第4話 黒竜

私がこの村にやってきて数週間が過ぎた、ある日のこと。


「ああ。嫌だ、だるい。働きたくない」


家のドアを開けながらマーリンはそうブツブツと言っていた。


マーリンはこの頃村の雑用に勤しんでいたのだが、動きたくないらしい。


だが、彼にはそれでもやらなければならない理由があった。


それが私だ。


彼は魔族である私がここに住むことと引き換えに、村のために働いているのだ。


「その、ごめんなさい。私のせいで……」


私の言葉に、マーリンは笑って返した。


「君のせいじゃないさ。そもそも連れてきたのは僕なんだし、後悔もしてないよ」


マーリンはそう言うと、「じゃ、行ってくるね」と言い残し家を出た。


家には私だけが残される。


「さて、今日は何をしようかな」


私はそう呟きながら自分の部屋を開けた。


部屋の中は、何十冊もの本に浸食されていた。


何冊もの本が床に散乱し、踏めるところを探すことすら難しいほどだった。


マーリンはどうやら物の片付けができない性格らしい。


私が彼の家に居候を始め、この部屋をあてがわれた時はとても驚いたものだ。 


ちなみにマーリンの部屋はこれ以上に汚い。


まったく、本好きなのは結構だが家の掃除くらいちゃんとして欲しい。


……住まわせてもらってる私が言うのもアレだけど。


ハァ、とため息を吐きながら、私は散らかっていた本の中から一冊の本を取り出した。


表紙やタイトルから察するに、各国の都市伝説、名所が書かれたものらしい。


「へー。面白そう」


私はこういった話が大好きだ。


今は無理だとしても、いつか旅に出て、この本に記されているような様々な場所を冒険してみたい。


願うならば、エレンやアーノルドたちと……


そう思いながら、本を開こうとした時、


「テティアちゃ~ん。いるー?」


コンコンコン、と声とともに家のドアが叩かれた。


この声はエレンのだ。


「は~い」


ガチャリとドアを開けると、エレンたちが顔を出した。


「エレンたち、どうしたの?」


「今日もボール遊びしない?」


「……あ、うん。いいよ」


今日は本を読みたかったが、まあいいか。


私は家を出て、みんなといつも遊ぶ広場へと向かった。


▲▽▲


私たちは広場に着くと、いつものようにボールを投げ合った。


ちなみにそのなかにアーノルドの姿はいない。


聞いてみたところ彼は家の手伝いでいないとのことだった。


「ホイッ」


ザインの投げたボールが私に向かって飛んでくる。


私はそれをキャッチした。


「おお、ボールが取るの大分上手くなったな」


「へへ、ありがとう」


私はお礼を言いつつ、近くにいたエレンにボールを投げた。


「はい、エレン」


私の投げたボールはエレンの頭上……へ向かうはずだったが、少し後方へと行ってしまいそうだった。


しまった。少し力みすぎた。


「オーライオーライ」


エレンはボールを受け取るため、後ろへ下がろうとした。


しかし、


「……え?」


なぜかエレンは途中で足を止めた。


当然ボールは受け止められることなく彼女の後ろへ落ちた。


「おいエレンなにしてんだよ」


ザインが言うが、エレンは何も言い返さず空を見ていた。


「どうしたの?」


「なに、あれ……?」


エレンは呆然としたように空を指さした。


「あれ?」


私が指さした方向を見ようとした、その時だった。


ドゴォォォンッッッ!!!


脳みそが揺さぶられるほどの地響きと熱風が私たちを襲った。


「かっ……!」


あまりの衝撃、災害。


防御魔法を展開する暇も、なにが起こったのかを確認する暇もなかった。


ただ分かったのは、私たちが吹き飛ばされたこと。そして、意識を失ったことだけだった。


▲▽▲


「う…うう…ん…」


重い瞼を起こし、目が覚める。


ぼんやりとしていた像が線を結んだ時、ようやく私は青髪の少女が倒れていることに気が付いた。


「エレン!」


慌てて駆け寄り、彼女を抱き起す。


「う……ううう……」


エレンはうめき声をあげるだけで意識を失ったままだった。


それにしても、ひどいケガだ。


全身にできた裂傷に打撃痕、そして火傷。

とても私が扱えるような回復魔法では治せない。


「ほかのみんなは……!?」


私はザイン達を探そうとして、そこで気付く。


村が焼かれ、火の海になっていることに。


「いったい……なにが……」


その時、ズシン!ズシン!と重い物が動く音が聞こえ、


「……!」


同時に後ろから凄まじい魔力を感じた。


「え?」


恐る恐る、後ろを振り向く。


それは、巨大な竜だった。


吸い込まれるような漆黒の鱗、悪魔のような禍々しい翼、鋼をも切り裂きそうなほど鋭い爪。


そして、血走ったように赤い瞳。


「あ…あぅ…あ……」


その竜には、見覚えがあった。


奴は、私の親を、村のみんなを殺した魔物だったのだ。


怒りは、湧かなかった。


それよりも恐怖が勝ったからだ。


――逃げろ、逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ


必死に、己の足に、体に訴えかけるが、震えるばかりでまったく動かせなかった。


黒竜はズシン、ズシンと音を立て、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。


グパァ、と黒龍の口が開かれ、ズラリと並んだ凶悪な牙を覗かせた。


――ああ。私死ぬんだ


頭が真っ白になり、体から力がぬける。

そうして嚙み殺されそうになった、その時。


こつん、と黒竜の頭に小石が当たった。


一瞬、黒竜の動きが止まる。


「ウラァァァァッッッ!」


その隙を突くように小さな影が飛び出し、その手に持っていたナイフで黒竜の左目を刺した。


「■■■■■ッッッ!!!」


黒竜は身をよじって小さな影を振り落とした。


影はよろめきながらも地面に着地する。


その影の正体は……


「ア、アーノルド!?」


「無事か!?逃げることは……できそうにねえよな!待ってろ、俺がコイツをブッ殺してやる!」


アーノルドはナイフを構え、黒竜へと向かっていった。


とてもではないが、あんな装備であの竜は倒せない。


「アーノルド!ま――」


ビュン!と鞭のごとく振るわれた黒竜の尻尾が、アーノルドの胴に直撃する。


「――あ」


アーノルドはボロ雑巾のように吹き飛ばされ、近くの木に直撃した。


「ガッ……」


アーノルドは吐血し、倒れた。


「あ…ああぁ……」


あまりの光景に視界が、頭が真っ白になる。


そして、恐怖で支配されていた頭の中が真っ赤に染まり、


「ああああああああ!!!!!!」


獣のごとき声を上げ、発狂した。


――――――――――――――――――――


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