第3話 少し頑張ったぐらいじゃやっぱり勇者には勝てない

 翌朝、俺は目覚めると二日間サボっていた仕事をすることにした。


 都市部では、魔法を応用した様々な器具で豊かな生活を送れるようだが、

 この村は違う。なにせ大陸の端、しかも辺境にある村だ。


 いまだに、薪でおこした火を使って生活を送っており、

 水も村の中心にある井戸から汲んで、飲料や炊事、洗濯に利用している。


 旅人もほとんど訪れることのない、閉ざされた村――シグル村。

 それがこの村の名だ。由来については、はるか昔の英雄の名をとって付けられたらしい。


 しかし、俺にはそんなことはどうでも良かった。いつか村を出てやる、そう思っていたからだ。村の歴史や由来を知った所で意味など無い。


 だが、村を出るとしてもまずは成人の儀を終え、勇者を殺してからだ。

 このまま村を出たら、あいつに負けを認めたようで悔しいし、セーラから離れるのは名残惜しかった。


 一刻も早くあいつより強くなるために修行をしたい所だが、師匠との約束は明日だ。

 そのため、今日は薪割りや村の修繕に精を出すことにしていた。


「とっとと終わらせて、自主練でもしよう」

 昨日師匠には休息も必要と言われたが、体を動かしていないと落ち着かない。

 今は体に負担のかからない状態であるから、別に自主練ぐらいは良いだろう。

 俺は薪割り用の片手斧を掴むと、家を出た。


 ◆◆◆


 午前中の内に当面の間使用する薪を割り終え、午後には村の見回りを行っていた。


 村の見回りを行う大きな目的は主に三つある。

 困っている人の手助け、魔物などが村の周りに出現していないかの確認、そして家屋や家畜小屋の修繕だ。


 困っている人の手助けはよくカイルがやっているし、この村で魔物を見かける事はまず無い。


 俺はちらりと左腕の傷跡を見る。五年前、フォレストウルフの子供に噛まれた傷跡だ。

 それ以来俺は村の近辺で魔物は見ていない。だが、万が一という事があるため、それに関しては、基本的に成人をした大人で、かつ腕に自身の有る村人が行う事がほとんどだ。


 なので、必然的に俺は村の修繕を行うことが多かった。

 そのため木材の加工技術や、紐の結び方など戦闘とあまり関係のないスキルばかり上達した。

 指も器用な方であり、裁縫などもたまに行うが、そういった作業は全然苦ではなくむしろ好きだった。


「さて、今日はどこを片付けようか」

 決して広い村ではないが、いたるところが老朽化しているため、修繕の仕事は尽きることがない。


「そういえば、セーラがフェンリルの小屋を直してほしいと言ってたな」

 フェンリルはセーラの飼っているフォレストウルフで、小屋は一年前に改修したばかりだから修繕の優先順位は高くない。けれど、それを口実にセーラに会いたかった。


 村の入り口から最奥、村の中心にある井戸から北に位置する場所にセーラは住んでいる。


 現村長の一人娘で、気立ても良く面倒見がいい性格から、村人達からとても慕われていた。


 歳も同じということもあり、小さい頃は俺とカイルとセーラの三人で遊ぶことが多かった。

 成長した今では、三人で一緒にいることはほとんど無くなってしまったが。


 村長の家が近づいてくると、セーラとフェンリルが戯れているのが目に入った。


「ちょ、やめて、やめてよフェンリル」

 しかし、その嬉々とした声は本気で嫌がっているわけではないことが分かる。


 やめてと言われた当のフェンリルは、そんなことなどお構いなしに尻尾をぶんぶんと振りながら、セーラの顔を舐めまわしている。


 そして俺が近づくと、気配に気づいたのかフェンリルがこちらを向き、突進してきた。


「うおっ!」

 直前で両の前足をを上げ、俺にのしかかってくる。


 俺はその勢いと、二メートルはある体躯に思わず耐えきれず、仰向けに倒れる。

 そして、フェンリルは激しく銀色の体をこすりつけ、俺の左腕にある傷を優しく舐めまわす。


「ははっ、相変わらず元気だな」

 押し倒された体勢で、フェンリルの体を撫でる。


 五年前、俺の左腕に噛み傷を残した犯人、それがこのフェンリルだ。

 それ以来、俺とセーラにはとてもなついている。

 しかし、なぜだかカイルの事は嫌いらしく、触れようとすると低い体勢でうなり声をあげる。


「キース、来てくれたんだ」

 セーラが駆け寄ってくる。

「ああ、こいつの小屋を直そうと思ってね」

 フェンリルを優しくどかし立ち上がる。


 まだじゃれ足りないのか、執拗に俺に周りを飛び跳ね回っている。


「フェンリル、落ち着きなさい。お座り」

 セーラがそう命じると、フェンリルはお座りをした。


 しかし、興奮冷めやらぬのか、尻尾は激しく振られ、はっはっは、と息遣いは荒い。

 フェンリルの頭をポンポンと撫でてから、小屋へと向かう。

 見たところ目立った損傷はない、が。


「なるほど、これは……狭いな」

 現在のフェンリルの体躯は二メートルは超え、以前より筋肉も増している。


 それに比べ、一年前に作った小屋は少し小さく感じる。

 フェンリルの成長を考え、ある程度大きく作ったつもりだったが、予想以上に成長したようだ。


「そうなの。入れなくはないんだけど、すごく窮屈そうで寝るとき以外は外にいる事が多いんだよね。この時期はまだ涼しいから良いけど、これから暑くなるし」

「そうだな、入り口も大きくするか」

 これは修繕というより、一度解体して材料を追加して作り直した方が良いだろう。

 材料なら木材置き場に行けば手に入る。俺は、設計図を頭に思い浮かべながら木材置き場へ向かった。


 ◆◆◆


 小屋を作り終えると、フェンリルが嬉々として潜り込んだ。

 そして、満足げに顔だけ出してこちらを見ている。


「そーかそーか、気に入ってくれたか」

 頭と首周りを撫でまわしてやる。


「良かったね、フェンリル」

 そのセーラの言葉に、フェンリルが嬉しそうに吠えた。


 俺はしばらくフェンリルをなで回した後、立ち上がった。

 そろそろ日も傾き始めていたため、今日の仕事を切り上げ自主練をしたかったからだ。


「もう帰っちゃうの? キース」

 その気配を察したのか、セーラがつまらなそうな声を出した。


「そうだな、今日はもう疲れたしそろそろ帰るよ」

 この後自主練をするつもりだと言っても怒られそうだし、ましてやカイルを殺すためにトレーニングをしているだなんて、口が裂けても言えない。


「ちょっとぐらい、家で休んで行きなよ。久しぶりにゆっくり話したいし。それに、カイルの事でちょっと相談があるの」

 また、カイルだ。しかし、相談とはどういうことだろうか。


「いや、俺はあまり村長に好かれていない様だから遠慮するよ。だけど、カイルがどうかしたのか?」

 俺がそう尋ねると、セーラは言いにくそうに俯いた。


「えっと、ね。なんて言えばいいのか分からないだけど、最近様子が変なの」

「変? どこが」

「う~ん、何か焦っているような、何か思い詰めているような感じ、かな」

「ふ~ん」

 ここ最近はカイルをさりげなく避けていたため、普段との違いは俺にはわからない。


 しかし、セーラはカイルと話している姿をよく見る。そのため、些細な違いに気づけるのだろう。


「まぁ、あいつは真面目だから、勇者としての使命を感じてるんじゃないか? 倒すべき魔王もいないから、果たして勇者の存在意義があるのかどうかわからんが」

「そう、なのかな? でも、それとは違う感じだと思う。もしかしたら、私には言いにくい事かも知れないから、キースから聞いてあげてほしいんだけど」

「気が向いたらな。まぁ、あいつが俺に何か相談するとも思えないけど」

「うん、それでもお願いね」


「じゃ、おやすみ」とセーラに言い村長宅を後にした。


 ◆◆◆


 家に帰る途中、村の広場を過ぎようとした時、村の子供たちに囲まれているカイルの姿が見えた。


 短い黒髪に赤眼、そして勇者然とした精悍な顔立ち。そこにまとう空気も人を惹きつけるようなものを持っている。恐らく、自信に満ち溢れているからだろう。


 俺なんかとは対照的だ。


 カイルに気づかれないようにさりげなくその場を離れようとしたが、顔を上げたカイルと目が合ってしまった。


 俺は心の中でチッと舌打ちをした。セーラからは話を聞いてほしいとお願いされていたが、正直面倒くさい。


「おーいキース、丁度良かった」

 右手を大きく上げ、手招きをしている。


 俺としてはちょうど良くないんだがな。しかし、無視をするわけにも行かず片手をあげ手招きに応じる。


「丁度良かったって、どうかしたのか?」

「いや、子供たちがな、俺の剣技を見たいっていうから、相手が欲しかったんだよ。素振りや型だけじゃなくて、実戦的なのが見たいらしくてな」

 なるほど、俺は体のいいサンドバッグか。


「別に俺じゃなくても、ほかの大人とか相手はいたんじゃないのか?」

「まぁそうなんだが、ちょうどお前が通りかかったし、お前相手だと気を使わなくて済むからなぁ」

 確かに勇者といえど、村の大人をコテンパンに打ち負かしたとあれば、禍根が残るだろう。


 その分、俺相手であればそれがないと思っているのだろうか。


「そうだな、俺もカイル相手だと本気で行ける」

 今まで一度も勝てたことは無いが、先日の特訓で少し強くなっている、と感じている。


 それがどれだけカイルに通じるのか試したくもあったし、事故を装ってこの場でってのもありかもしれない。


「よし、じゃあやるか」

 カイルはそういうと、訓練用の木剣を投げてよこした。


 俺が特訓で使っている木剣と同じサイズのものだ。

 カイルも同じ物を握っている。


「さぁ、皆は下がって」

 カイルの言葉に従い、子供たちが離れていく。


「よし、いつでもいいぞ」

 少し距離を置き対峙すると、カイルは余裕そうな表情で言ってのけた。


 俺は軽く呼吸を整えた後、正眼に構える。

 しかし、奴はだらんと腕を下げたまま構えてはいない。


 はたから見れば隙だらけだが、対峙してみると全く隙が無いことがわかる。


 あえて構えをとらない事で、どのような攻撃にも対処出来る様にしているのだろう。


 ならば――

 地面を強く蹴り、一気に距離を詰める。

 一の太刀、上段からの振り下ろし。

 が、半身で躱される。

 しかしそれは想定内。二の太刀、横薙ぎの一閃。

 剣で受けられ、いなされる。

 カイルの突き。それをバックステップで躱し距離をとる。

 カイルが剣を引き終わる前に再び距離を詰め連撃を叩き込む。


 しかし、そのことごとくを受け流される。


「はは、キース。腕を上げたな」

 俺の連撃を剣で受けながらも、その言葉には余裕が漂っている。


 くそっ、上から目線かよ。しかし、俺もまだ本気を出していない。

「これならっ――」

 さらに連撃の速度を上げる。

「おっ、おっ」

 受け流す余裕までは無くなり、俺の剣をはじくので精一杯になっている。


 カイルの体勢が少し崩れた瞬間、下段に後ろ回し蹴りをくり出す。


「甘い!」

 しかし、その攻撃は読まれていたのか、カイルが跳躍して躱す。


 だが、俺はそれを待っていた。空中では姿勢の制御は難しい。

 回転の勢いをそのままに、空中でがら空きの胴に剣を叩き込む。


 手加減などはしない、本気の一撃。

 まともに食らえば肋骨が折れるだろう。


 ――もらった!


 しかし、そう思った刹那、俺の剣は叩き落された。


「なにっ!?」

 剣を叩き落された勢いで前かがみになる。

 そしてその首筋に、カイルの剣が突き付けられた。


「勝負あったな」

 その瞬間に湧き上がる子供たちの声。

 口々に「すげー」とか「さすが勇者だぜ」などと言っている。


 やはり、ちょっと修行したぐらいじゃこいつには敵わないのか。


 俺はぐっと怒りを堪え、両手を上げる。

「降参だ。やっぱ、お前には勝てねーな」


「いや、お前もいつの間に腕を上げたんだ? やっと真面目に修行する気になったのか?」

 カイルは剣を収めると感心したように言った。


「俺はたいして強くなってねーよ。それに、今まで通りたいして真面目にやってないし」

 俺が胸を張って強くなったと言えるのは、こいつを打ち負かした時だ。

 それに、お前を殺すために真面目に修行を始めたなんて言えるわけがない。


「そうか? お前にはもっと強くなって貰わないと俺が困る。だってお前は――」

「この村で強いのはお前だけで充分だろ。それに俺は戦闘向きじゃないんでね」

 俺はカイルの言葉を遮り、背を向けた。


「じゃーな」

 そう言って片手をあげ、家に向けて歩き出した。


 自主練をするつもりだったが、今の出来事でやる気を無くしてしまった。

 カイルが「おい」と声をかけてきたが、痺れる右手の痛みを誤魔化しながら、歩みを止めることはしなかった。

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