第3話 束の間の平和

これはどういう状況なのだろうか


青髪の少女、エレンにひっぱられながら、私は思った。


私は人類の敵、魔族だ。


だというのに、この子らは私を受け入れてくれている。


「ねえ、ボール遊びをしましょう」


と、いつの間にか手を離していたエレンがそう言った。


「ボール…遊び?」


聞いたことのない言葉に私は困惑した。


「…これ」


隣に立っていた灰色の髪の少年、アッシュはその手に持っていた謎の玉を私に見せた。


「何これ」


「ボールってやつで皮膚の柔らかい魔物の皮を繋ぎ合わせて作ったものらしいぜ」


と、ザインが説明した。


「ほら、こうやって遊ぶの」


エレンはアッシュから受け取ったボールを天高く放り投げた。

そしてボールは緩いこを描いて私に向かってきた。


「え?わわっ!」


私は慌ててボールを掴んだ。


…で、これをどうすればいいんだろう


「お~い。こっちこっち」


声のする方に目を向けると、いつの間にか離れていたザインがこちらに向けて手を振っていた。


あちらに投げればいいのだろうか


「えいっ」


私が投げたボールをザインは「ナイスキャッチ」と言って受け取った。


そして、その隣にいた気弱そうな少年、テオにボールを投げた。


「ありがとう」


ボールを受け取ったテオはアッシュに、アッシュはエレンに、そして再び私にボールが戻ってきた。


私は先ほどと同様にザインにボールを投げる。


そのような単純な作業を延々と繰り返す。


……これのいったいなにが楽しいのだろうか?


そう疑問に思った時だった。


「あっ!?」


突然クリスが変な声を上げた。


なんだ?と思い目を向けると、ボールが近くにあった木の枝に引っかかっていたのだ。


おそらく、ボールを高く上げすぎて木の枝に引っかかってしまったのだろう。


「ありゃ~。こりゃ高くて落とせそうにないなぁ」


「……困った」


「もう、何してんのよ」


「ご、ごめん」


テオはシュンとして謝った。

どうやら彼がしでかしたらしい。


「大丈夫」


私はポン、とテオの肩に手を置いた。


「魔法で落とす」


私はボールを引っかけている木の枝に手の平を向けた。

そして、魔法を使うべく詠唱した。


「我が魔力を糧に風の刃よ飛び立ち切り裂け、『ウインドカッター』」


ビュン!と私の手の平から風の刃が飛んでいき、それは狙い違わず木の枝を切り裂いた。


必然、切られた木の枝はボールとともに地面に落ちた。


「ふう……」


それを見届け、小さく息をつくと、周りから歓声が上がった。


「すごい!テティアちゃん杖なしで魔法が使えるの!?」


エレンが興奮したようにズイッ、と近付いてきた。


「う、うん。でも、魔族でそれは普通だよ。村のみんなは無詠唱で魔法を使えてたし」


「ほ、本当!?」


「……驚いた」


「魔族ってすげぇ!」


私の言葉にエレン達は驚いた。


「そんな大したことはないと思うんだけど……」


「そうだぜ!どこが大したことなんだよ!」


と、私の言葉に答えるように誰かが言った。


声のした方を振り向くと、そこには一人の少年が立っていた。


年は私たちと同じくらい。黒い髪と瞳を持つ、やんちゃそうな少年だった。


「そんな魔法より、剣の方が強いに決まってんだろ」


少年はそう言いながらスタスタとこちらに近付いてくる。


「ああ!アーノルド、こんなところにいたの!?なんで広場に来なかったのよ!」


エレンの怒りの声に黒髪の少年、アーノルドは「うるせえ!」とだけ返し、私を見た。


「てめえが噂の魔族か」


「う、うん……」


「はん!弱っちそうだな!」


ええ…。初対面の相手に失礼だなこの人…。


「ちょっと!勝手に入って来て何言ってんのよ!」


先ほどよりも刺を付けて言うエレンに対し、アーノルドはまた「うるせえ!」とだけ返して、


「どうせボール遊びなんてくだらねえことしてたんだろ。……おい、お前」


「な、なに?」


「名前は?」


「……テティア」


「よしテティア。今から俺がすげえところに連れてってやるよ」


「すげえところ?」


いったいどんなところなのだろうか。


「着いてからのお楽しみだ。おいエレン」


「何よ?」


「そいつを目隠ししろ」


アーノルドは私を指さしつつそう言った。


「はあ?嫌よ。というかそもそもどこに連れて行く気よ」


「ふん。そんなんあそこに決まってんだろ」


アーノルドは分かってんだろという風に言うと、


「ああ。あそこね」


エレンは意地の悪い顔になった。


「テティアちゃんごめんね」


エレンの言葉とともに、視界が真っ暗になった。


いや、厳密にはエレンに目隠しをされた。


「え?なに?なんなの?」


「すぐに分かるさ。ほら、行くぞ」


ぱしっ、と手を掴まれ、引っ張られる。

この手は恐らくアーノルドのものだ。


「お前らどこに行くか知ってるか?」


「……分からない」


「僕も」


後ろから、ザイン、アッシュ、テオの声が聞こえる。

会話から察するに目的地を知っているのはアーノルドとエレンだけなのだろう。


「この先だぜ」


「この先って森の中じゃねえの?」


「だ、大丈夫?」


「大丈夫よ。ここに魔物はいないわ」


「ああ。……けど、秘密にしろよ?」


耳から入ってくるみんなの声を聞きながらしばらく歩いた後、アーノルドの引っ張ていた手が止まった。


「着いたぜ」


アーノルドの声とともに、覆われていたエレンの手が外される。

久しぶりに入ってきた太陽の光に目を細めながら、私は目に映るものを見た。


「…………!」


それを見て、私は息を飲んだ。

目の前には、視界に入らないほど広い花畑が広がっていたのだ。


「……キレイ」


私は花に対してあまり知識が無かったが、それでも目の前に広がる色とりどりの花たちは、私の心を奪うのに十分だった。


ザイン、アッシュ、テオの反応も私と同様に綺麗だと思ったのだろう。


「おおー!すげえ!」などと言いながら花畑を駆け回っている。


「な?すっげぇだろ?」


隣に立っていたアーノルドが笑みを浮かべながら問うてくる。


それに対し、私は


「うん。すごくキレイ」


にこり、と微笑んで答えた。


すると、なぜだろうか?アーノルドは急に顔を赤くしてこちらから目をそらした。


「どうしたの?」


「あ!い、いや……」


「……プッ。アーノルド、顔真っ赤じゃない」


「う、うるせー!」


エレンがからかうように言うと、アーノルドはより一層顔を赤くして怒った。


それが、面白くって、おかしくって。


「……ぷっ」


小さく吹き出して


「あはははははは!」


大きく、はしたなく、笑った。


「お、お前!笑うんじゃねえ!」


知らない知らない。構うものか。

そんなの無視して、笑い転げる。


ああ、こんなに笑ったのはいつぶりだろうか。もしかしたら、生まれて初めてかもしれない。


こんな日が、いつまでも続けばいいな。


……そう、思っていた。


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