第6話 決意
あの後、テティアは気絶した。
おそらく、極度の疲労と魔力の消費が原因だろう。
そのためマーリンは彼女を自らの家に寝かせていた。
そんな時、村長が家を訪ねてきた。
なぜわざわざ来たのかなんて、深く考えなくてもすぐに分かる。
「村のみんなが……あの子を……テティアを恐れている。今すぐ追い出すべきだという声が後を絶たない」
「そう、でしょうね……」
普通の人ならば、そう思うのは当然だ。
テティアが殺したあの龍。
原型は留めていないせいで名前までは分からなかったが、残留していた魔力の質から見て、龍種の中でも上位種の方だ。
この頃魔物が頻繫に出ていたのも、あの龍の影響で間違いないだろう。
そんな魔物を、テティアは子供の身で倒してしまったのだ。
村人たちが恐れるのは、至極当然のことなのだろう。
――でも。それでも、あんまりじゃないか!
テティアは村人を殺したわけじゃない。
それどころか、あの子は村を襲った龍を倒し、守ってくれたじゃないか。
それなのに、ただ力を恐れて追い出すなんて、ひどすぎる。
だが、どうにもならない。
たとえ世界を救った勇者といえど、大人数の考えを変えるなんて、不可能だ。
――ならばもう、こうするしかない
「分かりました。村人たちの意見を飲みましょう。……でも一つだけ、お願いを聞いてもらってくれませんか?」
「お願い?」
村長は眉をひそめた。
「はい。それは……」
マーリンは口を開き、願いを言った。
▲▽▲
「テティア。ちょっと話があるんだけど」
マーリンはそう言ってテティアのいる部屋を開いた。
しかし、そこには誰もいなかった。
「……え?」
マーリンは何かとても嫌な予感がして、家の中を探し回った。
少しして、台所に彼女がいるのを見つけた。
「テティア。どうしたんだ?こんなところで……」
そこで気づいた。
彼女は手に持った刃物で己の首を搔き切ろうとしていたのだ。
「ッ!」
頭よりも先に体が動いた。
マーリンは懐にしまっていた杖を取り出し、叫ぶ。
「『ウォーターショット』!」
バシュン!と水球が杖先から飛び出し、彼女が持っていた刃物を弾き飛ばした。
「あ……」
そこでようやっとテティアはマーリンの存在に気づいたようで、驚きの目を向けた。
マーリンは無視してテティアに近づき、
パン!
彼女の頬を叩いた。
無意識に力を込めたせいか、叩いたマーリンも痛かった。
「君は一体、何をしようとしたのか分かっているのか!?自分の命を……なんだと思っているんだ!!」
「……だって、だって。私、死にたい。もう……生きたくない……」
ポロポロとテティアの瞳から涙が零れ落ちる。
「なにを……言っているんだ、君は」
マーリンはテティアを抱き寄せ、なだめるように頭をなでた。
テティアはマーリンの体を力強くつかんだ。
自分の手が血でにじむほど、強く、強く。
「ねえ。どうして村の人たちはあんな顔をしていたの?どうしてアーノルドは私をバケモノなんて言ったの?どうして……どうして……」
「…………」
テティアの悲痛の叫びに、マーリンは何も答えられず、ただただ抱きしめ、なだめることしかできなかった。
やがて、マーリンは言おう言おうとしていた言葉を口にした。
「テティア。さっき、村長と話をした。君は……ここから出て行かなくちゃ行けなくなった」
「そう、なんだ」
「……けど、それは今じゃない」
テティアの体を離しつつ、マーリンはそう続けた。
「え?」
テティアは何を言っているんだ?といった顔でマーリンを見た。
「君を村から追放すること、それ自体は了承した。でも、君をみすみす外で野垂れ死なせるつもりはさらさらない。……そこで一つ、お願いをしたんだ」
「何、を……」
「数年間だけ猶予をもらったんだ。その間に、君を鍛える。君が一人で生きていけるように、魔法も、守る術も、全部教える」
「でも……もう私、生きたくない……」
「いいや、君は生きなくちゃいけない」
「どう、して?」
「僕がそれを望んでいるからだ」
「……は?」
テティアはキョトンとした。
マーリンは続ける。
「いや、僕だけじゃない。君の両親もきっとそう思ってるんじゃないかな?」
マーリンはそう言って、
「いくら君が死にたい、生きたくないと思っても、それを超えるくらい多くの者たちが君の生を願っている。君は、その願いに応えるべきなんだよ」
「………」
マーリンの言葉に、テティアはうつむき、黙った。
「まあ、最終的に決めるのは君だ。……さあ、どうする?やるか、やらないか」
「さっきの言葉を聞いて……断れるわけ、ないでしょ……」
テティアはキッ、と睨むようにして言った。
マーリンはその反応に微笑んで返す。
「じゃあ、さっそく今から始めよう。まずは攻撃魔法の勉強だ」
「はい!師匠!」
「し、師匠?」
「教えてもらう立場ですから!今後は師匠と呼びます!」
口調も敬語になってる……。
まあ、やる気があるしいいか。
マーリンは苦笑しながら、テティアに教え始めるのだった。
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