第15話 俺は逃げる事しか出来ないのだろうか
三日ほどたったある日、村が騒がしくなった。
「勇者様だ! 勇者様がいらしたぞー!」
家の外からは、勇者の来訪を告げる声が響いていた。
「勇者、だと?」
まさかキースが俺を追ってこの村まで来たのだろうか。だがおかしい、キースはまだ世界に勇者として知れ渡っているとは思えない。
エリに聞いた話によると、この村は帝国領の最南端にある村だそうだ。俺の住んでいたシグル村とは別の国になる。果たして、この短期間で別の国にキースは勇者として認知されたのだろうか。
「一体、どういう事だ」
俺は、様子を伺うことにした。
見つかっては厄介なので、家のかげから村の広場を観察する。
地べたに座り頭を低くしてる村人達、そしてそれを見降ろすかの様に一人の若者が立っているのが見えた。
短い黒髪の青年で、目つきは鋭く、背中には大剣を背負っている。明らかにキースではない。
「そうだひれ伏せ。貴様らが今日を無事に生きられるのも、この勇者マティアス様のおかげだという事を噛みしめろ」
その勇者と名乗った人物は、恍惚な表情を浮かべ村人たちを見降ろしていた。その中には勿論エリもおり、一番前では地主が首を垂れていた。
「勇者様、よくぞお越しくださいました。それで、今日は何用で?」
地主が頭を下げたまま発言する。
「まぁ、今日は村の視察と、俺の可愛いペットを探しに、な」
マティアスはそう言うとぐるりと周囲を見渡した。
「恐らくこの村に、トロが来ていると思うんだが……」
「トロ、でございましょうか?」
「そうだ。可愛いやつでなぁ。頭が二つある大きい犬なんだが、知らないか?」
マティアスはしゃがみこみ、地主の髪を掴むと顔を少し上げ覗き込む。
「い、いえ。私は存じておりません」
「そうかそうか。まっ、良いだろう。今日はゆっくりとこの村で過ごさせてもらおうか」
「ハハッ! そうしましたら、先ず私の屋敷にてお茶を用意させますので、そちらでおくつろぎくださいませ」
「おお、気が利くじゃないか。それに、女なんかもいれば最高だな」
「生憎ですが、この村には既婚者と行き遅れの者が1人しかおりませんで」
「構わん。適当に用意しろ。じゃあ、さっそく案内を頼んだぞ」
そう言われると地主はそそくさと立ち上がり、ごまをすりながらマティアスを自分の屋敷の方へ連れて行った。
地主たちの姿が見えなくなると、村人たちは困り顔で立ち上がり、それぞれの場所へ散って行った。
しかし、不味い事になった。恐らくマティアスが探しに来たのは、先日俺が仕留めた双頭の犬だろう。
その後、どうなったのかは知らないが、その死体はおそらく森の中にある。もしそれが見つかったならどうなるのか。
家に戻りしばらくすると、エリが帰って来た。だがその表情は暗い。
「厄介な事になったよ。まさかこんなタイミングで勇者様が来るなんてね」
「勇者? あいつは本当に勇者なのか?」
俺の知る限りこの世界を救った勇者は一人で、その息子もまた一人のはずだ。
「そうなんだよ。あの方は帝国の勇者様でね、定期的に帝国内の村や町を巡回しては、国民の命を守っているんだよ」
「俺にはとてもそんな素晴らしい人物には見えなかったが」
「あぁ、あんたもそうかい。あたしもあまりあの方を好きになれないんだよ。こんな事他の村人に聞かれたら大変だけどね」
そう悲しい笑顔をしてみせた。
「性格は抜きにして、あいつが勇者とはとても思えないが……」
「本人が言うには、勇者アルガスの血を引いている、って言うんだけどね……」
エリはそう言うと胸元に有った首飾りをギュッと握りしめた。
「あたしはね、昔に勇者一行に助けてもらったことが有るんだよ。その時に見た彼らの瞳と、マティアス様の瞳は全く別物さね」
にわかに信じがたい話だった。もしあのマティアスという人物が勇者アルガスの血を引いているとしたら、キースの兄弟という事になる。もし、勇者アルガスがキルシェ以外の人物と子をなしていたというのなら、最低だ。
「とにかく、あんたはあのお方と接触しない方が良い」
「あぁ、分かった」
俺もなるべくなら面倒事は避けたかった。さっさと傷を治して、早くこの村から立ち去らなければ。
その日、夜に家を出たエリは朝まで帰って来なかった。
◆◆◆
翌朝、身支度を整えていると村の広場の方が騒がしかった。
「俺の可愛いトロを殺したやつは正直に名乗り出ろ!」
勇者の怒号が聞こえる。やはり、先日俺が仕留めたあの双頭の犬がトロだった様だ。
「可愛そうによぉ。バラバラになって森の一角に埋められていた。痛かったよなぁ、辛かったよなぁ」
様子を見に行くと、マティアスは天を仰ぎ涙を流している。
「そんな残虐な事をした奴が、この村にはいる! こんな村、もう滅ぼすしかないよなぁ?」
マティアスのその言葉に、地主が即座に反応した。
「勇者様! それだけはご勘弁を!」
「ならば誰だ!? 今すぐ名乗り出るのならば、そいつの命だけで勘弁してやる」
お互いの顔を見合わす村人達。それぞれが「俺は知らない」とか「俺はやってない」等と口にしている。
エリと先日助けた村人が目くばせをしていると、地主が思い出したように声をあげた。
「そうだ! 一人だけ部外者がおりました。あ奴がやったに違いありません!」
地主のその言葉にマティアスは怪訝そうな表情をした。
「部外者だと? 今すぐそいつをここに連れて来い!」
その言葉にすぐさま反応したのはエリだった。
弾かれたように立ち上がると、こちらの方へ駆けてくる。
村人たちに気付かれないように俺が家の中に戻ると、エリもすぐに入って来た。息を切らせながら、扉に閂をかける。
「早く逃げな! あんた殺されちまうよ」
「し、しかし、俺の所為でこんな事になっているんだろう?」
「ダメだ。あんたはまだ生きていなくちゃ」
勇者マティアスの実力がどれほどのものか分からないが、全快復していない状態で相対するのは得策では無いだろう。まして自分の実力を測る相手がキースしか居なかった自分にとっては、相手と力量の差がどれほどあるのか検討もつかない。
俺が逡巡していると、エリは台所の片隅に有った壺を動かした。そこには、人が一人通れるくらいの穴が空いていた。
「さぁ、ここから逃げな。これはあたしがいつかこの村を逃げ出そうと何年もかけて掘った穴さ。村の外れに繋がっているよ」
「だがっ――」
エリの唇で言葉を遮られる。
「あんたが特別だって解ってる。でも今は逃げるべきさ」
エリはそう言うと、胸元のネックレスを外し俺に手渡して来た。
「これは、あたしの初恋の人から預かった物でね。『世界が平和になるまで預けておく。その時が来たら返してもらいに来るから』そう言ってね。でも結局、魔王が滅ぼされたけどあの人は来てくれなかった。でもそれは、邪悪な物から守ってくれるお守りなんだ。だから、あんたが持っているべき物なんだよ」
どうすべきか困惑していると、背中を押され穴の前に押し出された。
「さぁ、後の事は任せて早く行きな。これ以上、あたしの事を困らせないでおくれ」
エリは嬉しいような悲しいような表情を浮かべ俯いた。
確かにこれ以上ここに留まっても迷惑をかけるだけだろう。
「すまない。世話になった」
俺はそう告げると、穴に潜った。
すると、すぐさま壺で穴の入り口を塞がれた。
「あんたと過ごせた数日間、とても幸せだったよ。ありがとう。さよなら」
その言葉の後ろから、扉をドンドンと叩く音が聞こえてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます