第13話 目覚めるとそこは農村だった。
目を覚ますと、知らない場所に寝かされていた。藁で出来た質素な布団、とても年季の入った家の中だった。
ぼんやりとした頭で、記憶をたどってみる。
試練の洞窟でキースと対峙した後、黒い物に包まれ俺の体は魔王に乗っ取られた。
その時の光景は、一応客観的に眺めていたのは覚えている。
そして、村を破壊つくした後キースの剣げきをいくつか貰い、腕を切り落とされた。
復活したばかりで力を完全に取り戻していないという事も有ったのだろう、傷だらけの状態で何とか飛び、北の方角へ逃げることになった。
どれくらい飛び続けたか分からないが、途中で気を失ってしまったのだ。
「――ぐっ!」
上半身を起こすと、体中に激痛が走った。しかし、誰かが手当てをしてくれたのだろうか、上半身は包帯でぐるぐる巻きにされており、切られたはずの腕は元に戻っていた。
腕を軽く動かしたり、手を開いたり握ったりしてもなんの違和感もない。
とにかく、なんとか生き長らえたようだ。
すると、家の引き戸がガラリと開き一人の女が入ってきた。
「あら、目を覚ましたんだね。良かった」
歳は二十代後半ぐらいだろうか、とても落ち着きのある雰囲気で、頭には布を巻いてる。
手には竹で編んだ籠を持っており、中には野菜らしきものが入っていた。
農作業でもしていたのだろうか、身に纏っている衣服や顔には土が付いている。
そして女は、引き戸を閉めると取ってきたであろう野菜を、石で出来たすり鉢ですりつぶし始めた。
「あたしはエリっていうのさ。しかし、びっくりしたよ。あんたが森の中で素っ裸で倒れているんだもん。しかも傷だらけで。ここまで運ぶのに相当苦労したんだからね、感謝してよ?」
こちらが何か言う前に、そのエリという女は一方的に話かけてきた。
「なにっ? 素っ裸で?」
俺は慌てて布団をめくり下半身を確認する。しかし、麻で出来たズボンをしっかり履いていた。
「ああ、急ごしらえで持ってきたものだから、丈が少し短いだろうけど、後でちゃんとしたのを準備しておくよ」
「……ああ、すまない。助かったよ」
俺は今だ事態も飲み込めず、そう言うのが精一杯だった。
「しばらく、ここで傷を癒すと良い」
エリはすりつぶし終わった野菜を持ってくると、俺に巻かれている包帯を外しだした。
そして、何も言わず傷口にすりつぶしたものを塗り始める。
「何も、聞かないのか?」
「そりゃなんであんたが森の中で素っ裸で倒れていたのか気にならなくは無いけど、言いたくないことだって有るだろう? 別に無理に聞こうなんて思ってないよ」
それにしても、警戒心が無さすぎる。
「いや、もし俺が悪いやつだったらどうするんだ? 自分に危害を加える奴かも知れない。そんな風には思わなかったのか?」
「そしたらそれはそん時さ。何となくほおっておけない。それは助ける理由にならないのかい?」
その笑顔にドキリとしてしまった。まっすぐな善意に。
「さっ、出来たよ」
エリは薬草を塗り終えると、新しい包帯を巻いてくれた。
「食欲はあるかい?」
「ああ」
傷の具合からまだ立ち上がるのは難しいが、腹は空いていた。早く傷を治すためにも、食事は取っておいた方が良いだろう。
「あまり良い物を食べさせてやれないけど、我慢してね」
そう言って準備してくれたのは、野菜の入ったお粥だった。
まだ食器を持つ力も無かったため、とても恥ずかしかったがエリに食べさせてもらった。
◆◆◆
翌朝目覚めると、エリが外に出る支度をしていた。
「ああ、お早う。昨日の残りは好きに食べていいからね」
昨日の事を思い出すと、少し照れ臭くなった。
傷の具合も悪くなく、立ち上がって多少歩くことぐらいは可能そうだった。
「そうだ。村の皆には、あたしの遠い親戚って事にしてあるから、そこんとこよろしくね」
そう言ってエリは家を出て行った。
エリから聞いた話では、俺は三日ほど眠っていたらしい。
見つけた当初はそれこそ傷がひどい状態で、熱もありずっとうなされていたとの事だ。
ただ、その時から腕は有ったと言っていた。
自然と治ったという事なのだろうか。魔王の治癒力なのかもしれない。
その代わりかどうかは分からないが、自分の中の魔王は眠っているように静かだ。
そして半身を覆っていた黒い物も、すっかり無くなっていた。
傷ついた体に鞭を打ち、立ち上がってみる。最初は少しよろめいたが、ゆっくり歩く分には問題ない。
エリの家を出ると、そこかしこに畑が広がっていた。どうやらここはどこかの農村の様だ。
シグル村から一体どれほど来た場所なのかも分からないが、外の世界を知らない俺にとってとても新鮮に映る。
しばらく足を引きずりながら散策をしていると、村人に話しかけられた。
「よぉ、あんたがエリんとこで静養しているっていうあんちゃんか。名前は確か、タツだったか」
その中年の男は、額の汗を布で拭いながら話しかけてきた。今まで農作業をしており、丁度休憩中の様だ。
男の言った事に反論しようと思ったが、エリの言葉を思い出しグッと飲み込んだ。
「ああ、暫く厄介になりそうだ」
エリのためにも、自分のためにも事を荒立てない方が良いだろう。
「おぅ、こっちこそよろしくな」
男はニッコリと笑った。
「しっかしエリも、いつまでも嫁に行かねーと思ったら、こんなイケメンの親戚がいたとはな」
「ん? どういう事だ?」
自分がイケメンかどうかは置いておいて、いつまでも嫁に行かないっていうのはどういう事だろうか。
「ん? エリから聞いてないのかい? まぁ、この村の女は大体成人を迎えたら嫁に行くもんなんだよ。この村の中だったり、町に行ったりしてな。んだから、この村で独身の女はエリだけなのさ。若い頃は村の衆も言い寄っていたりしたが、二十歳も半ばを過ぎると、貰い手なんていなくなっちまうからな」
何か彼女には、嫁に行かない、いけない理由などが有るのだろうか。
「あいつももう数年で三十だ。いよいよ後がないな。もしかして、あんちゃんと出来てたりしてな。がっはっは」
悪い冗談だと思いつつ、その村人とその後少し会話をした後、また散策に戻った。
いずれ出ていく場所だ。あまり親しくなっても良い事は無いだろう。ましてや自分の中に魔王がいるのだ。いつ、この村を毒地に変えてしまうか分からない。
「おや、君は? 見ない顔だね」
散策を終えて、エリの家に帰る途中神経質そうな男に声をかけられた。
「あぁ、エリの家で暫く厄介になっている者だ」
「ほうほう、君がねぇ」
その舐めまわすような視線が気持ち悪い。散策してて何となく感じたことだが、この村はあまりよそ者には寛容的ではないらしい。
エリがあえて親戚と言ったのには、そう言った理由もあるのだろう。
「タツ! あんたダメじゃないか、まだ安静にしてなきゃ」
嫌らしい感じの男からどう逃げようか考えていたところにエリが駆け寄ってきた。
「ああ、地主様。この子がこの間話した親戚のタツです。怪我が良くなるまで暫く家で預かりますので、どうかよろしくお願いします」
「まぁ、とりあえずは構いませんよ。面倒事さえ持ち込まなければね。よそ者はすぐ面倒事を持ち込むので嫌いですけど、エリさんの親戚ということでしたら大丈夫でしょう」
地主はうすら笑いを浮かべながらそんな事を言った。しかし、言葉の節々に嫌味を含んでいた。
「さぁ、今日は帰ろう。芋を取ってきたから一緒に食べよう」
そうエリに促され、嫌味な地主から離れることが出来た。
家に入るなりエリが、
「あの地主様はよそ者がとことん嫌いなんだよ。多分あんたの事も疑っていると思うよ。だから気を付けなね」
と教えてくれた。
そして、その夜の食事は芋粥だった。芋と米を甘く炊いた物で、素朴な味だがとても美味く感じた。
食欲も順調に戻って来ているようだ。
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