第11話 後悔先に立たずってこういう事を言うんだな

 父親は苦しそうに語り終えると、俺の後ろに向けてこう言った。


「なぁ、アルガス」

 俺はその言葉に振り向く。


 そこに立っていたのは、フード付きの黒いローブを纏った人物――師匠――だった。


「え? 師匠が、アルガスって、え?」

「ゲイル。お前にも負担をかけてしまったな」

 俺の混乱を他所に、二人が懐かしそうに言葉を交わす。


「いや、お前の無念に比べれば。そんな事より済まない。俺たちがもっとしっかりしていれば、魔王が復活する前に倒すことが出来ただろうに」


「自分の息子を殺すために他人の子供を育てるなんて、普通出来る事じゃない。お前たちは悪くない。それより、キースをここまで育ててくれて感謝している」


「ははっ……そう言ってくれると、カーラも喜ぶだろうな……」

 ゲイルが苦しそうにガハッと血を吐く。もう長くは無いのだろう。


「キース……お前はこれから、魔王を倒しに行かなければならない。不甲斐ない両親で、申し訳なかった」

 ゲイルが握っていた手のひらをグッと掴む。


「だが、お前なら、きっと出来るはずだ。天国で……みまもって、いるよ」


 そう言うと再び血を吐き、大きく息を吸ったかと思うと、握っている手の力が無くなった。


「そんな! 父さん!」


 しかし、いくら呼び掛けても返事が無い。


「そうだっ! 師匠なら――」


 師匠がかつての勇者アルガスなら、復活の呪文が使えるかもしれない。


 そう思って振り返る。しかし、その体は透けて見えた。


「すまないな、キース。俺にはもうそんな力は残っていない。それに、生き返らせてもゲイルを苦しめる事になる」


 項垂れる俺の肩に師匠の枯れた手が置かれる。


「全てを受け入れ、お前は強く生きろ。魔王が完全に力を取り戻したら、今のお前では到底敵わない。だが、もうお前に渡すほどの力も俺には残っていない。死に際に残した魔力ももう限界だ。父親らしい事が何一つできず、悪かったな」


「あっ――」


 師匠はそう言うと、大気に掻き消えるに霧散した。本当、師匠はいつも突然すぎる。


 お礼も、恨み事も、何一ついう事が出来なかった。


 ◆◆◆


 俺は、三日三晩かけて村人全員の墓を掘った。墓標は木の枝を十字に結んだ簡易的な物だ。


 村中、生存者がいないか見回ったが、生きているものは居なかった。


 そして、目の前には両親の墓がある。育ての親である、ゲイルとカーラだ。


 荷物をまとめ、別れの挨拶をするために墓前に立っている。


 今にして思えば、母親がなぜ自分に冷たくて、カイルを溺愛していたかが分かる。家に泊めたがったのも、少しでも本当の息子と一緒に居たかったからだろう。


 しかし、村に裏切者がいた可能性が高く、悟られる訳には行かなかった。


 そのため、歪んだ形になってしまったんだと今なら理解が出来る。


 そして、裏切者は現村長だったわけだ。十六年前の事件で、魔王と魔物を村へ入る手引きをした。


 村長がカイルを贔屓していたのは、その体に魔王を宿していたからだろう。


 父親にしても、剣術を教え俺がカイルより強くなることを恐れてしまったのかも知れない。


 勇者の息子である俺に剣術を教えるということは、自分の息子を殺すための術を教えるに等しいからだ。


 そう思うと、両親の苦労が身に沁みる。気が付けば、涙を流していた。


 死んだ直後は色々と理解が追い付いていなかったし、墓を掘っている最中は、それに必死で涙を流す余裕が無かった。


 決して良い息子では無かっただろう。無気力で、反抗的で、ひねくれてて、愛想のない息子。


 親孝行らしいことも一切出来なかった。


 母親とは、ほぼ喧嘩したまま別れたようなものだ。


 もしかしたらあの時、真実を打ち明けようとしていたのかも知れない。


 もし、あの時真実を知っていたら、何か変わっただろうか。躊躇せずカイルを殺せていたのだろうか。


 そもそも、カイルを憎く思い始めたのも、あいつの中に魔王がいたからなのかも知れない。


「じゃあ、行ってくるよ。父さん、母さん」


 俺はそう言うと、手に持っていた葡萄酒の入った陶器をひっくり返し、墓標にかける。


 中身を全部かけ終えると、陶器を墓前にそっと供え、村の出口へ歩き出した。


 背には聖剣を携えて。

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