第38話 侵入者
「ジュディ先生、ここを動かないでください。いいですね?」
理解が追い付かないまま呆然としているジュディと、倒れたまま微動だにしない二人の子供をかばうように、フリッツが前に進み出た。
黒衣の少年に気付いた二人の侵入者たちは、少し離れたところで歩みを止める。背中にクジャクの羽を生やしたラバの異形、すなわち悪魔キュニフォルメが、隣にいる長衣の人影にぼやいた。
「あのコートの少年が、フリッツとかいう不死の者ですか。想像していたよりもずっと普通に見えるのは、私の想像力が乏しいからでしょうね。それにしても」
キュニフォルメはランディを横目でじろりと見た。
「彼がこの場に居合わせるとは、なんたる偶然。まさか、あなたが仕組んだのではないでしょうね。ランディ殿」
長衣の男ランディは前方のフリッツを見据えながら、苦々し気な口調で吐き捨てた。
「ご冗談を。奴に会うなどと、私だって前回を最後に、二度とごめんこうむりたいところでしたが」
ほう、とキュニフォルメは黒衣の美少年を遠目に見やった。
「それほどですか。あなたは彼に、よほど痛い目を見させられているようですね。で、対応はいかに?」
「表情を見るに、奴の記憶は失われたままであると推察します。学習しないうちに無力化しておくのが得策かと」
キュニフォルメはため息をつくと、やれやれと首を振った。
「無力化、か。げに、不死とは厄介なもの」
すでにフリッツは彼らのことを、正体こそわからないまでも明確な敵として認識していた。軽く身を沈めると、標的を定めるように視線を交互に配る。その機先を制するかのように、キュニフォルメはその
「初めまして、フリッツ殿。私はキュニフォルメ、この世界を守護する悪魔の一柱です。我々がここに来た目的は、そこにいる銀髪の子供二人を殺すことです」
悪魔は簡潔な自己紹介を終えると、相手の反応を待つ。与えられた仕事を淡々とこなす者に特有の無感情で武装したキュニフォルメに、フリッツはようやく口を開いた。
「なぜ、子供たちを殺す」
その問いは短かった。あるいは、話すことに大した意味などない、と考えているのかもしれない。リョーコ流に言えば、あるいはグラムロックの男が説くところの、言葉でわかることなどそれほどない、といったところか。
キュニフォルメは細い顎に指をあてると、妖艶に笑った。
「もちろん、時には大人を殺すこともあるのですけれどね。大人よりも子供を殺す方がたやすいし、我々にとって将来的な不利益が生じにくい、というのがその理由です」
またしても簡潔で、論理的にも聞こえるような返答である、その内容自体は不可解なものであるにしても。
「だからこのような子供たちが集まっている施設は、我々が標的を探すのに誠に都合が良い」
女悪魔の説明を聞き流すフリッツの表情は、氷のように冷たかった。
「どうやら、僕の質問の仕方が間違っていたようだ。子供を殺す目的を話せ」
キュニフォルメは彼女が持つ最大限の辛抱強さで、内心の腹立たしさを抑えた。
この悪魔殺しが。やっていることは我々とほぼ同じなのに、その憎悪むき出しの目はなんだ。
「……いずれ忘れてしまうあなたには、話しても仕方のないこと。もっとも、我々に協力してくれるというのなら話は別ですが」
「悪魔と交渉などしない。話さないというのなら、お前には何の価値もない。この場で消滅しろ」
二人の会話を黙って聞いていたランディの口元から、くっと失笑がこぼれた。それを耳ざとく聞きつけたフリッツは、注意をわずかにそらす。
ランディは一歩前に踏み出すと、フードを払って茶色の長衣を脱ぎ捨てた。
「これはすまない、以前会った時と全く同じことを言うと思ってな。お前さんのそのぶれない信念ってやつには、まったく敬意を表するよ」
顔面を半分ほども覆う半鏡処理された大きなゴーグルが、日の光を反射して散乱光を放つ。完璧に隠されたその視線は追うべくもないが、フリッツに向けている
赤い髪を後ろに撫でつけているさまは向かい風になびく炎を思わせ、細長い顎は餓狼のような表情をより精悍に見せている。黒いボディスーツに鋼鉄製の手甲、金属の前当てがついた
誘うような軽い口調とは裏腹に、ランディの周囲には一触即発の空気がみなぎっている。
「俺から言わせりゃ、確かにお前さんは同情に値する身の上だとは思うがね。かといってそれは、こちらの邪魔をする理由にはならな……」
突然に視界全体を埋めた暗赤色の瞳に、ランディは言葉を続ける間もなかった。
速い。こいつ、治癒魔法で脚を強化しやがった。
フリッツは右肘を前方に曲げると、高速で相手の顔面に突き込んだ。反応したランディは両腕の手甲を眼前で交差させることで、迫りくる肘鉄をかろうじてブロックする。接触した反動を利用して左足を軸に一回転したフリッツは、がら空きになったランディの胴に回し蹴りを放った。
「ぐうっ!」
左わき腹に打撃を受けたランディは、そのまま後方に跳んで衝撃を緩和すると、土煙を上げながら着地して飛びずさった。蹴りの影響が残っているのだろう、思わず片膝をつくと忌々し気に地面につばを吐く。
フリッツはふんと冷たく見下ろすと、かがんでいるランディに人差し指を突きつけた。
「人が話をしているときに邪魔するな、黙って見てろ」
立ち上がったランディはその場で軽くステップをして大きなダメージがないことを確認すると、小さく舌打ちした。
まったく、この小僧ときたら。大した考えもなく戦っているくせに、無駄に強いときてやがるぜ。
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