第5話 セーラの様子が少しおかしいけど、きっと慰霊祭当日だからだろう

慰霊祭当日、母親の料理をする音で目が覚めた。


この日は、各家庭から料理を持ち寄るため、朝から村の女はとても忙しい。


自室を出ると、台所に向かっている母親の背中が見えた。


先日の様子が少し気になるが、料理の邪魔をするわけにはいかないため、特に声をかけることはしなかった。実際、翌日以降は普段通りの母親に戻っていたからだ。


父親のゲイルの姿が見当たらないが、おそらく村の見回りだろう。慰霊祭はとても大切な日だし、翌日には俺たちの成人の儀が待っている。


不測の事態が起きないように結界のチェック等を行っているの違いない。


俺は家を出ると、いつもの森に向かった。


師匠と別れてからも毎日来ているが、やはり師匠が現れることは無かった。


結局師匠が何者で、一体何の理由があって俺の事を強化してくれたのか分からずじまいだ。


「ふぅ、いよいよ明日か」


切り株に腰掛け、瞳を閉じて木々のざわめきに耳を傾ける。


明日、俺の今までのみじめな人生が終わる。あいつさえいなければ、俺はもっとましな人生を送れていただろう。そう考えると、明日が待ち遠しかった。


しかし、不安が無いわけではない。師匠に鍛えてもらったからと言って、カイルに必ず勝てるとは限らないのだ。直近は極力関わらないようにしていたし、やつ自身も鍛錬を怠ってはいないだろうからだ。


一応、当日のプランは考えてあった。


儀式の当日は、まず俺が先に洞窟内に向かい、祭壇に短剣を奉納して戻ってからカイルが行く手筈になっている。だが、三十分ほど経過しても俺が戻らなかった場合、その帰りを待たずにカイルが洞窟内に入ってくる予定だ。


俺はそこを利用しようと考えていた。洞窟内は松明の火を半永久化する魔法がかかっているため、真っ暗ではない。しかし、人が身を隠せるような岩などは存在し、数日前には小規模のゴブリンの群れが生息しているのを確認している。そこでカイルを待ち伏せし、ゴブリンと戦っている所を後ろから奇襲をかける作戦だ。


我ながら卑怯だとは思う。しかし、正々堂々と向かい合って勝てなかった場合を考えると、そうするほかなかった。トラップなどを仕掛ける時間も無いし、後から他の村人に見られた時言い逃れが出来ない。だったら、ゴブリンを利用しない手は無い。


俺がゴブリンに襲われてピンチになっている所にカイルがやって来て、カイルがゴブリンにやられてしまうというストーリーだ。


事が終わった後、自分も死なない程度にけがをしておけば死人に口なし。疑うものはほとんどいないだろう。ゴブリンごときに勇者がやられる訳ないと言う者も出てくるだろうが、目撃者さえいなければ何とでも言える。


洞窟内には成人の儀を行う者しか入れないからだ。


そして、カイルを殺した後は村を出る事にしていた。一応その準備として多少の路銀はためていたし、当面の食料も確保してある。


そもそも、勇者が死んで俺が生き残った場合、「なんでお前が生きているんだ」「勇者じゃなくてお前が死ねば良かったのに」と言われるのは明白だ。


確かにそうだ。俺も一村人の立場だったらそう思う。だが、他の村人からしたら俺の気持ちなんて到底理解でき無いだろう。


そんな村に残る理由は無い。ただ、一つだけ気がかりがあった。


それは、セーラの存在だ。彼女と離れたくは無いが、想い人のカイルが死んだとしてもそう簡単に俺についてくるとは思えない。


仮に彼女自身が付いてくるといったとしても、村長や村人が許さないだろう。


そう、これは俺の人生の新しいスタートなのだ。


物思いに耽っていると、遠くから何者かが近づく気配がした。


瞬時にそちらに意識を向けると、歩き方や空気の流れなどからセーラであることが分かった。


そして、傍らにはフェンリルもいる。


恐らくフェンリルの散歩だろうが、ここは散歩のルートにはなっていないはずだ。


俺が顔を上げると、フェンリルが嬉々としてこちらに駆け寄り飛びかかってきた。


いつものごとく体当たりで後ろに倒され、腕を舐められる。


「ははっ。フェンリル元気か?」

首周りを激しく撫でまわしてやる。


「キース、こんな所で何考えてたの? もしかして私の事?」

俺の傍らにしゃがみこんだセーラの笑顔がまぶしい。


「べっ、別にセーラの事じゃない。明日の事で、ちょっとな……」

「そうだよね。あたしたち、いよいよ成人だもんね」


一瞬笑顔が曇ったような気がしたが、すぐいつもの柔和な顔に戻った。


セーラも緊張しているのかも知れない。もちろん今夜カイルからダンスに誘われるのか不安でもあるだろうが、彼女もまた成人の儀を行う。


もちろん男のそれとは違うが、女の成人の儀もなかなかハードだ。


村長宅の後ろに広がる森の奥に滝があり、白装束をまとって三十分ほど滝に打たれるのだ。


真夏ならまだしも、肌寒くなったこの秋口には厳しい寒さだ。


「そうだな。っていうか、こんな所に何しに来たんだ?」

「ん? フェンリルの散歩だよ」

「ここは散歩コースじゃなかっただろう」

「たまには気分転換に違うところも散歩するようにしてるの。そんなことより、懐かしいよねこの森」

セーラがそう言うと、フェンリルが一回吠えた。


そう、この森は俺たちとフェンリルの出会った場所でもある。


「そうだな。もう六年も前になるのか」


「そうね。あの時はいつも三人一緒だった。あたしはね、その関係がずっと続くものだと思ってた」

セーラが俯く。


「でも、大人になるにつれて、段々お互いの距離が離れてしまった。ねぇ、もうあの頃の私達に戻れないのかな?」


俺はその言葉に黙るしかなかった。


だがハッキリ言って、戻る事など到底不可能だ。明日には俺がカイルを殺すから。


今はまだ、お互いの心の内をさらけ出していないから、上辺だけでは元に戻れるかも知れない。

しかし、もう後戻りはできない。


「そっか、なんか悲しいね。昔みたいに何も考えずに遊んでいたあの頃が懐かしい」

俺の沈黙を肯定ととったのか、セーラがそんな言葉を口にした。


普段、明るくて前向きなセーラにしては珍しかった。


「大人になるって、そういうことなんじゃないか?」

俺はなんとかその言葉を絞り出す。


カイルは勇者でセーラは村長の娘。そして俺はただの村人。その時点で差があるのは当然で、大人になればその立場がより明確になる。


いつまでも一緒、という訳にもいかないだろう。


「そんな事なら大人になんかなりたくない。ねぇ、キース。いっその事、村から逃げちゃおっか」

その言葉に思わず耳を疑った。責任感の強いセーラからそんな言葉が発せられるとは思ってもみなかったからだ。


確かに、この森の結界を抜けた先は外の世界だ。だが、なんの目的や計画もなしに村を出るのは自殺行為でしかない。


しかし、よく見るとセーラはいつでも村を出て行けるような恰好をしている。


服装は普段フェンリルと散歩に出かける時と同じで動きやすい恰好だが、小型のナイフや道具袋も腰にぶら下げていた。


もしかしたら、本気で言っているのかも知れない。


だが、

「悪いが、俺にはやらなくちゃいけないことが有るんだ。仮に村を出るとしてもそれからだ」

そう、村を出るのはカイルを殺してからだ。


「そっか。でも、何をするのか私にも教えてくれないんだよね?」

「あぁ、済まない」

口が裂けても言えない。明日、カイルを殺すだなんて。


しばらくの沈黙。フェンリルの息遣いだけが森に響く。


「なんかゴメン。緊張で少し不安になっちゃったみたい」

その沈黙を破る様に、笑顔でセーラが言った。


そして立ち上がると、「じゃあ、また今夜ね」そう言って、手を振りながらフェンリルと一緒に村へ戻っていった。

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