第8話 突然の告白に、頭が追い付かない
祭壇の前に座っているカイルのその顔は、いままでの勇者然とした正義感溢れる顔ではなく、少しやつれた暗い雰囲気を感じさせた。
「俺を、待っていたのか?」
「ああ、そうだ。久しぶりにお前とゆっくり話がしたくてな」
俺は握っていたショートソードを、腰にぶら下げていた鞘に収めた。
奴が何を考えてここで待っていたのかは知らないが、カイルの警戒心を解くためだ。殺すにしても、今が最適ではない。
向こうも何やら俺に話があるようだし、正直どうでも良い事だが、話ながら隙を伺おう。
「それで、話ってなんだ?」
「お前は、今まで信じていたものが嘘だったとしたらどうする?」
カイルは突然そんな事を言い出した。一体何を言いたいのかが掴めない。
「何のことだ? って顔だな。まぁ、そうだろう。俺も昨日までは全然知らなかったからな。本当、笑っちまうぜ。もう、全てがどうでも良いよ」
「カイル、お前は一体何が言いたいんだ?」
なかなか本題に入らないカイルに苛立ちを覚える。
「俺は、勇者じゃなんか無いんだよ」
「――っえ?」
一瞬、カイルの放った言葉の意味が理解出来なかった。
「俺は勇者なんかじゃない。そう言ったんだ」
改めて言われても、その言葉を素直に飲み込めない。
「昨日、偶然聞いちまったんだよ。お前の親が話しているのをな。いや、正確には俺の親か」
「お前は、一体何を言っている?」
先ほどからカイルが発する言葉の意味が頭に入って来ない。
「そうだよな。信じられないよな。でも奴らが言っていたんだ、俺の事を本当の息子って。そして、成人を迎えた俺は……死ぬってな」
「いや、でも、ちょっと待て……」
混乱のあまり、言葉の続きが出てこない。
「俺も最初は意味が分からなかったよ。でも、うすうす感じていたんだよ。自分は実は勇者ではないんじゃないかってな。それで、お前より先にここに来て確かめた。そしたらどうだ、抜けなかったんだよ、聖剣が。笑っちまうだろ?」
「でも、お前には勇者の印がっ――」
「まだそんなもん信じてんのか? これを見てみろよ」
そう言うとカイルは、着ていた服を上半身だけ脱いだ。
その光景に俺は目を疑った。カイルの上半身の左半分は、ほぼ黒に染まっていたからだ。
そしてそれは、左手の甲からカイルの心臓へと伸び、まるでドラゴンの様な形をしていた。
それは今まさに、ドラゴンのアギトがカイルの心臓をかみ砕こうとしているかの様に。
「大人になるにつれ、なんかおかしいとは思っていたんだよ。小さい頃は村長やお前の親から勇者の紋章だと言われて育ってきた。しかし、これはそんなもんじゃなかった。ただの呪いだよ。しかも、最近になって俺の意思とは関係なく暴れる様になってきてよ。時々自我を失いそうになる。そして俺は、勇者なんかじゃなかった。ずっと騙されていたんだ。この呪いが何なのか知らない。けど、十六歳になったら死ぬ呪いなんだよ。お前に分かるか? 俺のこの気持ちが。ずっと信じてきたものがアッサリ崩れ落ちる絶望が。良い勇者であろうとしていた努力が報われない虚しさが」
カイルの言葉が熱を帯びる。
「俺は勇者として村のために尽くしてきた! 村を守れるよう、強くあろうと毎日鍛錬を積み、子供達の面倒も見てきた! それなのに、俺はもうすぐ死ぬ! 村全員で俺をずっと騙して来た。俺の人生は何だったんだ! ただ何となく、自由気ままに生きてきたお前に、俺の苦悩が、この苦しみが分かるかよ!」
「……んなもん、そんなもん分かるわけねーだろ!!」
そうだ、分かるわけがない。
「ふざけるなよカイル、自分だけが辛いとか思ってんじゃねーよ! 俺はお前がいたせいでずっと惨めな思いをしてきたんだ。村人から大切にされるお前と違って、ひどい扱いを受けてきた! 家畜の世話や糞尿の処理、村の修繕、お前は一度でもやったことが有るのかよ! 親にはほめてもらえず、お前ばかりちやほやされる。そんな人生まっぴらなんだよ! 好きな相手だって俺の事なんか見ちゃいない! 二言目にはお前の名前が出る! そんな俺の気持ちが、お前にだって分からないだろう!」
そうだ、俺だって十六年間ずっと惨めな思いをしてきた。
「お前は随分と鈍感なんだな。あいつは俺の事なんか見ちゃいなかった。だから強引に唇を奪ってやった」
「っ! お前!」
「御託はもういい。でも、最後に腹を割って話せて良かったぜ。俺は死ぬ前にこの村を滅ぼしてやる。でも、まずはお前から切り刻んでやるよ!」
そういうとカイルは懐からナイフを取り出し肉薄してきた。
「ダメっ!」
すると、岩陰から何者かが飛び出して来て俺の前に立ちはだかった。
俺は完全に油断していた、カイルの言った事、自分の心の内、それらに気を取られ、反応が遅れた。
世界がスローモーションで見える。
艶のある青い髪、白いワンピース、甘い香り。
それがセーラであると認識した時にはもう遅かった。
カイルの凶刃が、セーラの胸のあたりに突き立った。
倒れるセーラ、ジワリと広がる赤いシミ、こんなはずじゃなかったと取り乱したようなカイルの表情。
その間、俺はまったく動けずにいた。なぜ、ここにセーラがいる?
頭を抱えたカイルが、半身を覆っていた黒い物に飲み込まれ、叫び声をあげながら洞窟の外へと向かって行った。
「セーラ! そんなっ!」
俺はやっと体の硬直が解け、セーラに駆け寄った。
仰向けに倒れた彼女を優しく抱きかかえる。
「だめだ! 死ぬな!」
必死に師匠に教わった回復魔法をかけるが、効果はむなしくどんどんと血が流れ出ていく。
俺の使える初級魔法では、この致命傷を治すことが出来ない様だ。
自分の無力さを呪う。
「キース、もう……良いの」
「嫌だ! だめだ!」
「ううん。貴方の腕の中で、逝けるのなら……」
そういうとセーラは震える手を上げ、俺の頬を拭う。
どうやら俺は泣いている様だ。
「でも……ほんとうは、あなたと……おどりたか……った」
するりと落ちる腕。
「っ――――――――」
言葉にならない叫び。喉が潰れるほどの叫び。
大気が震えるのを感じる。
そして、自分の中で何かが弾け魔力が満ちていく感覚を覚える。
やがてその魔力は溢れ出し、自分とセーラを包み込んだ。
俺は、静かにセーラを地面に横たえると、台座に刺さった聖剣を抜き、洞窟を後にした。
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