第9話 カイルが勇者じゃ無いって分かったけど、一体どうなっているんだ

 急いで村に戻ると、悲惨な光景が広がっていた。

 村の家屋は破壊しつくされ、毒沼が村のあちこちを覆いつくしていた。


 そして、そこかしこには村人達が倒れ伏している。

 動いている者はおらず、はたから見ても絶命していることが伺えた。


「くそっ。なんて事だ」

 なるべく毒の瘴気を吸わないよう腕で口を覆う。


 俺は今だに、何が何だか理解できていなかった。

 カイルが実は勇者では無い事は分かった。だが、あの体を覆いつくす黒い物がなんなのか、カイルに一体何があったのか。


 村長宅の前に向かうと、その答えの一つが分かった。

 そこには巨大な黒竜がいたからだ。


 カイルは黒い物に覆う尽くされた後、あの黒竜になってしまったに違いない。その姿は、カイルの心臓をかみ砕こうとしていたあのアザと酷似していた。

 そしてその黒竜の体長は、ゆうに十メートルを超えており、頑強そうな爪が生えた右手には村長が握られ、左足の下には両親の身体が確認出来た。踏みつけられているようだが、ここからでは生きてるのか分からない。


 恐怖を覚えるその姿に呆気に捉えていると、地を震わすような声が響き渡った。


「どういう事だ、この体が勇者のものでは無いとは! 我を騙したのか貴様ぁ!」


「ひいぃぃぃぃぃぃ! わ、私めも知らなかったのです。ずっと奴が勇者だと思っておりました。本当です、信じて下さいぃ、魔王様ぁ!」


 黒竜の右手に握られた村長が必死に命乞いをしている。しかし、その言葉に俺は驚きを隠せなかった。


「魔王……魔王だって!?」

 目の前にいる黒竜が魔王だということは、十六年間ずっとカイルの中に魔王がいたという事なのか。


「勇者の体を乗っ取って、再び世界を我がものとする計画が、貴様の所為で台無しではないか! やはり人間など無能でしかない。死ねぇぇ!」

「い、嫌だ、止め、止めてくだっ――」

 グチャリという音に続き、村長の頭がボトリと地面に落ちた。


 魔王は村長の命乞いを聞き入れず、無残にも握りつぶしたのだ。

「くっ!」

 俺は勇気をふり絞り、一気に魔王の足下に詰め寄る。


 そして、両親を踏みつけている左足に横なぎの一閃を叩き込む。


「ぐおぉぉ!」

 跳躍し、連撃を入れる。


「ぐぬっ、小癪なっ!」

 しかし、どれも致命傷には至っていない。伝説の剣での攻撃とはいえ、やはりまだ修行不足なのだろう。


 着地した所に、毒が降ってきた。

 寸での所で躱し、体勢を整える。


 どうやら無事、両親は魔王の足から解放されたようだ。


「今からでも遅くはない。貴様の体を寄越せ!」

 その巨体からは想像できない速さで、血に濡れた右手が俺の体を掴もうと伸びてきた。


 俺は咄嗟に懐に飛び込み、剣を思いきり上に振り上げる。


「ぎぃやぁぁぁぁぁぁ!」

 当たり所が良かったのか、肘から先辺りから切断する事に成功し、その血が体にかかる。


「ぐうぅぅっ! 忌々しい勇者め、いつか必ず我の物としてやるからな」

 魔王はそう言うと、巨大な翼を広げ宙へ舞い上がった。そこから生まれた強風に体を飛ばされたが、何とか空中で体勢を立て直し着地した。


「次に会った時が、貴様の最後だ!」

 そう捨て台詞を残すと、着られた腕を押さえながら北の方角へ飛び去って行った。


「はぁ、はぁ……。くそっ、一体何がどうなってんだ」

 俺は今だ状況が飲み込めていないが、倒れている両親の元へ駆け寄る。


「父さん! 母さん!」

「ああ、キース……。すまない。俺たちがもっと、早く真実をお前に伝えていれば……」

 父親はかなりのダメージを負っており、母親はもう事切れているようだった。


「待ってて、今すぐに治すから!」

 そう言って回復魔法を使おうとしたが、発動しなかった。


「くそっ! なんでだよ。さっきはものすごく膨大な魔力を感じたのに!」

 しかし、発動しないものはしない。魔力切れを起こしている様だった。


「俺の事は、もういい。ずっと、お前たちを騙し続けた、因果だろう」

 父親は苦しそうにそう言うと、震える手を持ち上げた。俺は咄嗟にその手を掴む。

 それはとてもゴツゴツとして大きな手だった。


「十六年前……この村に起こった事を話そう」

 父親、ゲイルは静かに語りだした。

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