第2章
第12話 勇者と呼ばれることの苦労は誰も理解してくれない
俺には親友が一人いた。
同じ日に生まれ、小さい頃はまるで兄弟の様に毎日一緒に過ごしていた。
体格もさほど変わらず、強いて言えば俺の方が少し背が高い事ぐらいだろうか。
しかし、決定的に違う所があった。
それは、俺が勇者だということだ。
その事で、あいつはただの村人だった。一応両親が勇者パーティーの一員では有ったが、俺ほど優遇はされていなかった。
そのためか、幼い頃は素直で優しかったあいつも、成長するにつれひねくれた性格に変わって行った。
だが、勇者という重荷を背負う俺と違って、気ままに日々を送っている。
何の苦労も無く、何の悩みも無く過ごしているあいつを見ていると妬ましくさえ思える。
俺はそんなあいつ――キース――が憎い。
小さい頃は、そんな兄弟同然の相手だけが怒られるのは可愛そうだと一緒に怒られたり、
褒められる事をした時も、キースも一緒にやった事だと目をかけてやっていた。
だが、それに対して感謝されることは一度も無かった。
あまつさえ、不貞腐れて見せるのだ。
そんな事から、年齢を重ねるにつれ距離を取る様になってしまった。
一応幼馴染であるし、勇者という立場上、無下に扱うことは出来ないので表面上は仲良く対応している。
しかし、一番許せないのはもう一人の幼馴染、セーラがキースに気が有るという点だ。
セーラは村長の一人娘で、気立ても良く村人全員から好かれていた。
光り輝くような長く青い髪、穢れを知らない碧の瞳、整った顔が見るものを惹きつける魅力を持っている。
誰に対しても公平に扱い、人の悪口などは決して言わない。そんな天使の様な彼女が俺は好きだった。
だが、彼女の目はいつもキースを向いていた。
思い返してみると、とある出来事以降そう感じる様になった。
それは、フォレストウルフの子供を救助したあの時からだ。
◆◆◆
俺たちが十歳になった頃、俺とキース、そしてセーラの三人で森を散策していた。
村の外れにある大木の奥にある森だ。
大人達からは、結界が張っているとはいえ魔物が出るかもしれないし、罠なども仕掛けてあるため子供達だけで森に行くことは禁じられていた。
しかし、当時の俺たちはそういう大人の心配なんて分からないし、好奇心の方が勝ったのでこっそりと森に来ていた。
「ねぇ、カイル。やっぱ止めようよ。見つかったら村長に怒られるよ。ねぇ、セーラも止めてよ」
キースが情けない声を出しながら、俺の袖を引っ張る。
「嫌だったら付いてくんなよ。セーラだって、今から帰ったって良いんだぜ」
「私は二人が心配だから一緒に行くのよ。怪我をしたら、私の回復魔法で治してあげるし」
「回復魔法って言ったって、擦り傷ぐらいしか治せないだろ? 流石に勇者の俺でも二人を守りながら戦うのはキツイぜ」
「あら、一応弓もそれなりに使えるから、足手まといにはならないと思いますけど?」
そうセーラはケラケラと笑う。
相変わらずキースはおどおどしながら、俺たちの後を付いてくる。
「それにしても、どこに作ろうか、俺たちの秘密基地」
三人で森に来た目的は、自分たちの秘密基地を作るためだった。木の枝や葉っぱなどを使って簡易的なテントを作り、こっそり寝泊まり出来る場所。そんな場所を作ろうと三人で話し合ったのだ。
「そうねぇ、あまり村から近くてもすぐ見つかっちゃうだろうし、あまり遠くても心配だものねぇ」
「あ、あそこなんかどうかな?」
キースが指さした場所。そこはいくつかの切り株があり、少し開けた場所だった。
「ああ、良いな。大きな木を切り倒す必要も無いし」
そこを秘密基地の場所にしようと三人で向かった時、開けた場所の中央に何かが見えた。
「あ、あれ!」
そう声をあげたのはキースだった。
少し近づいてみると、それは罠にかかったフォレストウルフの子供だった。
結界のため、大人のフォレストウルフであれば入ることが出来ないだろうが、子供のためうっかり迷い込んでしまったのかも知れない。
鉄製の虎ばさみがフォレストウルフの前足に食い込んでおり、そこからは血が流れている。
罠にかかっていたフォレストウルフの子供は、キュンキュンと助けを求める様な声で鳴いていたが、こちらの存在に気づくと、眉間に皺を寄せうなり声を上げ始めた。
「よし、今のうちに倒そう!」
俺は握っていた手斧を握りしめ、距離を詰めようとした。
しかし、
「ダメだよ!」
そう言って俺の前にキースが立ちはだかった。
「なんで! どけよキース! そいつは魔物の子供だぞ。いまやっつけないと大変な事になるかも知れないだろ!」
だがキースは退かない。
「でも、まだ子供だし、たまたま迷い込んで罠にかかっただけかも知れない。それを倒すなんて可愛そうじゃないか」
俺はその甘い考えにイラついた。
「俺は勇者だ! 人類を脅かす魔物は全て倒さなくちゃならないんだ! セーラだってそう思うだろ?」
振り返ってセーラに問いかける。しかし、セーラは首を横に振った。
「何だよ、セーラまで。俺が間違っているというのか?」
「ううん。カイルのいう事は間違っていないよ。でも、魔物だからって抵抗出来ない子供を倒す、そんな勇者に私はなってほしく無いだけ」
「……分かった」
セーラにそう言われては、止めざるを得ない。だってセーラに嫌われたく無いから。
するとキースはゆっくりとフォレストウルフに近づいていく。
「大丈夫、今から外してやるからな」
しかし、その言葉が通じるはずも無くフォレストウルフはうなり続けている。
すぐ傍まで近づくと、身をかがめじっと目線を合わせている。
しばらく見つめあっていると、フォレストウルフのうなり声が少し弱くなった。
そして、キースがゆっくりと罠に向かって左腕を伸ばした瞬間、フォレストウルフが吠えながらその左腕に嚙みついた。
「――っぐ!」
苦悶の声をあげるキース。
「キース!」
俺は手斧を振りかぶりフォレストウルフの首筋に叩きつけようかとしたが、キースが右腕でそれを制してきた。
「怖かっただろ? 痛いだろ? いま外してやるからな」
そして、左腕を噛みつかれながらも、右手で罠を解除しはじめる。
「セーラ、お願い」
キースがそう言うと、すぐ傍まで来ていたセーラが罠の解除を手伝い始める。
俺はそれをただ見ている事しか出来なかった。
二人がかりで無事罠を解除し終えると、すぐにセーラがフォレストウルフの傷ついた前足に回復魔法をかけ始めた。
その時、ようやく自分が助けられたということに気が付いたのか、フォレストウルフは噛みつくのを止めた。
「よしよし、いい子だ」
キースがフォレストウルフの頭をなでると、申し訳なさそうな表情で鳴き声をあげた。
フォレストウルフの傷を回復すると、セーラはキースの腕を治し始めた。
だが、傷はふさがったものの、その後は残ってしまった。
「ごめんねキース、痕が残っちゃった」
「僕は大丈夫だよ。これぐらい気にしないさ」
すると、フォレストウルフはその傷跡をなめ始めた。
「あはは、くすぐったいよ。こいつ、自分のやった事を反省しているんだね」
そして、セーラに対して体をこすりつける。
「あら、私達なつかれちゃったみたいね」
セーラもフォレストウルフの頭をなでたり、仰向けになった腹をなでたりしている。
「なぁ、もういいだろう。さっさとそいつを森に返そうぜ」
そう言って俺が近づいた瞬間、デレデレと甘えモードだったフォレストウルフは低い姿勢で俺に対しうなり声を上げ始めた。
その剣幕は今にも襲い掛かってきそうだ。
「よしよし、大丈夫だからねー」
それをなだめる様にセーラが頭をなでる。
「カイルがさっき倒そうとしたから嫌われたんじゃないか?」
「そうかしら? いきなり近づいたからビックリしちゃっただけじゃない?」
俺もキースがやったのと同じように姿勢を低くし、フォレストウルフの目を見つめる。
しかし、相変わらず俺に対してだけ警戒を解かない。
「分かった分かった、もう近づかないから」
俺は立ち上がり、両手を上げながら後ずさる。
「ねぇこの子、飼えないかしら」
セーラがとんでもない事を言い出した。魔物を飼うだと?
子供の頃は力も弱く、仮に襲われたとしても対したことは無いだろうが、大人になった時、果たして安全なのだろうか。
「何を言っているんだセーラ。そんなこと村長が許すと思うか? 村に魔物を入れる事になるんだぞ」
「このフォレストウルフは大丈夫だと思う。何となくそう感じるんだ」
「それはキースの勝手な思い込みだろう? 魔物は魔物でしかない。そんな危険な生き物を飼うなんて無理に決まっている」
「でも、このまま森に返してもまた迷い込むかも知れないし、餓死するかも知れない。それに僕たちだって助けた責任がある。きちんと最後まで面倒を見るべきじゃないかな」
基本臆病な性格をしているキースだが、変な所が頑固で意見を変えない事が有る。
「分かったよ、好きにしろ!」
俺は正直面倒くさくなった。どうせ村長の許可も降りないだろう。
「ちょっと、どこに行くのよカイル?」
村へ帰ろうとした俺の背中に、セーラの呼び止める声が掛けられたが、俺はそれを無視して歩き出した。
すっかり秘密基地を作る気なんて無くなってしまったからだ。
俺は二人と一匹を森に置き、一人で村へ帰った。
そして俺の目論見は外れ、フォレストウルフを飼う事の許可はアッサリと降りた。
それを聞いて俺は、もし村に対して害をなす事が有れば、キースたちがいくら止めようと絶対に倒すのだと心に誓った。
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