第6話 勇者ってだけでなんでモテるんだろう
日が落ち始め、空が昼と夜が交じり合った色に変わる頃、村の中心の篝火台に火がつけられ、厳かな雰囲気で慰霊祭が始まった。
村長を中心に、今年採れた作物を順々に篝火に奉納する。
そして、村人全員で感謝と哀悼の祈りを捧げ、慰霊の儀は終了となる。
慰霊の儀を終えた後、盛大な飲み食いが始まるのだが、むしろここからが本番だった。酒好きの村人は、この日のために一年間頑張ってきているようなものらしい。
慰霊の儀が終わる頃には完全に日が落ち、空は暗くなっている。しかし、中心の篝火台を始め、村のいたるところに松明や篝火があるため、村自体は明るい。
そして、楽器を演奏できるものは村のあちこちで音を奏で宴会を盛り上げる。
俺はそんな明るい中心部から離れ、少し薄暗い場所に移動していた。
大人に無理やり飲まされた麦酒によって少し酔っていたため、それを醒ますためだ。
「しかし、麦酒があんな苦いものだとは」
成人の儀自体は明日行われるのだが、その前日である慰霊祭から酒を飲むことが許されている。
そのため、その年に成人を迎える者はほぼ強制的に飲まされるのである。
子供心に、大人が麦酒を美味そうに飲んでいるので、さぞ美味いのだろうと想像していたが、その期待を見事に裏切られた。
試しに葡萄酒も少し飲んでみたが、こちらはこちらで酸っぱくてえぐみがあり、苦手だった。
両親共に酒は強い様だが、そこは受け継がなかったらしい。
慣れ、なのかも知れないが俺はしばらく酒を飲まないことに決めた。
しかし、カイルはというと村人に囲まれながら楽しく酒を飲んでいた。
「あいつ、一体何杯目だ?」
見た限り、かなり飲んでいる様だ。しかし、酔ってくれた方がこちらとしては好都合だ。明日の成人の儀を二日酔いの状態で挑んでくれた方が手間がかからなくていい。
そんな事を思いながらセーラの方を見ると、木製のワイングラスを持っている彼女の前に、村の男達が行列を作っていた。
みな、この後に行われるダンスにセーラを誘っているのだ。
カイルの周りにも村の女が何人かいたが、始めに誘うのが男からのため、誘って欲しそうにさりげなくアピールするだけだ。
しかし、当のカイルはというと鈍感なのか、あえて気付かないふりをしているのか、女たちには見向きもしなかった。
もちろん、俺にはそんな風にアピールしてくる女などいない。
俺の存在に気付いたのか、セーラがこちらを見て困ったような笑顔を浮かべたが、また別の男に話しかけられ、顔をそちらに向けてしまった。
俺にはどうすることも出来ない。誘う勇気もない。むしろ、俺なんかが誘ったらセーラが迷惑するだろう。
ジョッキに残った麦酒を一気に飲み干すと、近くにあったベンチに仰向けになった。
雲一つない夜空。星々が鮮やかに光っている。
「この村の夜空を見るのは、今日で最後か」
なんて少し感傷に浸ってみる。
ベンチに寝転がったままぼんやりしていると、やがて村中で奏でられている曲が、陽気なものからしっとりとした曲へと変わった。
これからダンスタイムが始まるのだ。
俺は首だけ動かし篝火台の方を見る。
これからセーラは恐らく俺以外の村の未婚男と踊らなければならないのだろう。その事に少し同情する。
村人の殆どが篝火台の周りに集まる頃、曲がまた変わった。
そのムーディーな曲に合わせ、村人たちが踊りだす。
セーラの踊りは見事だった。一体いつの間に覚えたのだろう。ステップ、身のこなし、指先の使い方。
とても惚れ惚れする様なダンスだった。むしろそれに合わせる男の方が苦労している様だ。
そんなセーラのダンスに見惚れていると、段々意識が遠のいていった。
◆◆◆
目を覚ますと、村はしんと静まり返っていた。
ベンチからゆっくりと身を起こし、頭を振る。頭が少し痛い。もしかしたら酒の所為かもしれない。
辺りを見回すと、大体の村人が酔いつぶれそこら辺に寝転がっている。
一部まだ飲み続けている者もいるが、周りが寝ているため、静かに飲んでいる。
俺はカラカラの喉を潤すため、井戸に向かった。
井戸から水を汲み上げ、コップなどは使わず手で掬って飲む。
すると、どこからともなく微かに男女の話し声が耳に入ってきた。距離が離れているのだろうか、具体的に何を話しているのかは聞き取れない。
俺は、フラフラと話声がする方に歩いて行った。
話し声は、どうやら木材置き場の裏側からの様だ。
少し離れた家の影から様子を伺う。そこに居たのは、セーラとカイルだった。
「あいつら、こんなところで何を……」
薄暗いとはいえ、あまり近づくとカイルにバレてしまうだろう。会話の内容が気になったが、距離を取ったまま様子を見ることにした。
のぞき見なんて最低な事をしているとは思うが、どうしても気になる。
二人ともこちらに対して横向きに立っているため、読唇術でも出来れば会話の内容もある程度把握できただろうが、俺にそんなスキルは無い。
見たところカイルの方が一方的に話しかけている様だ。それに対しセーラは俯いている。
何か説得しているような、そんな雰囲気にも見えるし、愛の告白をしているようにも見える。
「そういえば、あいつらは一緒に踊ったんだろうか」
俺は途中で意識を失ってしまい、二人が踊った所を見ていない。一回だけ踊ったのか、それとも二回踊ったのだろうか。
村人の誰かに聞けばわかるかも知れないが、その結果を知るのが怖かった。
すると、カイルが何かセーラの耳元で囁くようにした瞬間、俯いていたセーラが顔を上げた。
そして、その体をカイルがグッと引き寄せ、口づけを交わしたのだ。
「――――ッ!!」
湧き上がる嫉妬、憎悪。
俺はそれ以上二人を見ていられず、顔を背けその場を離れた。
顔を背ける瞬間、カイルがチラリとこちらを見てニヤついたような気がしたが、きっと気のせいだろう。
先ほどまで横になっていたベンチに戻ると、心を落ち着かせようと横になった。
瞼を閉じると、先ほどのシーンがフラッシュバックする。
分かってはいた。カイルがセーラに気があることも、セーラが俺のものにならない事も。
しかし、現実として目の当たりにすると、納得がいかない感情が湧き上がってくる。
いくら自分の親が勇者と一緒に旅をしたからと言って、生まれながらにして立っている位置が違う。
あいつは将来が約束された勇者、俺はただの村人。
それにあいつはセーラの父親である村長に気に入られている。そしてセーラ自身、カイルに想いを寄せているのだ。
やはり、もともとこの村に俺の居場所はないんだ。
一刻も早くカイルを、勇者を殺したい。たとえセーラが悲しむことになったとしても。
その後も気を治めようとしたが、気持ちが高ぶったまま朝を迎えてしまった。
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