第8話 旅立ち

「…………」


私は仰向けに倒れ、キラキラと輝く夜空を見上げていた。


結界が消えている。


おそらく、先程の魔法の余波で壊れてしまったのだろう。


私は起き上がろうとして、ズキッ、と右腕に痛みが走った。


「ッ……」


見てみると、右腕が焼け焦げていた。


まあ、爆裂魔法をあんな至近距離で撃ったんだ。


撃った側もこれくらいの傷を負って当然だ。


しかし、もろに喰らった方はこのくらいじゃすまない。


「『ヒール』」


私は右腕に回復魔法をかけながら立ち上がり、前を見た。


そこには、全身にひどい火傷を負ったマーリンが倒れていた。


「…まさか、一撃喰らうどころか倒されてしまうなんて……。自分が情けないよ」


そう言いながら、マーリンは苦笑した。


「何…言ってるんですか。師匠、ぜんぜん本気じゃなかったですよね」


「……どうしてそう思うんだい?」


「理由は三つあります」


私はビッ、と指を三本立てた。


「一つ目、師匠お得意の幻影魔法を最初の一回しか使わなかった。二つ目、私の視界から消えた時に魔法で不意打ちしなかった。そして三つ目……最後の攻撃、わざと受けましたよね?」


そう、今思えば不思議だった。


マーリンは勇者、これまでたくさんの死闘を乗り越えてきた歴戦の猛者だ。


だというのに、いくら視界を潰されたとはいえ何もしてこなかったのはさすがにおかしい。


「……疑いすぎだよ。僕を倒せたのは、紛れもなく君自身の力だ」


「……師匠がそう言うなら、そういうことにしておきます」


「そうしてくれ。…………テティア」


「何ですか?師匠」


マーリンは口元に笑みを浮かべ、言った。


「今まで僕についてきてくれて、ありがとう」


その言葉を聞いた瞬間、ポロリ、と瞳から雫が零れ落ちた。


雫はそれだけでは止まらず、次から次へと瞳から零れていき、頬を濡らしていった。


違う。感謝すべきなのはこっちだ。


あなたがいたから私は今も生きている。


生きていいんだって、思っていられる。


私は必死に涙を拭って抑え、頭を下げた。


「こちらこそ……今まで私を教え導いていただき、ありがとうございました」


この人と出会えて、本当に良かった。


この人は、誰が何と言おうと、私が尊敬する偉大な人だ。


「うん。……ところで悪いんだけど、体が動かないから僕を家まで運んでくれないかな?」


「…………」


前言撤回しようかな。


▲▽▲


「テティア、はいこれ」


家に戻り、回復魔法で元気になったマーリンはそう言って近くに置いてあった物を渡した。


それは、見るからにカバンだった。


「なんです?これ」


「餞別だよ。中身見てみ?」


「はあ……」


私はマーリンに言われるまま開けてみた。


中には、路銀や食料、寝袋などが入っていた。


どれも旅に必要な物ばかりだ。


マーリンがしばらく困らないよう、前もって準備してくれていたらしい。


「あと、これね」


今度はなんだろうか?と思い、マーリンに視線を戻す。


マーリンの手に持っていた物は……


「服、ですか?」


「うん。頑張って作ったんだ~」


はい、と渡された服を広げてみる。


それは、真っ黒なローブにとんがり帽子というザ・女魔法使いと言える服装だった。


「……師匠って割と安直ですよね」


「あ、ひっどぉ~い!せっかく丹精込めて作ったのにー!」


マーリンはプンプンと頬を膨らます。


ちょっと言いすぎたな。せっかくの師匠からのもらい物だし大切に使おう。


「じゃあ、着替えてきますね。……覗かないでくださいよ?」


「ははは。君くらいの年齢の子を覗くほど僕はモノ好きじゃな――」


とりあえずグーで殴っといた。


▲▽▲


「えっと…どうですかね?」


私は自室で新しい服に着替え、マーリンに見せた。


「おお—!似合ってる似合ってる!」


「あ、ありがとうございます。……しかし、これはどうしましょうか?」


私は手に持っていたとんがり帽子を見せた。


普通の人ならば難なく被ることができるだろうが、私は魔族だから頭についている角が邪魔で被ることができそうにない。


「フッフッフ……。そのためのこれさ」


マーリンは私が置いていたカバンからあるものを取り出した。


それは……


「腕輪?」


見るからに何の変哲もない腕輪だ。


これがどうしたというのか?


「まあまあ。付けてみなよ」


「わ、分かりました」


とりあえず腕輪を付けた。


「ささ、鏡を見てごらん」


「鏡?」


「いいからいいから」


さっきからいったい何なのだろうか?などと思いつつも私は近くの鏡を見た。


鏡には、角の無い少女が映っていた。


「え?」


私は間抜けな声を出しつつかけていた腕輪を外した。


すると、私の頭に見慣れた角が現れる。


しかしまたネックレスを付けると、角は消えてなくなった。


私は角があったであろう場所を触ろうとする。


が、手は何も触れることなく空を切った。


まるで、最初からそこには何もなかったかのように。


「これは……師匠の魔法ですか?」


「そうだよ。その腕輪を付けてる間だけ、君は魔族の証である角を消すことができる。……ごめんね。永続的効果となると、そうやって物に付与させて魔導具化させるのが限界だった」


「いやいや、それでもすごいですよ」


「ははは、ありがとう」


マーリンは笑って言ったが、すぐにその笑みを消して窓の外を見た。


「そろそろだね」


「あ……」


窓の外を見ると、いつの間にか夜が明けていた。


外に……旅に出る時が来たのだ。


▲▽▲


早朝、私は荷物を持ってマーリンとともに村の入口に立った。


「じゃあ、ここでお別れだ。ああ、分かってると思うけど、自分が魔族だってバレないよう人前ではその腕輪は外さないようにね」


「はい……」マーリンの言葉に、私はあまり元気よく返事することができなかった。


だって、ここを離れたらもう二度とこの村を訪れることはできない。


それはつまり、マーリンとの永遠の別れを意味する。


「そう暗くならないでよ。これが最後ってわけじゃないんだからさ」


「え?」


「いやあ、実はね。この頃魔族の動きが活発になってんで王都に戻れ、て言われてるんだ。だからもし君が王都の近くに寄ったらバッタリ会うかもしれないよ」


「そ、そうなんですか……」


良かった。なら、また会えるんだ。


「では、行ってきます」


「ええ!?もう行くの!?もうちょっとためらったりは……」


「これで最後ってわけじゃないんでしょ?」


「そ、そうだけど……。君って意外とドライなんだね」


ムッ。失礼な。


「……まあいいや。それじゃあ、最後に一言だけいいかな?」


「いいですけど……」


マーリンは「よろしい」と満足げに頷いて、言った。


「テティア。世界は広い。君が思っているよりも……ずっと、ずっとだ。いつか必ず、君の力を……君が魔族であることを恐れず、受け入れてくれる人と出会うことができる」


「師匠のように、ですか?」


私が意地悪くそう言うと、マーリンは虚を突かれたようにフッ、と笑った。


私はそんなマーリンに小さく笑い返し、


「では」


「うん。またね」


マーリンは手を振った。


私は手を振って返し、歩き出した。


こうして、私の長い冒険が始まったのだった。


――――――――――――――――――――


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