第7話 前夜は眠れなかったけど、今日は成人の儀当日だ
朝、ベンチから起き上がると俺は家には帰らず、直接洞窟へ向かった。まともに寝る事は出来なかったが、むしろコンディションは最高だ。
入り口付近には数人の村人と村長がすでに来ており、俺の存在を確認すると手招いた。だが、カイルはまだ来ていない様だ。
「おお、キース。遅かったじゃないか」
「お早うございます、村長。まだ、儀式まで時間があるんじゃ?」
既に日は昇っているが、まだ早朝だ。儀式が始まるまでもう少し時間があったはずだが、遅いとはどういう事だろうか。
「それが、カイルが先に洞窟内に向かったんだよ。本来お前の方が先に行く予定だったが、どうしてもとこちらの言う事を聞かずにね」
「――っえ? カイルが先に?」
「そうだ。ついさっきな」
俺は内心焦った。カイルに先に行かれては、考えていた作戦が台無しだ。
このままでは、洞窟内で事故に見せかけて殺せないし、何事も無くカイルが聖剣を手に戻って来たりしたら、次に殺す機会を探すのが難しくなる。
しかし、すぐ後を追おうにも掟があるし、なにより怪しまれるだろう。
もともと、洞窟内に入る順番を決めたのは村長だ。その村長が許可したのだから、カイルが出てくるまで大人しく待つしかない。
村長は何も言わないが、俺を先に洞窟内に行かせようとしていたのには理由があると思っている。
洞窟内に凶悪な魔物が棲みついていた場合、犠牲になる可能性が高いのは先に入った者だ。
もちろん、通常の村人とは違ってカイルほどの腕が有れば、大抵の魔物は問題はなさそうだが、いざというとき俺を生贄にするつもりだったのだろう。
単なる村人一人の命と、勇者の命。重みが違う。
そして、今回の成人の儀は例年と全く異なっている。なぜなら勇者であるカイルが成人を迎えるのだ。
俺を含め普通の村人は、洞窟の奥にある聖剣の突き刺さった台座に短剣を置いて来る。
だが、カイルは短剣を供えてくるのではなく、その台座に突き刺さっている聖剣を抜いて帰って来る事になっている。
そのため、俺の儀式が終わった後に行った方が儀式としても盛り上がるだろう。
村長が多少困った顔をしているのも、そんな自分の計画が多少狂ったからに違いない。
洞窟内は、何も問題が無ければ十分程度で往復ができる広さだ。
すぐに聖剣を持ってカイルが出てくるだろう。
奴が出てくるまでに、どうにかして殺す方法を改めて考えなければ。
◆◆◆
色々考えてみたが、やはりこの洞窟内で事故に見せかけて殺すのが一番最良の様に思えた。カイルであればすぐに出てくるだろうと思っていたが、俺が来てから十分ほど経ったが一向に出てくる気配がない。
以前確認した時に住み着いていたゴブリンの群れ程度に、後れを取るカイルではないはずだがどうしたのだろうか。
俺が確認した後に、ゴブリン以外の強力な魔物でも棲みついたのだろうか。ゴブリンを好んで捕食する魔物もいると噂で聞いたことがある。
更に五分ほど経つと、村人たちがそわそわしだした。
「村長、カイルはどうしたんでしょうか? なかなか戻ってきませんが」
「ふむ。まぁ、きっともうすぐ戻ってくるだろう」
村長が村人の不安を払拭するように言葉を発したが、その色は少し焦りを含んでいた。
「俺、行ってきます」
今がチャンスだ、そう思った。
このまま待っていて、無事に戻って来られたら計画が台無しだ。
現状、何があったのかは分からないが、洞窟内で二人きりになることが重要だ。
「し、しかし……」
「俺もカイルが魔物にやられたとは思ってませんが、あいつが入ってからもう二十分ほど経っています。俺とすれ違いで出てくるってこともあるでしょう?」
「まぁ確かに、それもそうか。では、キースよ行ってこい」
俺は村長から装飾された短剣と、護身用のショートソードを受け取り、洞窟の入り口へ向かった。
洞窟内に明かりはあるものの、外からは奥の方まで見渡すことは出来ない。
様子を伺ってみるが、誰かが出てくる気配や戦闘が行われている音などは聞こえてこない。
それでも、一歩一歩慎重に進んでいく。岩の影から突然ゴブリンが飛び出してくるかも知れないからだ。
奴をやる前に俺がやれれてしまっては意味がない。
洞窟内は道が多少曲がりくねっていたり、細い脇道があるものの、祭壇までは道なりに進めば着く。
好奇心や出来心で脇道にさえ行かなければ、誰でも簡単にたどり着くことが出来る様に、地面は舗装されており、松明も規則的に並んで壁に設置されている。
「こっ、これは!」
洞窟内をしばらく進むと、凄惨な光景が目に飛び込んできた。
床に転がっていたのは複数のゴブリンの死体。
恐らく先日から棲みついていた個体たちだろう。それらの全てが無残に切り裂かれていた。
そして、あろうことか原型を留めているものは一つとしてなかった。
「これは、カイルがやったのか?」
カイルの実力からして、複数体とはいえゴブリンにやられることは無いだろう。
それに、ここまで無残に切り殺さなくても一太刀で行けたはずだ。
ゴブリンに対して、そこまで強い恨みを持っていたのだろうか。
俺はそんなゴブリン達の残骸を飛び越え、更に奥へと進んでいく。
洞窟内なので空気が籠っているせいか、じっとりと額に汗を掻く。
いまだカイルとすれ違わない所からすると、奴はまだ奥にいるのかも知れない。
次、奴に会った時が俺の人生の再スタートであり、カイルの人生の終わりだ。
そう思うと、思わずショートソードを握っている手に力が入る。
あいつのせいでみじめな人生を送ってきた。あいつのせいで親に愛されることが無かった。
あいつのせいでセーラを振り向かせることが出来なかった。あいつのせいで。
いざというとき、躊躇しないよう自分の気持ちを高ぶらせる。
そして、緩い右カーブを曲がった先、洞窟の最奥が見えた時、聖剣を祭っている祭壇の下に腰掛けているカイルが見えた。
俺が近づくと、カイルはゆっくりと顔を上げ、呟いた。
「よぉ、キース。遅かったじゃないか」
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