻かれているが、その包帯は真っ赤に染まっていた。
「お願い何とかして!この村で魔法使いはあなたしかいないの!」
「いや……でも……」
リーリアは歯切れ悪く言う。
回復魔法が苦手なのだろうか?なら……
私は席を立ち、セシリアに近づいた。
「あの、私が治しましょうか?」
「あ、あなたが?」
「ええ。私も魔法使いなので」
私は腰に下げていた杖をセシリアに見せた。
「……なら、お願いするわ」
セシリアは男の子を私に見せる。
重傷だが、私でも治せる傷だ。
「我が魔力を糧に彼の者の傷を癒せ……『ヒール』」
詠唱とともに淡く優しい光がロイを包み込む。
その光は、ロイの傷を瞬く間に治していった。
「ん、んん……」
ロイが目を覚ました。
「あれ?ママ?」
「ロイ!」
セシリアはロイを抱きしめる。
「あの、ありがとうございます!本当に…なんとお礼を言ったらいいか…」
「いえいえ。当然のことをしただけですよ」
そうは言ったものの、セシリアは見えなくなるまでペコペコとこちらに頭を下げて帰っていった。
「じゃあ、食事に戻ろうか」
私は椅子に座ろうとした。
が、リーリアが行こうとした私の手を掴む。
「リーリア?」
「テティアさん…」
キッ、と覚悟を決めた顔で、リーリアは叫んだ。
「お願いです!私に魔法を教えてください!」
「………」
え?
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