第4話 師匠はいつも突然だ
その後は、二日おきに師匠との修行に明け暮れ、半年ほどが過ぎた。
修行の内容は主に身のこなし方や剣術が中心だったが、魔法の練習も行った。
師匠の教えが良かったのか、あれほどダメだった魔法もなんとか初級の回復魔法が使えるまでになった。
師匠曰く『お前は素質が無いわけではない、きちんと教えられてなかっただけだ。秘められた魔力は何かのきっかけで目覚めるだろう』との事らしい。
剣術の方も上達しているらしく、一人で冒険に出ても問題ないレベルまで来たと言われた。
負荷状態で行っていた素振りも、初めは木剣だったが、今は鉄製の剣で千回は余裕でできる様になったし、剣だけでなく槍の扱い方や斧、鞭やブーメランなどの武器の扱い方も一通り教えてもらった。
しかし比べる相手がいないため、俺自身どれほど上達しているのかは分からなかったが。
何度かカイルに手合わせするよう頼まれたが、あれ以来適当な理由をつけて断っていた。
そのカイルと剣を交えれば、自分のレベルが測れたとは思うが、次に奴と剣を交えるのは殺す時だ、と決めていたからだ。
◆◆◆
「さて、お前の修行は今日でお終いだ」
木の葉が色を付け始め、風が少し冷たくなった森の中で唐突に言われた。
「えっ!? そんな。俺はまだ奴を殺していない」
俺は師匠の突然の言葉に当然ながら驚いていた。
この修行はカイルを殺す事ができるまで続くと思っていたし、その後も強くなるために修行をしてもらえるものだと思っていたからだ。ましてや、力をやろうなんて言うもんだから、何か特別な力でももらえるのかと思っていた。
「今のお前なら大丈夫だろう。それに三日後は慰霊祭と成人の儀だ。その時まできちんと体調を整えておけ」
「だけど、俺はもっと強くなりたい」
「いや、私が教えられるのはここまでだ。さらばだ」
「ちょ、――ちょっと」
師匠は短い別れの言葉を告げると、音もなくかき消えた。
お礼など言う間もなくあっという間にだ。
突然の事に、俺は唖然とする他なかった。もっと色々な事を学びたかったし、結局師匠が何者なのか分らずじまいだ。
「現れた時もそうだけど、一方的なんだよな……」
俺がため息交じりにそう呟いた時、背後でカサリと枯葉を踏む音が聞こえた。
瞬間的に鉄の剣を構えながら振り向くと、そこにはセーラが立っていた。
俺の振り向いた勢いと、構えられた鉄の剣に驚いたのか、セーラはビックリした様な顔をしていた。
「なんだ、セーラか。驚かせてごめん」
「ううん、大丈夫。それよりも、こんな所で秘密の特訓をしてたんだね」
セーラは俺の手に握られている剣を見てクスリと笑った。
「いや、これは、その」
「嘘をつこうとしてもだめだよ。しばらく前から雰囲気が変わったし、筋肉も付いてきたなって思ってたから」
セーラはそう言いながら俺の横の倒木に腰掛ける。俺もそれにつられ腰掛けた。
「なんか、昔の優しいキースに戻ったみたい」
「俺は、優しくなんかないさ」
そう、カイルを殺すための特訓を半年間やってきたのだ。
「それは、キースに自覚が無いだけだよ。村の一部の人がキースの事悪く言うけど、カイルを特別視しているだけだし、本当は暴力とかも嫌いな優しい性格だって、私は分かってる」
俺にはその言葉が痛かった。
「それは、昔の話だよ。今の俺は、優しくなんかない」
優しさを捨てなければ、親友を殺す事など出来ないだろう。
「確かに人は成長するにつれて変わっていく所もあるけど、根っこの部分までは変われないと思うの」
「そんなことない。俺の本性は醜いものさ」
「じゃあ、なんで村の人が嫌がることを率先してやっているの? 村の修繕や糞尿の汲み上げとか、カイルは絶対やらないじゃない」
「それは……誰かがやらなきゃならないし、カイルはやる必要無いだろ。勇者なんだから」
「ほら、そう考えられる時点で優しいんだよ。確かにカイルは村の大切な勇者かも知れないけど、やろうとした事も無いのよ? 前に一度聞いてみた事があるんだけど、そういう事はキースがやってくれるから良いんだ、って言ってたもの」
確かにあいつはまっすぐで真面目な性格だが、面倒な事だったり汚れ仕事はやらない、やった所を見たことがない。自分で言っておいて何だが、勇者という肩書に甘えているのではないかとイラついたこともあった。
「特に最近のカイルはひどいの。村の仕事は一切やらないし、子供たちの相手もあまり熱心にしなくなってきてるし」
「成人の儀が近いから、緊張してるんじゃないか?」
「それとは違う気がするの。何だか、不貞腐れているような、そんな感じ」
「うーん。あいつが不貞腐れる、ねぇ。……それより、こんな場所に何しに来たんだ」
俺が尋ねるとセーラは「そうだ」と言って手をポンと叩いた。
「お父さんがキースを探してたのよ」
「村長が?」
「そう、三日後の慰霊祭の準備を手伝って欲しいって言ってた」
「そうか、それはすぐに戻らないと」
俺は鉄の剣を手に取り立ち上がる。
これ以上カイルの話をしていると、醜い部分が露呈しそうで怖かったからだ。
「ねぇ、キース。慰霊祭の日、だれと踊るか決まってるの?」
「いや、決めていない。と言うか、踊らないつもりだ。人前で踊るとか苦手だからな」
そう言って俺は村へ向けて歩き出した。
俺の言葉に心なしか残念そうな顔をしたセーラを置き去りにして。
◆◆◆
村へ戻ると、村長の指示の元さっそく慰霊祭の準備に取り掛かった。
十月の最終日に行われる慰霊祭は、昔はただの収穫祭だったらしいが、十六年前に勇者アルガスが亡くなってから、勇者とその時犠牲になった者の魂を鎮めるために慰霊祭として開催される事となったそうだ。
村の中央に大きな篝火台を設営し、その年に取れた作物などを投入し奉納する。
その後は亡くなった者を偲びながら祈りを捧げ、盛大に飲み食いをする。
そして、最後には篝火の周りを村人達が男女ペアになって踊るのだ。
村の独身男性達は、その時が絶好の告白のチャンスであり、実際そこから結婚に至った村人もいる。
踊りに誘うのは基本男の方からで、誘われた女は必ず踊らなければならない。
そして、告白を受け入れる場合、今度は女の方から誘い踊るのだ。
ゆえに、人気のある女は複数の男と一度は踊る事になる。
踊りに参加できるのは成人を迎えた男女であり、俺やカイルとセーラは今年が初めて踊りに参加する事が許される。
セーラは下手したら村の独身男性全員と踊る事になるのでは、と思ってしまう。
いや、全員ではないか。俺を除いて、だ。
人前で踊るのが嫌だということも有るが、告白をして振られる事を考えるとどうしても誘う事なんてできない。
毎年同じ女を誘う村人もいるが、俺にはそんな勇気はない。
篝火台の設営が一段落つき、ふと顔を上げると、トボトボと歩いているカイルの姿が目に入った。
いつもの堂々としたオーラは無く、何か思い詰めた様な顔をしている。
一瞬お前も手伝えと声を掛けようと思ったが、その雰囲気から声をかけるのは憚られた。
やはり、緊張しているのだろう。慰霊祭でセーラを踊りに誘うのかも知れないし、慰霊祭の翌日に成人の儀が待っているからだ。
成人の儀は男の場合、村のはずれに有る洞窟の奥に、装飾された短剣を奉納して戻ってくるのが習わしだ。
洞窟の奥には、かつて勇者アルガスが魔王を退けた聖剣が台座に刺さっており、その台座に短剣を置いてくるのだ。それだけであればとても簡単だが、洞窟の辺りは村の結界が行き届いておらず、魔物が棲みついている場合がある。
全くいない年もあれば、巨大なタランチュラやグリズリーなどがいたケースもあるのだという。
そういった場合は、無理に倒そうとせず逃げ帰っていい事にはなっているが、逃げ帰った者はいない。
いや、逃げ帰れたものはいない、と言った方が正しいだろうか。
数年に一度は死者が出るのだ。
なので俺は、その成人の儀がカイルを殺す絶好のチャンスだと思っていた。
装飾された短剣には殺傷能力が無いが、魔物が出るケースがあるため武器の携帯は許可されている。
幸いにも、数日前に洞窟の下見に行った時数体のゴブリンが生息しているのを確認している。
カイルであれば、ゴブリン数体に後れを取ることは無いだろうが、俺が殺した後ゴブリンの仕業ということに出来る。
しかし、今年の成人の儀はいつもとは違うとの事だ。今回は勇者であるカイルが成人の儀を行うため、聖剣を抜いて戻ってくることになっている。
聖剣は特殊なプロテクトがかかっており、普通の人には抜けない仕様となっているそうで、もし抜けなかったら、そう思うとあいつでも緊張するのだろう。
俺が勇者という立場だったとしても、本当に抜けるのか不安になる。
当の勇者は、背中から悲壮感を漂わせながら、村はずれの方へ歩いていきそのまま姿が見えなくなった。
しかし、その様子に少し引っかかる物があった。しきりに左手を気にしているようにしていたのだ。
奴の左手の甲には、勇者の証である紋章がある。小さい頃は自慢げによく見せびらかしていたが、いつの日からか手袋をしたり、布を巻いたりして周りから隠すようになっていた。
小さい頃の記憶だから、正しい形までは覚えていないが、竜の様な形をしていたと思う。
「まさか、成人の儀が近いからって、紋章が疼いていたりするんじゃないよな」
そんなバカげた考えが一瞬浮かんだが、いつまでもカイルの事を考えていても仕方ない。
さっさと祭りの準備を終わらせなければならないと思いなおし、再び作業を再開することにした。
◆◆◆
村の男たち総出で準備をしていたことも有り、日暮れ前には篝火台や村全体の装飾など慰霊祭の準備がほぼ終わった。
後は、前日から当日にかけて村の女たちで料理の準備が進められる。
踊りに興味のない俺にとって、慰霊祭の楽しみは料理に有った。普段あまり食べられない羊の肉や、魚のパイ等が食べられる。そして何より、成人することによって酒が解禁されるのだ。
毎年大人たちが美味しそうに葡萄酒や麦酒などを飲んでおり、羨ましく思っていた。
子供の頃、こっそりカイルと一緒に飲もうとした事があったが、飲む前に大人に見つかりこっ酷く叱られた。もちろん俺だけが。
それからというもの、村の酒は鍵のかかる蔵で保存される事になりこっそり飲むことが難しくなってしまったのだ。それが三日後には飲める。それが楽しみで仕方なかった。
村の男衆は、準備が終わり祭りの前祝と称して村長宅で既にお酒を飲んでいる。
酒は飲めないものの、その場に俺も呼ばれたが、人が多く集まる場は苦手なので辞退した。
◆◆◆
家に帰ると、母親がダイニングテーブルの椅子に座り何か思い詰めた様な顔をしていた。
俺がただいまと言っても反応が無かった。普段からあまり好かれていないとはいえ、返事が無い事は無かった。もう一度ただいまというのも野暮だと思い、横を通り過ぎて自室に向かおうとした時、声をかけられた。
「ねぇ、キース」
その声に俺は振り向くが、母親はテーブルに置かれているコップを凝視していた。
「なに?」
「もし、あなたが…………。ううん、ごめん何でも無い……」
そう言うと、テーブルに顔を突っ伏してしまった。
「あっ、そう」
そんな中途半端に言われると、何を言おうとしたかものすごく気になるが、そっけない素振りで自室へ入った。
いつも口うるさく、元気が取り柄の母親があのような状態なのは珍しい。いや、むしろ初めて見た。
何か深刻な悩み事があるような感じだった。しかも、どうやら俺に関することらしい。
しかし、一度なんでもないと言われた以上こちらから聞いても答えてくれないだろう。
もやもやする気持ちを抑えながら俺はベッドに横になった。
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